2014年08月05日

寺子屋ささき亭

小雨の中、ささき亭に寄る。入口にこんな表示が…。

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寺子屋が始まったようだ。
おやつ代の100えんを持って行けば、宿題やお遊びも。

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今日のお昼ご飯は、ささき亭のいつもの「おまかせ定食」。
献立は、おろしのっけ角煮、むしなすのごまあえ、おからサラダ、みそ汁、香の物、縄文ごはん。
大根おろしのたっぷりの角煮は、おまかせの中でも人気の献立。
むしなすもおからのサラダもとても美味しかった。
帰省する人たちのためにお盆も営業するようだ。

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珈琲を飲んで豊栄に向かう。

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ささき亭の手前に案山子の作品展。

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2014年07月01日

カエルガエル

ほんとうに久しぶりにささき亭に寄った。
気持ち良いあいさつで迎えて下さった。

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入ってすぐの左の縁側に「カエルガエル」の飾り付けがあり
可愛い焼き物のカエルがたくさん並んでいた。
そこには、「ペアのカエルと共に回帰してみませんか?」と…。
初心にカエル
青春にカエル
新婚にカエル 等々と書かれている。

1匹だと300円、ペアだと500円だ。
我が家の机の上にもこのペアのカエルが置いてある。
さて、何にかえろうか。

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昼食はいつものおまかせ定食。今日の献立は、
ごぼうのピリ辛つくね
野菜のチャンプル
ピーナツあえ
みそ汁
縄文ごはん

珈琲を飲んで豊栄に向かう。

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2014年02月23日

また、キジバトが戻ってきた

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数日前から紅万作の樹にキジバトが帰ってきている。
昨年の4月上旬に巣をかけて一か月ほどで巣だっていった。
その後もその巣に戻っては卵を抱いていたが、巣立つ前に姿が見えなくなっていた。
巣に近づいて写真を撮るのを嫌がっていたのかもしれない。
この巣に戻ってきたのは今回で4回目である。
ヒナが孵るまで近づかないで見守ることにした。
今日は離れたところから撮影した。


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2013年12月27日

ブラジルからの便り

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「日記 ヨーロッパ浮わ気 ドライブ」が届いたのは11月中旬だった。かつて勤務した広告会社の社長の長女の愛子さんから贈られたものである。
その本には、卒業後入社した広告会社の社長の知られざるエピソードが綴られていた。勤務時代のことの思い出にふけりながら読ませて頂いた。

最初の頁の愛子さんの「献辞」に書かれていた発想に驚いた。その一部を抜粋。
『1919(大正8)年に広島で生まれた父は、第二次世界大戦時の1945(昭和20)年1月に応召され、佐賀県の通信隊に入営しました。8月に終戦を迎え、それから約1ヶ月後に彼が実行したのは、広島の中国電力旧館を借りて開催した「のど自慢コンクール」。この時、出演希望者が400m以上の行列を作ったとか。父は戦時中に、慰問団のバンドを組んだことがあるらしく、その時のメンバーを集めて演奏を任せたようです。
出演者からは出演料を、見に来る人からは入場料をいただくというアイデアを実行し、なんと一晩で、みづま工房(1945年10月創業)の資本金が出来たといいます。終戦間もない頃、人々が娯楽を必要としていることを感じとり、自営の礎を築いたのは、14歳から社会に出て、宣伝装飾の仕事を通して培った、独特の感性と実行力が働いたのだと思います。
また、サービス精神が旺盛な父は、原爆を投下され、活力を失ってしまった広島の人たちを元気づけたかったのではないでしょうか。こうして戦後すぐに、26歳で創業した会社では数えきれないほどの看板を、夜を徹して制作。焼野原からの復興をめざす広島では、商売をするための看板が必要で、その需要がおおいにあったからです。一時期、映画館も経営していたこともありましたが、父の仕事は、広告制作が基本。看板からスタートし、やがてはサイン、新聞、テレビ、ラジオ、イベントなど、多方面にわたる広告の仕事を手がけるようになりました。』

この日記は、1957年という海外旅行が大変困難な時代にヨーロッパを長期にわたり旅行した記録である。
この年の7月下旬に羽田を発ち11月初旬まで車で訪ねまわった様子が写真と日記で書かれている。終戦後まもなく、広告業を通じて広島の復興を願い、ご自身に備わっていた美的感性に、ヨーロッパを肌で感じることでより磨きをかけようとされた美に対する強い情熱が伝わってきた。私が入社する20年も前にヨーロッパを単身で車で旅行することの勇気と胆力に感銘を受けた。

11月下旬に長女の愛子さんに頂いた本のお礼状をお送りした。広島の住所にお送りしたのだが、現在お住まいのブラジルからその礼状が今日届いた。
この会社を退職して随分経つが、この様な縁で結ばれていることに感謝したい。


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2013年12月14日

白木農園忘年会

白木農園の締めくくりのイベントは忘年会。
12時から29名の参加者で始まった。

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会長挨拶、来賓祝辞、アンサンブル・グレイスの演奏と続き、乾杯の音頭で宴に入る。
司会は例年通りMさん。今年のテーマは「お・も・て・な・し」だった。その意味の解説まで含まれていた。

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歓談を挟んで生演奏による第2部が始まった。3曲ほど演奏されたのち、グループごとの合唱が始まる。
「大きな声で歌えて、日頃の憂さ晴らしができたことでしょう」司会者の弁である。

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その後、司会者を変更してビンゴゲームが始まった。10名分の景品が用意されていた。この中には景品と共に年末ジャンボ宝くじが1枚ずつ入っている。1枚だから前後賞はないが、1等が当たれば5億円の可能性は0%ではない。全員夢中になって楽しんでいた。浮かれていた自分もこの場面の写真を撮ることを忘れていた。
上の空にはシャンデリア、代わりにこの写真でも…。


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2013年01月10日

司馬遼太郎の推理小説

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歴史小説が大好きで、司馬遼太郎は数多く読んできたが推理小説を書いていることは全く知らなかった。ベストセラーになっている「ビブリア古書堂の事件手帖」を読んでいて、その中にこの小説が登場してきた。
司馬遼太郎が産経新聞社に勤務していた頃の作品のようだ。アマゾンで検索すると中古本で4万円以上している。もちろん、絶版本なので中古本しかないのは当たり前のことである。図書館でその本を検索したが、ヒットするのは「古寺炎上」だけである。その本を借り受けてみると「古寺炎上」と「豚と薔薇」の2作品が掲載されていた。昭和37年に発刊された文庫本であった。期待は持たなかったが、思った通りだった。

「ビブリア古書堂の事件手帖」は、この他にも司馬遼太郎が本名の福田定一(ていいち)で書いた「名言随筆 サラリーマン」も登場してくる。この本を読んでみたいと思ったのだが難しいようだ。
ところで、この「豚と薔薇」には作者の「あとがき」があったようだ。
次のように紹介されている。
『……べつに動機はない。推理小説がはやつているからお前も書け、ということで誌面を与えられたのである。
私は、推理小説にほとんど興味をもつておらず、才能もなく、知識もない。書けといわれて、ようやく書いた。むろん、推理小説というものはこれ一作で、生涯書くまいとおもつている。
さらに、
私は、探偵小説に登場してくる探偵役を、決して好きではない。他人の秘事を、なぜあれほどの執拗さであばきたてねばならないのか、その情熱の根源がわからない。それらの探偵たちの変質的な詮索癖こそ、小説のテーマであり、もしくは、精神病学の研究対象ではないかとさえおもつている。』
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今回、図書館で借りた文庫本には、この「あとがき」はなかった。もう半世紀も前の本である。図書館で借りた文庫本は表紙も擦り切れて、書き込みも汚れや染みも多くあった。裏表紙裏に図書カードを入れる袋もそのまま貼ってあるのを懐かしく眺めた。




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2011年02月04日

優れもののロボット掃除機

掃除ロボット.jpg昨年末から我が家ではロボット掃除機が部屋の掃除を自動的にやってくれている。その名もルンバ。側面から飛びだしたブラシが回転し、壁際や部屋のコーナーなどの取りにくいゴミを前方にかきだしながら進んでゆく。壁や物に当たったら方向を変えながらカーペットなどの小さな段差も超えてゆく。
円形ボディなのだが回転するエッジクリーニングブラシがセンサーで感知しながら隅々までキレイにしてくれる。
ルンバ2.jpg走行中、進行方向の段差を感知し、ルートを変更して落下も回避する。階段や玄関間の段差のあるスペースでも安心してしていて良い。
この掃除機はアイロボット社が開発したルンバという高性能ロボット掃除機は世界40カ国、400万以上の家庭で愛用されているという。ただ、多少の難点はエッジクリーニングブラシ、バッテリー、メインブラシ 、交換用フィルター、などの消耗品がそれほど安くないことかもしれない。

ただ、スイッチさえ入れておけば掃除を開始し、掃除が完了、またバッテリー残量が少なくなると、自動でホームベース(充電器)へ戻り充電を開始し、次の掃除に備えるので、その間、他の用事ができるという優れものだ。高齢者になると掃除機を使うのも腰に負担がかかるが、その心配は全くない。

この掃除用ロボットは安い国産のものも出回っているが、安い製品はカーペットの段差を越えられなかったり、コード類にもつれたりするそうだ。やはり、アイロボット社が開発したルンバが一番良いと、クリスマスプレゼントとして贈ってくれた娘夫婦が言っていた。

自動掃除機ルンバ
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2011年01月31日

寒波は地球温暖化がもたらす?

強い冬型の気圧配置が続いている影響で、日本海側の広い範囲で大雪となり、除雪作業に伴う事故が各地で相次いでいる。東北や北陸、山陰地方では例年の2倍から3倍の降雪量を記録している。東北地方のある市では建設会社に公共事業の工事を中断させ、すべての業者に除雪作業を命じたという。今年の雪は水分量が多くとても重くて除雪も難儀だそうだ。
去年もそうだったが今年の寒波は異常としか言えない。
去年の12月にヨーロッパは記録的な寒波に襲われ、パリやロンドンでは飛行機が欠航して大変だったそうだが、この寒波は次いで北米を襲い、凍傷患者が続出しているというニュースが流れていると思っていたら、年も押し詰まってついに日本にもやってきた。それ以来、波状的に日本列島に押し寄せてきて大雪を降らせている。

この寒波は、ドイツのポツダム気象状況研究所によれば、地球温暖化が原因だという。コンピューター・シミュレーションによって得た結果だそうだが、この研究所は今年の寒波は予測できなかった。

EUがCO2の排出権取引で儲けたいため、何が何でも地球温暖化のせいにしたい政治的な理由に利用されているとしか思えないのは偏見だろうか。CO2の排出権相場は最高値の百分の一以下に暴落したという。一方では、地球は寒冷化していると主張する学者もいる。
今夜も日本海側では大雪になるという。雪に埋もれて苦労している方々はこんな論争をどのように思うだろうか。


ポツダム気象状況研究所
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2011年01月28日

一枚の幸運な年賀はがき

昨年10月に岳父が永眠したため、賀状をいただく人には新年の挨拶を遠慮する喪中はがきを発送した。だが、十数枚の年賀状が届いた。それでもと思いながら年賀状当選番号を確認してみると1枚だけ切手シートが当たっている。これだけ少ないのに当たっているとは今年は幸運の一年になるかもしれないと思ったりする。

少ない年賀状もパソコンで作成されたものが多く、その殆どにウサギのイラストが印刷されていた。今年の干支は「ウサギ」なのだから当然だが、ウサギは非常に繁殖率が高い動物で、西洋では古くから多産・豊穣のシンボルとされてきたそうだ。
また、ウサギの持つ「快活で、遊び心や茶目っ気がある」というイメージのほか、人間以外の哺乳類で一年中発情する(繁殖期を持たない)動物はウサギくらいであるとの観点から、性的誘惑のシンボルとしてアメリカ成人誌「プレイボーイ」のキャラクターにもなった、と聞いて感心したことを思いだした。

ところで、ウサギの数え方は「一羽、二羽」という独特なのでよく知られているが、この数え方についてはいろいろな説がある。その一つに、ウサギの長く大きい耳が鳥の羽を連想させることから、獣肉食が禁止されていたお坊さんなどが「ウサギは獣ではなく鳥だ」と見なして食していたとする説は納得できるように思える。ただ、自然科学の分野では「匹」で、ペットとしては「頭」が使われていることが多い。

その他でも日本では物の数え方が面白い。タンスは「一棹(さお)」、タラコや明太子は「一腹」、イカやカニは「一杯」、するめは「一連」または「一折」、鏡は「一面」などというのも独特の数え方で、大きな船は「一隻」、小さな船は「一艘」または「一杯」などと、大きさで呼び方が変わるケースもある。

さて、この一枚の年賀状、幸運のはがきとなるだろうか。

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2010年09月05日

広島カープ赤松選手の超美技記念プレート

赤松選手.jpg記念プレートを取り付ける赤松選手
読売新聞から拝借

広島カープの本拠地・マツダスタジアム(広島市南区)に4日、赤松真人選手(27)が8月4日の横浜戦で見せたファインプレーを記念した銅板プレート(縦約21センチ、横約30センチ)が設置された。自身の手で最後の取り付けをした赤松選手は「こんなに大騒ぎになるとは思わなかった。(プレーを)評価してくれたことは自信につながる」と話した。

試合では中堅を守っていた赤松選手が、高さ約1.8メートルのラバーフェンスを駆け上がり、見送れば本塁打だった打球を本塁側に背を向けながら好捕。米国内でも「スパイダーキャッチ」などと紹介され話題になった。

プレートは左翼席後方の通路壁面に設置。打球をつかんだ瞬間の写真が印刷されている。球場内の記念プレートは6枚目だが、これまでは選手の記録達成などで、一つのプレーを記念したのは、赤松選手が初めて。



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