2012年08月31日

料理教室と食事会

料理教室2012.8-2.jpg29日(水)は白木農園の「料理教室」、30日(木)は「そば食べ歩き会」と二日続けて仲間たちとの集いがあった。
料理教室は真亀公民館で午前10時から。私たち当番の者は9時半には集合していた。
この日の献立は「みょうがのかき玉汁」と「夏野菜の肉みそかけ丼」の二品、両方とも時間のかからない簡単料理だった。
メンバーの多くがいろいろな野菜を栽培し出荷している。その旬の新鮮な野菜を使って料理しようということで、この会の名称も「ファーマーズキッチン」となった。ところが、この時期は夏野菜から秋冬物野菜への端境期で提供してくださる野菜が少ない。
食材の用意は講師の先生からの連絡を受けて当番の班の者が用意する。今月の仲間からの野菜はキュウリのみだった。
食材の買い付けの当たったYさんが苦労談を愉快に報告してくれた。
出かけたスーパーマーケットでは、合びきミンチはたくさんあるのだそうだが、「豚挽き肉」が希望する量がなかったそうで、他のマーケットまで足を延ばした。また、「赤みそ」も探すのに苦労したという。スーパーマーケットの規模や時間帯にもよるのだろうが、シンプルなものほど品揃えが薄いのかもしれない。
また、豚挽き肉を使用する理由について、「肉みそかけ」の様な場合は牛肉は硬くなるからだと先生が教えてくれた。
食材の調達や使用する理由についていろいろ教わった一日になった。

料理教室2012.8-1.jpg料理教室2012.8-3.jpg
この日は、Sさんがイチジクとブドウを提供してくださり、デザートにたっぷり頂いた。また、Oさんは自家製のオクラの漬物を持ってきてくださった。

そば食べ歩き会

そば食べ歩き2012.8-1.jpgそば食べ歩き会のメンバーも白木農園会員がメインだが、そば打ちや旅行を通じて知りあった仲間。その方々からの紹介を通じて入会された方など実に多彩である。だから、話題も多岐にわたり、楽しい集まりになっている。
昨夜はその56回目の会が市内中心部の「しらかわ」で開催された。出席者は女性5名男性10名の合計15名だった。
この会に登録しているメンバーは女性10名、男性12名の22名である。長期に欠席されている方が2名で、毎回の出席者はおおよそ15名前後。夕方からの食事会に女性も気軽に参加できる良い世の中になった。

そば食べ歩き2012.8-2.jpg「しらかわ」は女性店長のなかなか洒落た店である。前菜から始まって、最後のもりそばに至るまで8品のバラエティに富む献立。熟年世代だと伝えていたので揚げもなどは少なく、ボリュームも程々であった。
その中の一品に「とうがんのえびあんかけ」があった。これは来月の料理教室の献立に入っている、などの話題もでていた。
解散する前に、来月の予定だけ決定した。27日(木)に決まった。帰って予定表を見ると26日(水)は9月の料理教室の日だ。来月も二日続けての集まりになる。
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2012年08月23日

初めてのマツダスタジアム

マツダスタジアム1.jpg
昨夜は白木農園パソコン同好会の仲間たちとマツダスタジアムに出かけた。昨夜がこの球場での初めての野球観戦である。マツダスタジアムはとてもきれいな球場だった。
白木農園のI井さんが13人がまとまって観戦できるように内野指定席をお世話くださったので、楽しく賑やかに観戦できた。
スタジアム2.jpgマツダスタジアム3.jpg大きな声こそ出さなかったが、一塁側のカープの応援団の声援とともに手を打って応援した。
カープのラッキーセブンの攻撃では赤いジェット風船が夜空に舞いあがり、とてもきれいだった。

試合の結果は、先発の野村が7回を無失点で好投、攻撃では1回裏、エルドレッドの適時打で先制。4回には、石原の2点適時二塁打で加点して、8回からは今村、ニコライオの継投でDeNA打線を零封し、3対0で快勝した。その結果、広島は連敗を4でストップさせた。カープファンにとっては何より嬉しい1勝である。

小さな音楽会

「予約していた本が用意できたので来館ください」とのメールを受け取っていたので、今日のお昼頃、安佐南図書館に出かけた。この図書館は安佐南区民文化センターと併設されている。1階のホールでサクソフォンの音が響いていた。
小さな音楽会2.jpg小さな音楽会.jpg12時20分から演奏が始まるというので、聴くことにした。
広島文化学園大学芸学部音楽学科の9名のみなさんによる、ソプラノサックス、アルトサックス、テナーサクス、バリトンサックスによるサクソフォンアンサンブル。
ダニーボーイ、美女と野獣、サウンドオブミュージックメドレーなど知っている曲が多かった。30分ほどの短い時間ではあったが、学生さん達の魅力的な演奏を楽しませてもらった。
posted by tontonton at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 白木農園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

エリア情報誌「旬遊」のこと

旬遊37-1.jpg旬遊の表紙の写真はwebから拝借

上質の食・遊・暮らしを愉しむ大人のための情報誌「旬遊」を創刊号から毎号愛読している。美しい写真と丁寧な取材と編集・制作に毎号魅せられている。寄稿されている随筆などの格調も高く、品があり落ち着きがある。また、お店などの紹介記事も読者に好感を持って受け止められるように細心の注意を払って取材され、美しい写真ときれいなレイアウトで掲載されている。
発行のインターバルは3か月に一度の季刊誌で、創刊以来今年で10周年になる。しかし、今号の巻頭に「発行回数の変更と全面リニューアル」のお知らせが掲載されていた。平成25年から年2回の発行にすると書いてある。
編集長の杉川雄一さんには何度かお会いしたが、実直な人柄で仕事に取り組む姿勢にもとても好感が持てる。
「旬遊」の創刊号には「お金軸とは違った価値軸のもと、志と矜持を持つエリア情報誌を目指す」と「創刊の辞」が書かれていた。その創刊時の熱い想いは私たち購読者にも力強く伝わっていたが、出版業界の状況は厳しさにやむを得ぬことなのだろうと察する。
ただ、廃刊になったのではなく、来年以降も発行されることが嬉しい。リニューアルされる「旬遊」に期待し、引き続き愛読してゆきたい。
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2012年08月17日

デジカメの入院

デジカメ.jpgデジカメのモニター不具合で映像を表示しなくなった。撮影をしようと電源を入れるとモニターの画面を黒い横線が覆い、そのわずかな隙間から被写体が見える程度である。シャッターを押すと撮影はできるが、モニターでの再生確認ができない。SDカードをパソコンに挿入して確認すると確かに映っている。こんな状態になってしまった。
購入した店に持ち込み修理を依頼する。10日ほど入院して戻ってきた。このデジカメは購入して3年だが、その間に2回目の修理となった。
1度目は昨年の6月、オートフォーカスが不具合を発生し、写真のピンが甘くなる故障。この時は、オプチカルユニットと呼ばれる部品を交換して解決した。2度目がこの8月、液晶モニターを交換した。
5年間保証の製品だったため、2回とも修理費用は無料だったが、殆どの場合この様な安価のデジカメは修理せずに廃棄されるに違いない。この様に短期間で2度も修理に出すことも珍しいことのように思う。
posted by tontonton at 16:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 高陽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月10日

芥川賞で揺れ動く

ここ何年も芥川賞、直木賞の受賞作品は殆ど読んできた。純文学を選考基準に新人作家を対象した芥川賞は年齢を重ねると読むことが辛くなる作品が多い。その点、大衆文学が選考基準の直木賞は、娯楽性や商業性を重んじたストーリーや話の展開で、読みやすい作品が多い。
前回の芥川賞がその印象を強くした。第146回芥川賞の円城塔氏の「道化師の蝶」は途中で読むのを止めた。田中慎弥氏の「共喰い」は「読まなかったらよかった」が読後の感想だった。田中慎弥氏は記者会見が破天荒でマスコミに受けたが、それ以上の印象はなかった。それに引き替え直木賞受賞の葉室麟氏の「蜩ノ記」は読み応えがあった。

第147回芥川賞が掲載された文藝春秋9月号が先日届いた。迷った挙句に昨夜、芥川受賞作である鹿島田真希氏の「冥土めぐり」を読んだ。今回はそれほど抵抗なく読めた。

鹿島田真希の「冥土めぐり」

「冥土めぐり」はこの作家の経歴からか宗教的な暗示を色濃く感じる作品だと思った。
経済的な豊かさを剥ぎ取られてもなお虚飾と虚栄の夢を捨てられない浅ましい人たちを描くことで、経済力以外のアイデンティティを持ち得ていない日本の縮図としても読める。
女性主人公の母親と弟は、金銭の奴隷として描かれ、主人公は家族の荒廃した足枷から逃げ出すように、頭に病を持つ夫を連れて一泊の旅行に出かける。家族とのおぞましい記憶を辿る冥土めぐりである。行き先は一泊5千円の宿で昔は豪華で贅沢感のある高級ホテルだったが、今は大衆用に値下げされている。日本中どこにでも在りそうな、繁栄と凋落を象徴する舞台設定が効果的である。夫は言語の能力に劣り、「理不尽」や「矛盾」という抽象的な言葉は理解出来ないが、ささやかな喜びを無限の幸福に繋げていける無垢な男として描かれている。
車椅子が来たら外国にもどこにでも行けると無邪気に話し、自分が置かれている状況を認識出来ない夫は、しかし、聖なる愚者として救済者となっている。
受賞インタビュー記事で鹿島田さんの経歴を読むと、作者の最も伝えたい「大切に抱えてきた主題」を不器用なまでに真っ正面から書いている様に感じた。

直木賞受賞の辻村深月さんの「鍵のない夢を見る」を読むのを楽しみにしている。
posted by tontonton at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月06日

被爆体験の証言―8月6日の奇跡

被爆から67年、被爆者の高齢化が進み、被爆体験伝承の必要性の声が大きくなっています。これまで決して語ろうとしなかった方々も少しずつ体験談を語り始めました。その悲惨さは今もなお私たちの胸を突き刺します。
広島市は今年から、被爆者の体験を本人に代わって語り継ぐ「伝承者」の養成も始めたという。以下の話は、妻の母から2004年に直接聞いた「命を救われた話」です。2007年のブログに掲載したものを改めて掲載します。

ふたつの桃が3人の命を救った。

昭和20年8月6日午前8時前、マサエは長女の征子を自転車に乗せて、広島市中心部・八丁堀の美容院に向うところでした。
この時、親戚の叔父さんが桃を2個持ってきてくれました。食べるものがなくて、誰もが餓えている時代の果物はとても貴重でした。それをしまっておくため家の戻る時、近所のおばあさんに出会いました。
マサエは、一瞬考えましたが、その2個の桃をおばあさんにあげることにしました。2つの桃を差し出すとおばあさんはとても喜んで、その場で1個を食べたいと申し出たそうです。マサエは了承し、長女とそのおばあさんを連れて家の中に戻りました。おばあさんは、美味しそうにその桃をゆっくり味わいながら食べたそうです。おばあさんが桃を食べ終わって出かけようとしたその時、ものすごい大音響が響き渡りました。原爆が投下されたのです。
親戚の叔父さんが桃をくれなければ、マサエがおばあさんに桃をあげてなければ、また、おばあさんがその桃をその場で食べたいと言わなければ、いつものように8時には八丁堀の美容院に到着していた時間です。爆心地からすぐの距離にある美容院にいれば、8時15分には跡形もなくなっていたはずです。
マサエの優しさが、長女の命とお腹の中の長男の命、そして自分の命を救いました。
まさに「奇跡」としか言いようがありません。
長女の征子は私の妻です。もちろんマサエは丈母です。
丈母は2005年の12月にこの世を去りました。その1年前に、丈母から直接聞いた話です。このことは私の妻もこの時初めて聞いたそうです。
戦時中、人の物でもとって食べたいだろうこの時世に、自分は食べなくともという優しさが、3人の命を救ったのだと思います。
posted by tontonton at 16:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする