2013年10月31日

時代を超えて愛される「喫茶店」

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季刊誌「Grandeひろしま」秋号で懐かしく行ってみたい喫茶店の記事を発見して昨日行った。
時代を超えて愛される「喫茶店」の特集記事は県内七つの店が紹介されていた。その中のひとつが「朝日珈琲サロン」である。サラリーマン時代、仕事の打ち合せや友人たちと良く訪れた喫茶店のひとつである。今は建物そのものがなくなった朝日会館の店は良く利用していた。
堀川町のこの店は昔と変わらない雰囲気そのままに迎えてくれた。昼食を摂っていなかったので、懐かしい味の「ナポリタン」を注文する。ミニサラダと食後の珈琲もセットになっていた。

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待つ時間の間に了解を取って店内の写真を撮る。とても落ち着いた雰囲気に包まれている。
季刊誌「Grandeひろしま」に掲載されている記事がそれを良く伝えているので引用させてもらった。
『磨き込まれたテーブルや床、どっかりと腰を下ろすことができる低めの椅子、ランプからこぼれる温かい光、かすかに聞こえるクラッシク、センターテーブルの大花瓶には季節がこぼれる花木が絶えることがない。壁に掛かる絵画や調度品は、「お客さんに喜んでいただきたい」と1点ずつ土井さんが買いそろえたものだ。』
氷水は必ず冷やしておいたグラスに注がれて持ってくるそうだ。そのグラスはテーブルが濡れないようにコースターが敷かれている心遣いが嬉しい。椅子の座り易さも長居をさせてくれる。天井から下がる昔から変わらない穏やかな灯りをともすランプも魅力的である。
「ナポリタン」は懐かしい味で変わることなく、ネルドリップから生まれる珈琲もまろやかな味わいと豊かな香りを守っている。

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ウエーブのかかる真っ白な御髪、歩く姿勢も美しいオーナーの土井さんが、時どき店内を見回る姿には実年齢を感じさせない颯爽としたものがある。その日を送る元気を授かりたいと来店する客も多いと聞く。時どきその元気を授かりに行こう。


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2013年10月29日

古い新聞の切り抜き

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岳父の類語辞典をめくっていると古い新聞のコラムの切り抜きがでてきた。日付らしきものは確認できないが、この切抜きの裏を見ると「第56回毎日映画コンクール」の文字が読み取れるので2001年のものだと思える。紙面も焼けて黄ばんでいるが岳父らしい切抜きだと懐かしく思う。
このコラムの見出しは『「々」の読み方』となっている。紙面にも書かれているように繰り返す時に使われる「々」「ゝ」「〃」などの文字のことである。
だが、この読み方についての詳しい知識はなかった。
「々」は「同(どう)の字点」、「ゝ、ゞ」は「一つ点」、「〃」は「ノノ点」あるいは「一の字点」と読み、これらを総称して踊り字とか、重ね字などと呼ぶ。々は漢字、ゝは仮名、〃は表などでの数字、などに使うと解説されている。
だが、ネットで「踊り字」を調べてみるとこれ以外にも「二の字点・ゆすり点」、「くの字点」もある。この二つの踊り字は縦書きの文章でなくては使えない。最近は見ることも少なくなったが確かにこの様な使い方もあった。
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コラムの最後に、一切の繰り返し符号を使わなかった作家の藤沢周平の「人人、多多、山山」などは「気品があるから不思議だ」と書いてある。藤沢さんの小説を思い出しながら頷いていた。
今日10月29日は、奇しくも岳父の祥月命日である、この切抜きを見つけたのも縁が結ぶものかも。


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2013年10月27日

ブルーベリーとほうき草の紅葉

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暖かく射す陽に誘われて午後から庭にでてみた。
ハイブッシュ系のブルーべりの葉は早くも赤く色づき始めている。きれいだ。
ほうき草も色づき始めた。小さな花と緑色の実をつけている。この実は加工されて「とんぶり」となる。別名「畑のキャビア」とも呼ばれている。
夏までは黄緑色をしていた茎が葉が少しずつ赤く染まってゆく。真っ赤に紅葉するようだが、その実を収穫するのはいつ頃の時期なのだろう。

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とんぶりは、何時間もかけて茹で上げ、水にさらしながら皮をとっていくそうで、こんな小さな実を加工していたら、水にさらす段階で全部流してしまうだろう。ネットで見ると300gの瓶詰が1000円以上している。
私たちは爽やかな緑と紅葉を楽しむことが無難である。
ほうき草の花と実をマクロレンズで撮影してみた。マニュアルでピントを合わせるとここまで拡大できた。

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2013年10月25日

読書三余

じめじめと陰雨の日が続いている。この秋の長雨は各地に災害をもたらし、作物などにも害を与える影響も出てきている。農業をはじめ第一次産業の方々は困っている方も多かろう。

読書三余という言葉がある。読書をするのに好都合な三つの余暇は冬、夜、陰雨の時とある。これを逆から見れば耕作などに向いていないという事にもなろう。その余の一つ陰雨の日が続いている。
「晴耕雨読」のブログは定年後の理想の生活を思い描いて名付けたのだが、体調の変化により「晴耕」は全くできなくなった。ここ数年は「晴読雨読」の毎日である。読書好きの自分にとってはある意味幸せな日々には違いないのだが、土に親しめないことはやはり寂しい。

過日予約しておいた図書が用意できているとのメールを受け取っていたから、今日も午後から図書館に行ってきた。昨年くらいから図書館を多く利用するようになった。新刊は待つ時間が長くて待ちきれず購入するが、数年前のものだとそれほど待たずに借りることができる。今年は読了した本のうち図書館で借り受けた本が全体の40%になっている。書棚が膨れずに済むこともだが、書籍購入費も数年前から比べるとかなり節約になっているのが良い。図書館を自分の書棚だと勝手に考えて利用している。
iPadの「青空文庫」では無料で読める書籍がたくさんあり、名作の短編など少しは利用しているが、齢のせいだろうやはり紙に印刷された本が自分にとっては読みやすい。


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2013年10月23日

秋の香りのする料理教室

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白木農園の料理教室・ファーマーズキッチンも52回目となった。
何故だか今日は欠席者が多く、講師のG先生を含めても14名。
今日の献立は「きのこの焼きびたし」と「いかとさつまいもの煮物」の二品。
この季節の旬の食材を使った料理だ。
G先生の説明は分かり易くて丁寧だ。きのこは包丁で切れ目だけ入れて手で裂くこと、ゆずの皮は白い部分も一緒に剥かないように薄く剥くことなど参考になることも多かった。もっとも他の人たちは知っていることかもしれない。
我が班は当番班ではなかったが、先月はお土産のなかったので今日持ち帰ることができた。
Uさんが生の落花生を持ってきてくださった。それをゆがいて食後に食した。この時期でないと味わえない逸品である。さらに、茹で方のレシピまで付けて全員に行き渡るように袋詰めして持ってきてくださり、帰りのお土産になった。
ゆずの香りいっぱいの焼いたジューシーなきのこ、いかの旨味がしみ込んでホックり煮えたさつまいも、二品ともとても美味しかった。


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posted by tontonton at 20:35| 料理教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月22日

久しぶりの林檎園

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昨年の秋以来一年ぶりに小石川林檎園に行った。
りんごを試食しながら小石川さんのご家族と久しぶりの会話が弾む。
夕方に近い時間だったので園内の写真は入り口付近にある紅玉の写真だけ数枚撮影した。
りんごの中でも紅玉の赤が特に美しいと思う。酸味のある甘さも好きだ。
もぎたてのりんごは特に美味しい。11月に入るとフジが美味しくなる。
その頃に行って園内を散策させてもらい、写真も撮りたい。
紅玉をはじめ数種類のりんごを買って帰ってきた。
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posted by tontonton at 21:26| 豊栄日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月21日

「黒い霧」は松本清張さんが発明した言葉

「黒い霧」という表現は松本清張さんが発明した言葉だと、ある小説を読んでいて知った。さらに、「夜の蝶」は川口松太郎さんが発明した言葉だとも書いてあった。
文中の「黒い過去」という言葉を表現するための挿入文だが、面白いことを教えてもらったと思った。
そこで、今日は、「黒い」という言葉を国語辞典で遊んでみることにした。
「黒い」という形容詞の後に続く言葉はあまり良いイメージのものがない。この言葉を国語辞典で引くと一番目の意味は「黒の色が認められる状態」と書いてある。一つ目の意味はどの国語辞典も大差ない。二つ目の意味になると違ってくる。一つは「道義的にみて疑わしい点が感じられる様子」だ。
もう一つ国語辞典を引くと二番目の意味は「きたなく汚れている」や「心が汚れている。また、罪を犯している」と書かれている。かなり違った印象を受ける。
用例としては「黒い腹の人」「黒い罠にはまる」「黒い噂」「黒い霧」などが掲載されている。
松本清張さんが発明した「黒い霧」の意味は「事件の底流に何か犯罪がからんでいることを感じさせるものが有るたとえ」と書いてある。清張ファンだとなるほどと感心してしまう。
川口松太郎さんの「夜の蝶」も今では何気なく使われているが、自然発生的な言葉ではなく発明者がどんな場面でこの言葉を生んだのか作者に想いを寄せてみるのも面白かろう。

「黒い」に続く良い印象を与える言葉としては「黒い髪」「黒い瞳」くらいだろうか。
「黒い目」だと良いのだが、「目の黒いうちは…」となると、続く言葉は物騒なものになってくる。



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2013年10月18日

国語辞典と恋愛の定義

ネットを見ていたら、米カリフォルニア州の高裁で米連邦最高裁が婚姻を男女の関係に限った連邦法「結婚防衛法」を違憲としての判決を受け、同州内の同性婚を再び認める判断を示したと報じていた。
全く理解も承服もできないが、世界の数か国でも同性婚が認められているという。そもそも婚姻とは、「正規の法律上の手続きを経て、男女が夫婦関係を結ぶこと」だと思って疑わない。
こうなると、いろいろな定義が根底から崩れてくる。「恋愛」も男女間のものでなくなってしまう。

先日、国語辞典を読んで楽しんでいるとブログに書いたので、そのこともあり、改めて「恋愛」を国語辞典で引てみた。「男女間で特定の相手を互いに恋い慕うこと」と書いてある。
もう一つ別の国語辞典(新明解国語辞典第七版)には、少し長いが次のように書いてあった。
「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。」と長い説明である。
さらに、広辞苑(第五版)には「男女が相手を恋い慕うこと。また、その感情」と記載されている。
時代により、また編纂の立場によって国語辞書はその表現が変わることはあっても、その根底の意味が変わることはないはずであり、恋愛は異性間のことである。しかも、恋愛を通り越して婚姻までとは信じがたい。
「年齢と時代はどうしようもない」と誰かが言っていたが、この変わりようには唖然とするしかない。
明治24年に発刊された日本語辞典「言海」を見ていて、新たな発見をした。この辞典には「恋愛」という見出し語句すらない。この時代、「恋愛」という言葉は口にはできなかったのだろうか、などと想像してみる。
考え方が古すぎるのだろうか?


posted by tontonton at 22:21| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月15日

国語辞典を読む面白さ

先日の朝刊のコラムに蕪村の<学問は尻からぬける蛍かな>の句が掲載されていた。このコラムニストも「我が身を思えば笑ってもいられない。読んだもの、覚えたはずのものが、体中の穴から抜けていく。」…などと書いていた。謙遜ではあるにしろ、この様な文筆を生業としている人でさえ忘れることが多くなるのだからと、わが身に置き換えて納得しながら安心もした。

もう20年以上になるだろう。毎日手書きで日記を書いている。
今は3年日記だが、これまでは毎日1頁の日記にしたこともあった。だが、毎日B5版1頁の日記は時に負担となることもあった。毎日続けてゆくには3年日記が手ごろで、これに落ち着いて10年以上が過ぎた。
2年目には昨年の今日、何をしたのかを読み返しながら、今日の日記を書いている。
日記を書くときはできるだけ漢字を使って書く様に心掛けている。だが、この年齢になってくると、ごく簡単な漢字が思い出せないことが多い。このコラム同様、体中の穴から抜けていっている。以前は簡単に電子辞書で調べて書いていたのだが、3冊の本を読んで以来、国語辞典をめくって調べるようになった。
目当ての漢字を探し当ててもすぐ閉じず、その意味や関連の言葉、その使い方などを合わせて読むようにしている。関連の言葉をさらにめくり、その意味や使い方など、あちこちと跳びながら辞典を読んでゆくと、いろいろ学ぶことがいっぱいある。
さらに、2冊の国語辞典を開くと、同じ言葉でも簡単に説明してあるものから、丁寧すぎるほど長く書いてあるものもあり、これもまた面白い。
寝る前の日記を書くひと時は、辞書を読む時間になることもある。
国語辞典を読むきっかけとなった3冊の本とは、2年ほど前に発刊された三浦しをんさんの「舟を編む」とサンキュー・タツオさんの「国語辞典の遊び方」、もう一冊は高田宏の「言葉の海へ」である。
舟を編むは、辞書を編纂する人たちの熱い思いを描いた小説である。国語辞典の遊び方は、広くて深い辞典の世界を楽しくナビゲートしてくれる一冊で、言葉の海は、日本で初めての本格的な国語辞典を編纂した大槻文彦の苦悩の生涯を綴った渾身のノンフィクションだ。
この三冊の本によって国語辞典に魅せられ、春過ぎ新たに国語辞典を2冊購入した。我が家には岳父が残してくれた国語辞典や言葉の辞典が書棚狭しと並んでいるのだが、何しろ古い。そこで、サンキュー・タツオさんの箴言通り2冊の国語辞典を購入した。言葉は日々進化しているので、同じ言葉でも時代によって意味も変わってきている。それを探すのもまた楽しい。国語辞典を読む楽しさを味わっている日々である。

そのコラムの終わりに、『「教育とは、学校で習ったすべてを忘れたあとに残るものをいう」との格言もあった。知識は尻から抜けてもいい。知恵が血肉となって残るなら。』…と。
おのれを振り返って、知恵となり血肉となって残っているだろうか?


posted by tontonton at 22:33| 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

今週もささき亭でランチ

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先週に続いて昨日もささき亭に寄る。
このお店は何もかも気に入っているが、一番はもてなしの心である。
もちろん味も良い。一つひとつの献立にも気持ちがこもっている。
テーブルの上の小さな花がほんのりと迎えてくれる。
今週のおまかせランチは油揚げの肉巻ロール、かぼちゃのガーリックバターしょうゆ、ごぼうのサラダ、みそ汁、香の物、縄文ごはん。
入口の黒板にご要望にお応えして「うどん定食」(650えん)はじめました、と書いてあった。うどんの単品も350(えん)だそうである。今度注文してみよう。
食後の珈琲を飲んで豊栄に向かった。
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posted by tontonton at 17:13| 豊栄日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする