2011年06月25日

滋賀の旅行反省会

しゃもじ蕎麦2.jpg
一昨日の定例の「蕎麦食べ歩き会」は、先月の17,18日の2日間「江の郷」を訪ねた反省会を兼ねた会になった。旅行の参加者は17名で、その内一名は欠席だったが、出席者の中には奥様を同行された方もあり18名の会になった。Iさんが編集して下さったDVDやCDを配布し、また紙焼きした写真などの話題などで、賑やかに始まった。
今回は初めての店で「しゃもじ蕎麦 三六(さぶろく)」という。蕎麦屋なのだが居酒屋の雰囲気を持っていて、若い人たちにも人気があるようだ。多彩なメニューで十分堪能させてくれた。最後は盛り蕎麦なのだが、その蕎麦はしゃもじの形をした器に盛られて出てくる。これがきっと人気の要因なのだろう。

白木農園の作業作業6.25-1.jpg

今日は午前中白木農園の作業に出かけた。大豆と蕎麦を播種する準備である。参加者があまり多くなかったことや作業の内容が多岐にわたったため、熱い中でのきつい仕事になった。
バーク堆肥を畑一面に撒く作業がきついのだが、Sさんが「マキタロウ」という新兵器を持参して作業してくれたので、大いに助かった。このマキタロウくんは一輪車3台分位の堆肥を積んでキャタピラーで走行しながら堆肥を均等に散布してくれるのである。昨年から見ると耕作面積は約半分になったが、そのぶん手間をかけて育てなければならない。
大豆は7月上旬、蕎麦は8月上旬の播種になるだろう。会員も年齢を重ねてきた。無理のできない人たちも私をはじめ多くいる。ただ、土を介してのコミュニケーションの場として、これからも続けたいと思っている。
posted by tontonton at 17:53 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

そばを食べながら歴史探訪の滋賀の旅

滋賀旅行ー1.jpg

滋賀旅行ー2.jpg毎月、そばを食べ歩く同好会と栽培の仲間と一緒に「江の郷」を訪ねる滋賀の旅に行ってきた。
17日の午前7時に広島駅に集合し小型バスで滋賀県に向かう。参加者は4月の中旬に顔合わせも済ませている17名の熟年紳士淑女(?)。山陽・名神自動車道をひた走り、途中3回の休憩をはさんだが12時には目的の場所に到着した。
食いしん坊ばかり揃っているので、何はともあれ昼食のそばを食べるところから始まる。大津市坂本にある本家・鶴喜そばの暖簾をくぐる。昼食にしては多目の献立だったが300年以上の歴史を誇る老舗だけにそば汁は満足ゆくものだった。
滋賀旅行ー3.jpg
昼食の後は少し時間に余裕があったので予定になかったが三井寺に隣接する圓満院門跡を訪ねる。美しい庭園と重文の宸殿を見学した後、三井寺に行く。この頃から空模様が怪しくなり、激しい猛烈な雨と雷に加えて雹までが降り始めた。雨をやり過ごして明智光秀の墓所のある天台宗総本山・西教寺を訪ねる。幹事のKさんが手配して下さったボランティアガイドの説明を受けながらの見学だったので、三井寺も西教寺の見どころが良く分かった。
滋賀旅行ー4.jpgそして、この日の最後は近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂。浮御堂を去る頃には私たちを歓迎してくれるように琵琶湖に七色の虹がかかっていた。

滋賀旅行ー5.jpg












ホテルに入り、ゆっくり風呂に浸かって宴会に。近江牛のしゃぶしゃぶで、今日の一日を振り返りながら楽しく愉快に杯を重ねる。宴会の後はカラオケルームに移動しての二次会。日頃聞かれぬ歌声と違った一面にも出会えて楽しく過ごす。

滋賀旅行ー6.jpg滋賀旅行ー7.jpg翌日は、浮御堂での虹が約束してくれたように朝から快晴。ホテルを8時過ぎに出発し、近江八幡の水郷めぐりに…。和船手漕ぎ船に揺られること約1時間。葦はまだ伸び初めだったが、琵琶湖の小鳥たちはその美しく可愛らしい鳴き声をたっぷりと披露してくれた。船頭さんから川端柳の話も聞けた。
国友鉄砲の里資料館で火縄銃を見た後は、昼食のふじ石亭へ。近江の恵みを味わう懐石料理の料亭だが、ここの庭が凄い。ヤンマーの創業者である山岡孫吉が箱根の旅館の庭園景色に深く感銘を受け、富士山から石を運ばせ庭園と憩いの場を長浜に造らせたものだそうだ。
昼食の後は、湖北野鳥センターの見学。展望窓からフィールドスコープや双眼鏡を使って琵琶湖の水鳥の観察。この時期は渡り鳥の端境期だそうで、珍しい鳥たちには出会えなかった。最近は川鵜が増えて困っているとの説明も聞いた。
滋賀旅行ー8.jpg滋賀旅行ー9.jpgそして、最後の訪問地は豊臣秀吉と柴田勝家の主導権争いの戦場となった賤ヶ岳の古戦場跡。スキー場にあるようなリフトに乗って、そこから300mほど歩けば頂上に着く。北には眼下に余呉湖を見下ろし、南には琵琶湖の竹生島が浮かぶ。湖東の田園風景と南東には小谷山などの眺望が広がっていた。「賤ヶ岳の七本槍」の武勇談に想いを馳せながら帰途についた。
心から満足のゆく楽しい旅だった。
posted by tontonton at 23:29 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

「江の郷」を訪ねる旅の「結団式」?

滋賀旅行4.15-3.jpg
毎月一回、蕎麦好き、お酒好きが集まって、蕎麦談義をしながら会食を楽しむ「そば食べ歩きの会」も昨日で42回目であった。これまで、このレギュラーメンバーに加えて、栽培の仲間である農業塾OB会の方たちにも声をかけて1年に1度、より楽しい企画を実施してきた。
その第一回目が、3年前の2008年6月12・13日の両日「近江・琵琶湖の自然と歴史探訪の旅」の旅行企画であった。この旅行がとても楽しいものだったことから、2009年にも島根県に一泊二日の旅や三次の鵜飼などを企画し、実施してきた。そして、昨年も第2回滋賀の旅を企画したが、数名の参加者の体調不良などがあり中止になっていた。

滋賀旅行4.15-1.jpg
今年の2月の食事会の時、NHKの大河ドラマ「江」の話の中で、昨年中止になった滋賀の旅を再度企画し「江の郷」を訪ねようと話が持ち上がった。遊ぶこと、楽しむことでは誰もが積極的になる。5月に実施しようとすぐまとまった。滋賀県出身のKさんが基本案をまとめ、私が案内状を写真入りで作成し、配布して参加者を募った。

今回は、明智光秀が祀られている天台宗総本山・西京寺、三井寺、浮御堂などをはじめ、近江八幡の水郷めぐり、賤ヶ岳の古戦場、湖北野鳥センターなどを観光する予定にしている。食べることが一番の楽しみなので、初日の昼食は大津市の本家・鶴喜そば本店で、2日目の昼食は、富士山から運ばせた石で造園したという「ふじ石亭」の懐石料理で近江の恵みを味わうことにしている。夜の宴会も十分楽しいものを予定している。

そして、これらの企画に初めて参加する人達が数名いるからということで、昨日の食事会はその滋賀旅行参加者の顔合わせを兼ねた集まりとなった。総勢18名の「結団式」(?)である。楽しく和やかな顔合わせになった。(^−^)

滋賀旅行4.15-2.jpg
昨夜の会場となった「そば処 一福」は、本場の奥出雲の割子そばである。広島駅前の百貨店の11階にあり、目の前は広島駅南口が一望できる。夜景も素晴らしい。一福はそばのだしが絶妙であることで知られている。島根県・頓原の清らかな水と、厳選した昆布と極上醤油を絶妙なバランスで配合し、熟練の経験と勘で、最高の味に仕上がるまで長時間コトコトと煮詰めて造り上げていると紹介されていた。芳醇なコクとまろやかさのだしとこしの強い割子そばを堪能できた。
話は弾み、盛り上がり終了予定時間の9時を1時間も過ぎて解散となった。
posted by tontonton at 15:20 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月30日

新幹線から見る夏の富士山

富士山1.jpg
新幹線から見る富士山富士山2.jpg






久しぶりに見る富士山。夏の富士山には雲が湧くというが、昨日の富士山はまさにその通りだった。昨日はそれほど雲もなく快晴だったので期待していたが、写真のように富士山の周りだけが暑さをしのぐかのように真白い雲の帽子を被っていた。
新幹線では富士山が見えるのは僅か3分だけである。もう忘れてしまったが、むかし、東海道本線で東京に行った時には、随分長い時間富士山が見えていたような気がする。昭和30年代の半ばのことだが、あの当時は富士山を遮る高い建物も少なく、広大な富士のすそ野が緩やかに伸びている様に富士山の雄大さを感じたものだった。その富士山をゆっくり眺めていた遠い昔を思い出していた。

お昼前に品川駅に着く。、予約しておいた品川のホテルの和食の店の庭園の見える個室で、長男の婚約者のご両親と顔合わせ食事会をした。お二人とも秋田県のご出身で、お母様は物静かな方だったが時々優しい秋田弁でお話しになる。婚約者から寡黙だと聞いていたお父様は3時間あまりの間とても饒舌だった。

秋田に関する知識は全くといってよいほどなかった。寒くて長い冬、一瞬のうちに通り過ぎてしまう短い夏に象徴されるような東北の日本海側。そこで暮らす寡黙で朴訥な人々。人々の表情は陰影には富んでいるものの、どこか暗くて沈鬱。私たち温暖な地方に住む者が、いわゆる東北裏日本に対して抱くイメージの最大公約数である。
ところが、長男の婚約者と初めて会ったときに、このイメージは一気に吹き飛んだ。「秋田美人」という言葉はこれまで多く耳にしてきたが、まさにその通り。明るくて聡明でもある。秋田の女性は気が強いと言われているが、婚約者は優しくて思いやりがあるように思う。新しい家族ができることを心から喜んでいる。

帰りの新幹線では赤富士を思い浮かべながら期待したが、灰色の雲につつまれた富士山は、その頂上の黒い陰影が薄っすらほんの僅かに見えただけだった。

posted by tontonton at 17:04 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

龍馬が歩いた道を“さるく”

長崎旅行ー2.jpg風頭山公園から望む長崎港
“さるく”とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁。
栽培の仲間と恒例になった旅行は、長崎港を一望できる風頭山公園からスタートした。道は細く長く続く下り坂である。歩き始めてまもなく坂本龍馬の銅像に出あう。龍馬も見上げていただろう長崎の空、見果てぬ夢を追い求めて歩いたであろう同じ坂道を幕末の志士たちに想いを馳せながらゆっくりと歩いた。
龍馬ゆかりの亀山社中跡を通り、風情ある山門や鐘鼓楼が続く寺町へ抜ける坂道は「龍馬通り」と呼ばれ、往時の面影を残している。亀山社中の同志たちが闊歩したであろうこの小径には、手作りの優しい案内板や休み石があり、心を和ませてくれた。
盛りは過ぎていたが、時折舞う桜の花びらに道案内されながら眼鏡橋までの小一時間の“さるく”だった。

初日の宿泊は日本三大夜景の一つと言われ、長崎の街が一望できる稲佐山の中腹に位置するホテルだった。ゆったり温泉に浸かった後、卓袱料理で夕食会。宝石を散りばめたような1000万ドルの夜景を堪能した後、一つの部屋に集まった二次会で楽しく弾んだ会話に花が咲き、笑いに包まれながら遅くまで続いた。

今回の旅行は、栽培の仲間と一緒に参加したツアーで、企画した旅行会社の最終予定日だった。40人の参加予定だったようだが、二組のグループのキャンセルがあり、45人乗りの大型バス1台に22名だけのツアーになった。さみしい人数だと思ったが、まとまりも良く、ゆったりとした楽しい旅行になった。私たちのグループも体調の問題から当初の予定より3名少なくなったのが残念だった。


長崎旅行ー1.jpg龍馬像の前で記念撮影
稲佐山のホテルからみる夜景
長崎旅行ー3.jpg
posted by tontonton at 17:29 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

上高地への旅

初めて訪れたあの時とは全く違った想いで大正池の畔を歩いていた。多くの立ち枯れた木々が黒い影を湖面に映している頃のことだった。思い起こせば幾星霜、そんな言葉を思い浮かべるほどの月日が過ぎている。
だが、今回は栽培の仲間との楽しいバスの旅だった。心のもちようはあの時とは違っても、湖面に映る焼岳の姿は同じであろうと期待していたのだが、この日は雨で上高地から見えるはずの穂高の峰々は深くたちこめる靄につつまれていた。

11日の早朝に秋晴れの広島を出発し、その夜は奥飛騨の平湯温泉に宿泊した。翌12日の早朝から上高地での自由散策だったが、この日は予報通り明け方からかなり強い雨が降り始め止むことはなかった。この旅の行程の中でも一番に秋晴れを望んでいたのだが…。この日のお昼過ぎには長野市の善光寺を参拝したのだが、皮肉にもこの頃には雨は上がっていた。2日目は湯田中温泉に泊まる。
3日目は見学しながらの長い帰途に。この日は日曜日で1000円通行の高速道路は混雑を予想していたが通過した時間の幸運にも恵まれ、予定の時間に帰ってきた。走った距離は2000qを超えていたのではなかろうか。
楽しい時間が過ごせたのが何にも代え難い喜びだった。


旅行2009.11-1.jpg旅行2009.11-2.jpg
posted by tontonton at 23:07 | TrackBack(0) | 旅の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする