2014年04月28日

いま、池井戸潤さんブーム?

昨年、最終回は40%を超える圧倒的な視聴率を出し、「倍返し」という流行語まで生み出したドラマ「半沢直樹」と同じ制作陣が再結集して手がけたという「ルーズヴェルト・ゲーム」。もちろん、原作者は同じ池井戸潤さんである。
昨夜見た限り、あまりにも「半沢直樹」を意識し過ぎているように思え、「柳の下の泥鰌」が見え透ける。

第1話は、精密機械メーカーの青島製作所・社長に就任した細川充(唐沢寿明)が、会社を立て直すため、年間で3億円の維持費がかかっている野球部を「廃部にする!」と言い出し、野球をこよなく愛する創業者の青島毅会長(山崎努)を説得しなければならなくなる……という展開で始まる。

タイトルの「ルーズヴェルト・ゲーム」は、「奇跡の逆転劇」を意味し、野球を愛した第32代米大統領フランクリン・ルーズベルトの「野球で一番面白いゲームスコアは8対7だ」という言葉に由来している。

放送局は別なのだがやはり同じ池井戸潤さんの「不祥事」と「銀行総務特命」を原作とした「花咲舞が黙ってない」が日本テレビ系列で放送されている。池井戸さんにしては珍しく女性を主人公にした物語である。
「不祥事」は読んだのだが、「銀行総務特命」を読んでいないので図書館に予約したが40人以上が待っているという状況に驚く。これでは数か月先にならないと借り受けできないという事だ。10年以上前に発刊されたものだが、いまだ多くの人たちに読まれている。

また、「半沢直樹」の続編も企画されているようだ。「半沢直樹」の最終回で、銀行を窮地から救った半沢に出された人事異動は「出向」だった。誰もが疑いの目で見ていた最終回。そこには続編があることを物語っていたのだ。その出向先で半沢直樹が活躍するのが「ロスジェネの逆襲」である。この原作も読んだが大変面白かった。
池井戸ブームは当分続くのかもしれない。

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2014年04月25日

たけのこ三昧

4月23日(水)料理教室

料理教室が始まる前に事務局のSさんから足掛け5年が過ぎた、と説明があった。楽しく過ごせたからだろう、矢の如く過ぎ去った月日に思える。
お二人の方が新しく仲間に加わったが、退会された方も3人いらっしゃる。
5月以降も皆さん続けて欲しいとのことで、引き続き実施することが決まった。

たけのこ尽くし

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この日の料理教室は「たけのこ尽くし」だった。
「たけのこと鯛の炊き込みご飯」
「たけのこの木の芽和え」
「沢煮椀」(具だくさんの汁物)

たけのこは、Hさんの山で採れたものを茹でて、また、炊き込みご飯に入れる鯛もTさんが下拵えして持ってきてくださった。今日の献立では、この下拵えが一番大変だったと思う。
お二方、ありがとうございました。

先日の「けやきふれあいまつり」でお世話になった方もゲストとしてお呼びして一緒に頂いた。
大勢で食べると一段と美味しい。

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2014年04月23日

豊栄のシバザクラ

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豊栄町乃美地区でのシバザクラのお世話をされる方が高齢になり、昨年から「シバザクラ祭り」が開催されなくなった。手入れもされないままになっているので、残念なことに美しさに斑が生じている。
カメラを持って眺めていると、この地区の方が寄ってこられて、峠を越えたところに行ってみると良いと教えられた。

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車で数分走ると鍛冶屋地区に入る。そこにもシバザクラの風景が広がった。
山間の細長い地区である。
車を止めて写真を撮っていると、野良着の女性がやってきて嬉しそうに説明を始めてくれた。
この地区での取り組みは始まってまだ5年だそうだ。
一昨年くらいから多くの方々が参加してきたので来年、再来年くらいになると綺麗だろうと教えて下さった。
この地区のシバザクラは若くて勢いが良い。
水田に映り込むシバザクラがとても美しい。
来年が楽しみである。

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2014年04月20日

一冊の文庫本に引き寄せられて

書店で手にした一冊の文庫本がこのドラマを見るきっかけとなった。
日曜日午後10時からのNHK・BSプレミアム、本と同じタイトルの「珈琲屋の人々」である。

<東京下町の昔ながらの商店街。その中にひっそりと佇む、レトロな喫茶『珈琲屋』。この店には、集う人々の問題や悩みが日々持ち込まれ、ドラマが起きる。店主・宗田行介が心を込めていれるコーヒーは、そうした人たちの悩みを受け止め、心を幸福する奇跡の1杯。
そんな行介にも大きな心の傷があった。ある時、彼の前にひとりの女性・冬子が現れる。度々訪れ、ただ美味しくコーヒーを飲む冬子に、行介は次第に興味を覚えていく。だが冬子の正体を知り――。(ホームページの番組紹介文から)>

池永陽さん原作の「珈琲屋の人々」と「ちっぽけな恋ー珈琲屋の人々」の2冊の連続短編集をドラマ化したものである。原作とは少し違った設定や物語になっているが、下町の商店街の人たちによる人情話が珈琲と共に見る者の心を温めてくれる。

珈琲屋のマスターに高橋克典さん、冬子は木村多江さん、おでん屋の女将には壇蜜さん、元刑事役は小林稔侍さんなど多彩な出演者である。

「珈琲の苦味が人生の苦味を中和してくれることもある」
「一杯の珈琲が人生を変えることもある」
などこのドラマの中で語られる言葉にも魅力がある。

今夜もこのドラマを見た。切ない物語の中にもそれぞれの人たちの言葉や行動、そして一杯の珈琲が心を温めてくれる。お節介とも受け取れる気遣いがかかわってる人たちの心の中に溶け込んでゆく。ほろ苦い余韻を残しながら、次週へと続く。

このドラマではネルドリップで珈琲を淹れる。白い厚手のカップに注がれる琥珀色の熱い珈琲がこの店を訪れる人たちやドラマを見る者の気持ちも和やかにしてくれる。
このドラマに引き寄せられるようにネルドリップの濾過布も買ってきた。珈琲も豆で購入しミルで挽いて淹れるようになった。豆は家人から教えられ福岡の豆香洞にネットで注文し購入した。
やはり挽きたての珈琲は美味しい。
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2014年04月16日

庭の小さな花々

昨日は好天に誘いだされてカメラを持って庭に出た。
庭の小さな花たちが微笑んでくれているようだ。

チューリップは陽の光を一杯に浴びて思いっきり花びらを開いている。

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夕方になるとこの様に花びらを閉じてしまう。種類はバレリーナか?
夕方になると光の違いもあり、違ったチューリップに見える。

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ニラの花も可憐だ。

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シバザクラも満開。

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正月に飾った葉牡丹の花も咲いている。

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ブルーベリーも咲き始めた。

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レンズをマクロに取り換えて小さな花たちにズームアップ。

チューリップを上から覗く、

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葉牡丹の花のひとつの大きさは1.5cm、

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シバザクラは2.5cm、

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ニラの花も約3cmほどだ。

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マクロレンズは面白い。肉眼では見えない物も見せてくれる。
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2014年04月14日

昵懇の交わり

一昨日は農業塾OB会の通常総会と懇親会が開催され、出席した。
受け取った総会の資料には第16回と記述されている。もうこんなに経過したのだ。
農業塾に入塾したのは何年前になるかも覚えていない。第1期生ではあるが、まだ現役だったのでOB会に加入したのは農業塾を卒業して数年経ってからのことである。さらに、白木農園に参加したのもそれから数年後のことだと記憶している。農業塾OB会の会員は、現在100名以上いて、白木農園の会員も約40名いる。
この農業塾OB会や白木農園に参加したことで多くの知人や友人を得たが、このグループに参加していない場合は今頃は何をしていたのだろうかと考えることもある。
特に白木農園の会員との交わりはとても好ましく大切にしたいと思っている。
2年ほど前から体調が優れないことから、農園の作業に参加できなくなっているにも拘わらず好意を持って接してくださる。
この白木農園からお二人の方が退会され、新たにお二人の方が新会員になってくださった。新会員のお二人は共にお若い。自分を含め殆どの方が70歳を超えたが、退会者が少ないのはこの会が魅力だと思う会員が多いからだろう。
毎年、この方々と健康にご一緒できることが歓びとなっている。
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2014年04月09日

十六代目の当主・黒田長高さんの黒田官兵衛

昨日届いた月刊誌「文藝春秋5月号」の巻頭言に、黒田長高さんの記事が掲載されていた。
黒田長高さんは黒田官兵衛の嫡男で福岡黒田藩の初代藩主・長政から数えて、十六代目の当主である。
幼いころはそれほど興味もなかった官兵衛や長政の生き様に思いを巡らすことになったのは、二十代の後半にお兄さんが若くして亡くなり家督を継ぐようになってからだそうだ。
今年から始まったNHKの大河ドラマ「軍師 黒田官兵衛」の放送について次のように書いている。
『大河ドラマ誘致の機運が盛り上がったのは、黒田家ゆかりの滋賀県長浜市、岡山県瀬戸内市、兵庫県姫路市、大分県中津市、福岡県福岡市が持ち回りで開催する「黒田サミット」でのことでした。特に姫路市長が誘致に熱心で、毎年一月NHKにお願いに行っていたほど。そうした甲斐もあってか、官兵衛が今年の大河の主人公に決まりました。肖像画で見る官兵衛はどれも老けていますが、今回官兵衛を演じる岡田准一さんは、甘いマスクでかっこいいこれまでとは違う官兵衛像を見せてくれています。過去のドラマや映画では悪役のような謀略の将として描かれてばかりで、当然、二枚目の役者が演じることなどほとんどありませんでした。
(中略)
官兵衛が最も活躍したのは、秀吉の下で軍師として働いた播磨の時代ですが、大河ドラマでは、その後の中津にいた時代を描いてほしい。
秀吉が亡くなり、それまで見せなかった「欲」を出したように思えるのです。自分で自分の兵を動かし、関ヶ原の合戦の最中に九州を平定して、その後、疲労困憊の関ヶ原の勝者を相手に、天下取りの戦いに挑もうとしていたのではないか。』

司馬遼太郎の「播磨灘物語」には、黒田官兵衛が「軍師の器」として生き生きと描かれている。
信長の味方となり、秀吉に取り立てられる。秀吉の天下取りに尽力し、播州を駆け回る。さらにはチャンスをうかがい、大博打を打つ。黒田官兵衛ならではの構想力を書きあげている。
その播磨灘物語の第四巻の「如水」には次のように。(原文のまま)
『如水は、魔術師のようなことをやった。
元来、かれの家臣の主力は当主の長政に従って家康のもとにいる。隠居である如水の手もとには、二、三百人の留守の士卒しかいなかった。
「大丈夫でございますか」
老臣の井上九郎右衛門が、如水が正気であるかどうかを疑ったらしい。如水は気は確かだ、と笑い、自分の構想をのべた。
「わしに百日を藉(か)せ」と、如水はいうのである。
豊前・豊後はまたたくうちに席巻してみせる、その兵を駆って筑紫を平定し、海を越えて大坂方である毛利氏の広島城を攻めとり、山陽道を馳せのぼって播州に入れば、姫路はわが故郷である、播磨の者たちは大いにわしを迎えるであろう、九州・中国の兵をもって天下にのぞめばどれほど面白い勝負ができるか、といった。』
そして、言葉通り豊前、豊後を制圧してしまったのである。しかし、数カ月かかると読んでいた関ヶ原の合戦は、あろうことか半日で終り、夢は破れたのである。

しかし、播磨灘物語の終わりころに官兵衛と長政との再会では次のように表現されている。
『長政が、関ケ原から凱旋した。
豊前中津の、雨漏りのする小城でこれを迎えた如水に対し、長政は得意のためしばしば笑み崩れながら自分の功を報告した。とくに戦闘中、小早川秀秋を裏切らせて戦況を一変させたのは長政であり、戦闘終了後、家康は長政の手をとり、この勝ちは甲斐殿(長政)のおかげでござる、といって、その手を、三度まで押し頂いた。長政は、そのことを、如水がほめてくれるかと思い、くわしく話した。
しかし如水は苦い表情で居た。やがて如水は、家康が執ったというそちの手は、左手であったか、右手であったか、と反問した。
「右手でございました」
「すると、そちの左手は何をしていたのか」
長政は、絶句した。長政は、ついに如水という男が何者であるか、わからなかったであろう。』と。

この後、如水は京の一条猪熊の小さな屋敷に住んだ。ところが、彼を慕うものが多く、門前が市をなすほどに訪問者で賑わった。家康に野心があるのではと疑われ、京をはらって九州に帰った。

司馬さんは、播磨灘物語の「あとがき」に次のような一文で終わっている。
『官兵衛はなるほど生涯、時代の点景にすぎなかったが、しかしその意味でえもいえぬおかしみを感じさせる点、町角で別れたあとも余韻ののこる感じである。友人にもつなら、こういう男を持ちたい。』
司馬遼太郎さんの「播磨灘物語」もその殆どが司馬さんがこよなく愛した黒田官兵衛の記述である。如水については1500頁(文庫本4冊)の中のほんの40頁ほどしかない。
私も毎週楽しみに見ているNHK大河ドラマ「軍師 黒田官兵衛」。このドラマではどこまでの物語を映像とするのであろうか、黒田長高さん同様、とても興味を持っている。
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2014年04月05日

和暦を眺めながら…

和暦には二十四節気と七十二候がある。
今日4月5日は二十四節気で清明(せいめい)、七十二候では玄鳥至(つばめきたる)にあたる。
1年に二十四の季節があると考えたのが二十四節気、七十二個の季節があると考えたのが七十二候である。
二十四節気は立春、夏至、大寒など現代のカレンダーにも登場することもあり、ある程度の馴染みはあるが、七十二候はあることすら知らない人も多いことだろう。七十二候では、一つの季節は約五日間、それぞれの名前を読めばどんな季節か大体理解できる。
五日という短いスパンで変化してゆくので、何かと忙しい現代人には意外と合うのかもしれない。

4月の七十二候は次のようになっている。
4月10日、鴻雁北(こうがんかえる)
4月15日、虹始見(にじはじめてあらわる)
4月20日、葭始生(あしはじめてしょうず)
4月25日、霜止出苗(しもやんでなえいずる)
4月30日、牡丹華(ぼたんはなさく)

春分や穀雨はテレビの天気予報の中でも良く紹介されて聞く機会も多いが、その間に挟まれた「清明」は殆ど馴染みがない。しかし、七十二候の玄鳥至を「つばめきたる」と読めば、そんな季節になったのだなぁ!と分かる。
昨日、今日と冷たい雨が降って季節が逆戻りした感もあるが、七十二候通り確かに春はやってきている。
和暦を眺めていると、古の人たちが宇宙や自然などとの繋がりを大切にしてきたことが改めて感じられる。
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2014年04月02日

うす紅色に咲くかたくりの花

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春早く、他の花々が咲き出すのに魁けて、山肌をうす紅色のカーペットを敷きつめたように咲くかたくりの花を見る時、誰もが感嘆の声を放つ。早春の山野の花の中で、最も魅力的な花であるのがこのかたくりの花だ。
昨日豊栄に向かう途中で、向原の「かたくりの里」寄った。

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少し時期が早かったのだろう、まだ花は小さめのものが多く、昼前という時間帯もあり俯いたままの花が多かった。

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かたくりの花は花茎の先端に一輪、俯いて咲く。花は平開しても、くすんだ色の裏面しか見えない。陽が高くなるにつれて、その美しい花の色を目立たせる為だろうか、花びらは開くとともにつけ根から反転して表面の美しい色を顕にする。
「ここだぞ〜!!」、存在を主張しているようにも見える。
花も美しいが葉もなかなか味わいがある。幅の広い楕円形の葉を広げ、灰緑色に紫斑があって、二枚の葉で一輪の花を抱いている。

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平日の午前中ではあったが、多くの方たちが来園していた。
かたくりは、昔はそれほど珍しい花ではなかったそうで、採られたり、開発などによって絶滅した処が多く、いまでは幻の花扱いにされてしまっている。
ここ向原の群生地もこの地域の方々によって手入れされ、保護されているのだろう。毎年楽しませてくださることに感謝したい。
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