2016年02月20日

「2・26事件」奇縁譚

今日の午後、NHKのEテレで「こころの時代」の再放送があった。
この番組は2・26事件で父を殺された娘と殺した兵士の弟、二人の人生の歩みだった。

2・26事件で、陸軍教育総監の父を目前で殺された渡辺和子さんと、その父にとどめを刺した安田優陸軍少尉の弟、安田善三郎さんが、事件から50年の法要で初めて顔を合わて、兄のことに負い目を感じてきた安田さんは驚愕する。渡辺さんが父を殺した兵士たちの墓に手を合わせたからだ。
渡辺さんはカトリックの修道者として、困難をいかに生き抜くかを実践してきた人、そして、負い目を感じながら苦悩に満ちた安田さんの二人の人生の歩みを未来に生きる指針につなげる企画となっていた。

今月の初旬に渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」を読んで、その感想文を2月5日のブログに投稿した。
そして、その数日後に毎月購読している「文藝春秋」の3月号が届いた。その号には「2・26事件 娘の80年」と題して、昭和史研究家の保坂正康さんとの対談が掲載されていた。
「置かれた場所で咲きなさい」の中でも父・渡辺錠太郎陸軍大将のことは触れているがそれほど詳しくはなかった。文藝春秋の対談では、事件の当日の生々しい様子や父・錠太郎の50回忌の年に、処刑された青年将校が眠る東京・麻布の賢崇寺に参った事などについても詳しく話している。
お参りを終えると、安田少尉と高橋少尉の弟さんが滂沱の涙を流して立っていて、「これでようやく僕たちの2・26が終わりました」と語ったことも書かれている。

「置かれた場所で咲きなさい」を読んでまもなく、文藝春秋の対談を目にした。そして、今日の「こころの時代」の再放送に出会うのである。
今年がこの事件が起きて丁度80年になる年で、昨年は戦後70年の節目の年でもあった。これら、三つの媒体との重なりがもう一度、「振り返ってみよ」と伝えているような気がしてならない。
この話題の中心にいる方が孫娘が学んだノートルダム清心学園の理事長・渡辺和子さんである。
「2・26事件との奇縁」を感じた。

2・26事件

2・26事件は、昭和11年2月26日、安藤輝三大尉、栗原安秀中尉ら青年将校が率いる兵士、1500名余が決起し、岡田啓介首相、鈴木貫太郎侍従長、斎藤実内大臣(死亡)、高橋是清蔵相(死亡)、牧野伸顕前内大臣、渡辺錠太郎教育総監(死亡)を次々に襲撃した。
事件の背景には、陸軍の荒木貞夫元陸相、真崎甚三郎大将らいわゆる「皇道派」と永田鉄山少将らを中心とする「統制派」の派閥抗争があった。昭和10年の林銑十郎陸相による人事で皇道派は枢要なポストから一掃され、永田が軍務局長、渡辺が教育総監となっていた。しかし皇道派将校の不満は高まり、永田は昭和10年8月に斬殺され、真崎の後任に収まった渡辺への恨みも高まっていた。
渡辺が襲撃対象になったのは、政治問題化していた天皇機関説に渡辺が全面的に理解を示し、青年将校の反発を買っていたという事情もあったのだ。

この事件の後に残ったものは、軍部が「2・26事件の再発」をちらつかせて政・財・言論界を脅迫し、軍需産業を中心とした重工業財閥を軍が抱きかかえ、国民をひきずり戦争体制へと大股に歩きだしたのである。これ以降の日本はテロの脅しがテコになって、殆どの体制が軍の思うままに動いてゆくことになった。






posted by tontonton at 19:36| 広島 ☔| Comment(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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