2012年01月28日

今年初めての「そば食べ歩き会」

ふくべ三.jpg
今年の「そば食べ歩き会」のスタートは、やはり「ふくべ三」で始まった。
「平成19年8月に蕎麦切り『あしゃぎ』でスタートした蕎麦屋さん巡りも5年目となりました。」
1月の初旬に頂いた案内状には上記のように書かれていた。5年もの間には何度となく同じ店も訪れているが、この「ふくべ三」は最も多い5回目である。それだけファンも多く、参加する人たちが心から満足できるお蕎麦屋さんという事でもある。
5回も訪れているのに、蕎麦前料理は毎回献立が違っている。工夫を凝らし、アイデアを盛り込み、心のこもった料理を出してくださる。
昨日、私が座った席は、女将の料理する姿が正面に見える席だった。真剣な眼差しで料理に取り組む姿勢が美しい。丁寧でありながら無駄な動きがない。身のこなしと言えば良いのか、料理人の所作と表現すればよいのか、客として見ていて感動すら覚えた。
蕎麦粉も料理により生産地を変えていた。地元の宇山産の粉や国東半島や宮崎県の椎葉村の物まであった。その料理のために取り寄せた蕎麦粉だと思う。ここまで気配りのできるお蕎麦屋さんは広島でもそう多くない。すべてが満足ゆくものであった。

昨夜の蕎麦前料理は以下の通り。

そばがき煮(大分県国東半島)
とろろそば(東広島市河内町宇山)
刺身盛り合わせ
 揚そば板
 古式板わさ
 さより干もの
 こち刺
 はんぺん
 こんにゃく刺
 広島菜漬
かきと大根葉の天ぷら(竹原市)
鴨治部煮(宮崎県椎葉村)
おそば(宇山)

過日読んだ久木綾子さんの小説「見残しの塔 周防国五重塔縁起」の中に、五重塔を建立した大工が椎葉村や国東半島に深くかかわっていたことを思い出しながら、一つひとつの料理を味わった。
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2012年01月27日

「政治ごっこ」に終始する国会

以下は、1月25日付の読売新聞「編集手帳」である。
『源義経が平家の軍に夜討ちをかけようとしたが、暗くて道が見えない。義経が「例の大松明おおたいまつはどうだ」と問い、家来が「その手がございました」と答える。『平家物語』巻九の一場面である◆義経一行は道沿いの民家に火を放ち、火事の明かりを頼りに山を越えていく。暗くなったら、また次の民家に火をつける…。松明がわりに家を燃やされる農民は、たまったものではない◆政権奪取に至る暗い夜道にも、「大松明」が要るのかどうか。政権交代の前も、後も、通過する軍勢に家を燃やされる気分がつきまとって離れない◆交代前は民主党が自公政権に「解散を!」と迫り、交代後は自公両党が民主党政権に同じ文句を突きつけている。つまるところ物事は動かず、老後の安心も国の財政も炎上に至ったのは見ての通りである。通常国会が開幕した。同じ火ならば、法案を照らすロウソクの炎がいい。与野党が額を寄せ、より良い案に練る。政策を壊し合うのではなく作り合うなかで、政権担当能力の優劣は競えるはずである◆「民意を問う」という美名に名を借りた椅子取りゲームで、国を灰にされたくはない。』

所信表明演説の全文を読んでも代表質問を聞いても我々国民を納得させるものは何もない。彼らの行動や発言から感じ取れるものは、政治を行っているのではなく、「政治ごっこ」で遊んでいるようにさえ思えてくる。私たちはこのような人たちを国会に送り出したことを恥じなければならない。
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2012年01月22日

芥川賞受賞の田中慎弥さんと石原都知事のバトル?

「共喰(ともぐ)い」で芥川賞を受賞した田中慎弥さんの受賞会見は、破天荒の会見になった。
ジャケットに紺のタイ、デニムパンツという服装。5度目のノミネートを経ての受賞だったが、その顔に笑みはなく、浮かない表情で会見場に登場。脱力したような、斜に構えたような態度で席についた。
そして、放った一言は、「確か、シャーリー・マクレーン(米女優)が何度もアカデミー賞にノミネートされた末にようやく取ったとき、『私がもらって当然だと思う』と言ってたらしいが、だいたいそういう感じです」
会場は爆笑に包まれ…、次に放った言葉は。
「4回も落とされたので、断るのが礼儀といえば礼儀。でも私は礼儀を知らないので、もらうことにした。断って、気の小さい選考委員、都知事が倒れて都政が混乱してはいけないので。都知事閣下と都民各位のために、もらっといてやる。もう、とっとと終わりましょうよ」と、未曽有の会見。
この会見の様子がYou Tubeでも数多く流れているが、民放テレビも石原都知事と田中さんの発言とを対比させながら、ワイドショーなどで面白可笑しく放送していた。これ以前にも、芥川賞選考委員の石原都知事は、候補作は「バカみたいな作品ばかり」と酷評していた。
芥川賞の受賞会見がここまでニュースやテレビ番組に大きく取り上げられるのも珍しい。この田中慎弥さんの「共喰い」は、芥川賞受賞作品ながらベストセラーになるのではないかと思う。そこまで考えていたとは思えないが、話題作りという点では、田中さんの勝ちである。

この事が原因ではないのだが、平成7年から33年間、同賞選考委員を務めてきた東京都の石原慎太郎知事が選考会からの退任の意向を表明した。「全然刺激にならないからもう辞めます」がその理由のようだ。辛口の選考委員が退任するのは、少し寂しい気がする。

2月10日に発売される文藝春秋3月号には、この「共喰い」が全文掲載される。今から、届くのが待ち遠しい。

芥川賞受賞会見

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2012年01月19日

かき餅つきと芋煮会

餅つき-1.jpg餅つき-3.jpg白木農園、新年恒例の「かき餅つき」「芋煮会」が開催され参加した。
ついたお餅は10臼、もち米はなんと30kgである。前もってもち米を10人の会員に託け、前日に研いで一昼夜水につけて当日の朝、持ち寄った。
3kgのもち米を蒸しあがった順に餅つき機でついてゆく。かき餅用は黒豆と塩を加え8臼、丸もち用は2臼、合計10臼のお餅である。
かき餅はついたらすぐ、型枠に流し入れてゆく。この型枠は数年前に考案されたもので、雨どいを利用して作っている。また、8本の型枠が傾かないように木型で作った台も用意されている。餅つき機でつきあがった餅を型枠に入れて均等に伸ばしてゆく。これまでの経験で慣れた手つきで蒲鉾型の長い「なまこ」ができあがり、屋外に持ち出して乾燥させる。この型枠には3kgの餅がピッタリおさまり、4人分のかき餅ができるように設計されている優れものだ。
餅つき-4.jpg餅つき-5.jpg餅つきは10名ほどで担当し、残りの20名近くは「芋煮」を担当する。男性軍が中心に里芋の皮を剥いてゆく。剥いた里芋は約150個。もちろん、白木農園で栽培した里芋である。女性軍はコンニャクや厚あげ、キノコや牛肉、薬味のネギなどを担当。笑い声と楽しい会話に包まれて進行した。大きな鍋に2杯、何杯もお代わりができるほど、たくさんの芋煮ができた。

餅つき-2.jpg餅つき-7.jpgすべてできあがったのは丁度お昼頃。会員のOさんが白木農園で収穫した大豆を炒って挽いた黄粉をたくさん作って持ってきてくださった。風味があってとても美味しい黄粉だ。こんな黄粉は滅多に食べられない。餅は、その黄粉や会員のKさんが提供してくださった辛味大根のおろしを添えて食べる。
もち米は、白木農園のIさんが湧水で栽培したご自慢の品、そのお餅は格別な味だった。芋煮もたいへん好評で何杯もお代わりする人が続出した。

何もかも満足のゆくイベント内容だったが、私は体調が思わしくなく、殆ど仲間に加われず残念な思いで見つめていた。だが、仲間たちの笑顔に満ちて生き生きと行動する様子を見ているだけで幸せに思える一日だった。
かき餅のなまこは4等分に切り分けられ、丸もちと一緒にお土産になった。
posted by tontonton at 21:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 白木農園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

NHK大河ドラマへのクレーム

1月8日に始まったNHK大河ドラマ「平清盛」に、地元の井戸敏三・兵庫県知事が「画面が汚い」と文句を付けたことが報道された。10日の記者会見で井戸知事は「私も見たが、まず画面が汚い。鮮やかさのない画面ではチャンネルを回す気にならないのではないか。ドラマの人気が出るかでないかで観光の影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていた」と述べ、NHKに改善を申し入れるという。
兵庫県と神戸市は大河ドラマのスタートに合わせて観光キャンペーンを計画し、21日にはドラマをテーマにした展示施設もオープンする予定のようだ。兵庫県知事としては、ドラマできらびやかな福原京が描かれ、一気に観光客誘致に弾みを付けようと目論んでいたところだが、登場した都はあばら家が並ぶ汚らしい町で、行き交う人々もボロをまとい、画面も薄暗い。これじゃあ、かえって神戸のイメージダウンだという言い分なのである。
これに対してNHKは、「清盛の成長に合わせて映像表現も変わっていくので、楽しみにしていてください」とコメントしている。

確かに初回のドラマは演出に力み過ぎの嫌いがあった様に思う。画面全体がモノトーン調で暗く感じたせいか、正月なのに明るい気持ちになれなかった人たちもいたかも知れない。
一昨年の「龍馬伝」でも三菱創設者の岩崎弥太郎が「汚すぎる」と三菱の首脳部がクレームをつけていたが、史実に基づいているといえども所詮ドラマである。ストーリーを面白くするためにフィクションの部分もかなりある。視聴者がこれを史実だと受け取っても困ることだし、自治体の首長や一流企業の人たちが声高に発言するのも大人げない様に思う。
初回の視聴率が17.3%で歴代ワースト3だったという。大河ドラマファンとしては少し寂しい視聴率だが、厳島神社を擁している広島県人として静かに見守りながら応援してゆきたい。第2回の今夜のドラマを見終わって、そんなことを感じながら書いている。
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2012年01月11日

2012年男の料理教室

料理教室2012.1,11.jpg今年初めての男の料理教室が開催された。
今日の献立は、旬の冬野菜白菜を使った「ロール白菜の和風煮」「白菜とハムのサラダ」と「カキのマヨーネーズパン粉焼き」に三品である。
ロール白菜の和風煮はロールキャベツの白菜版である。味付けが和風だったので上品な味に仕上がった。少し味が薄いとの声もあったが、自分にはこのくらいの薄味が良いと思った。
白菜のサラダは初めて食べた。このサラダにかけたドレッシングは「リンゴドレッシング」。オリーブ油、砂糖、酢、塩、コショウにすりおろしたリンゴを混ぜるだけだが、甘酸っぱくあっさりして美味しかった。サラダだけでも結構のボリュームだったが、さっぱりした味なので腹に凭れることはなかった。
カキのマヨーネーズパン粉焼きは、ソースなしで食べられ、コクが出て美味しくなるはずだったが、カキの風味を味わうことができなかった。
三品とも美味しく頂けた。食べる時の仲間たちの感想も、それぞれで面白く楽しい。今日も良い時間が過ごせた。

来週の水曜日は、すでに案内を受け取っている「寒のかき餅づくり」がある。また、2月の料理教室は、オタフクソースの本社に行き、鉄板でのお好み焼きの体験もできる。さらに、3月には「味噌作り教室」も開催される。楽しみが多い。
posted by tontonton at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 料理教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

佐藤愛子の「我が老後」シリーズが「これでおしまい…」に

昨年は佐藤愛子さんの「我が老後」シリーズを4冊読んだ。このシリーズは1993年に発刊されて以来の人気シリーズで昨年発刊された「これでおしまい―我が老後」が7巻目である。もう20年にわたって書き続けて来られたのだが、今回で「おしまい」という事だそうだ。
67歳から書き始めての20年。今作の執筆時は86歳のはずの佐藤さん、さすがに筆の冴えに衰えを少し感じた。各編のタイトルは「とりとめもなく○○○」となっている。以前のように奇跡のような文章でトントントンと話が進み、見事な締めでうならせられる、というエッセイになっていない。
エッセイだから、体験したことや聞いたこと感じたことが書かれているのだが、本当にこんな事に出くわすのかと思えるほど奇怪な話題が出てくる。せっかちで一本気、思ったことはズバッと言う。また、速足で歩かなければ落ち着かず、話す声が大きいというのは佐藤さんの生まれ持っての性分なのだろう。そこから生み出される日常生活が信じられないほどの笑いを提供してくれる。
この「これでおしまい…」でも佐藤節で唸っているのだが、全体として静かな印象に感じる。
また、過去の思い出をベースに話が展開するため、以前に何度も書かれたエピソードが多数登場する。佐藤さんの著作を多く読んでおられる方は「ああ、またその話か」と、お年寄りの昔話を聞いている感覚におそわれるかもしれない。だが、それでいいのだ。
「そろそろ潮時だ。もう友を面白がらせたり怖がらせたりする力もなくなってきた。体力だけでなく気の弱りが出てきている。気の弱りの出た佐藤愛子なんぞ、何の値打ちもないのである。67歳から丁度20年。キリもいい。このあたりで罷り散ります。皆さんさようなら。粛々と、これでおしまい。」
これがこのエッセイ集の最後の言葉である。
佐藤愛子ファンになってそれほど長くはないのだが、やはり寂しくなってしまう。長い間お疲れ様、本当にありがとう。

「これでおしまい―我が老後」の中から、気に入ったエッセイの一部を記憶にとどめておくために掲載しておこう。

「とりとめもなく『キモチ』の話」は次のように始まる。
夫が話相手になってくれない。何をいっても生返事をしていた頃はまだいい方で、この頃は返事もしない。いったい何のために結婚をしたんだろうと、会うたびに怒ったり歎いたりしている友達に、私はいったことがある。
「それはあなたの話がつまんないからじゃないの?」それで私は「人のキモチがわからなさすぎる」「それでも友達なの!」と彼女から怒られ、他の友達からも「非常識」と責められた。
怒る気持はわからないではないが、実際、はっきりいうが彼女の話は面白くないのだ。私だっていつも苦痛に耐えて聞いているのである。
(中略)
私には返事をしないご主人の気持がよくわかる。だからつい正直に前記のような感想を述べたのだ。そうして「人のキモチがわからない薄情な人」と決めつけられ嫌われた。人のキモチを思え、というのならそんなつまらん話に返事をしなければならない私(及びご主人)のキモチの方はどうなるんだ、と私はいいたい。
(後略)
こんな具合である。我々はなかなか「それはあなたの話がつまんないからじゃないの?」と本人に向かっては言えない。これが言える佐藤さんは大したものだと思えるし、そこまで言うか、とも思う。この佐藤節が聞けなくなるのは誠に残念。残りの3冊を楽しむことにしよう。

佐藤愛子の我が老後シリーズは以下の7巻
我が老後 1993年
なんでこうなるの 1995年
だからこうなるの 1997年
そして、こうなった 2000年
それからどうなる 2004年
まだ生きている 2006年
これでおしまい 2011年
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2012年01月05日

「断捨離」のすすめで、いろいろ捨てた

川畑のぶこさんの「断捨離のすすめ」を先月図書館で借りてきて読んだ。「断捨離(だんしゃり)」、聞きなれない言葉だったがネット上では頻繁に飛び交っていて、解説本も多く出版されている。
「断捨離」という考え方が注目され始めたのはもう10年ほど前になるらしい。ブログなどを通して広がったようだ。ヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用、不要なモノを断ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を手に入れようというもの。断捨離は、単なる整理術ではなく、身の回りをスッキリさせることで、心の混乱も整理し、前向きな自分に生まれ変わりたいと、子育てに追われる主婦や若者、親の遺品の整理に疲れ果てた50代女性など、年代を問わず断捨離にはまっているそうだ。
一言でいえば、「人生の大掃除」かもしれない。

家の中を見回してみると、「使える」が「使っていないもの」がたくさんある。解説本によると、これは「モノ中心」で「自分中心」の考え方ではないという。言われてみればもっともで、「まだ使えるから、捨てるのはもったいない」という事でこれまで保管してきたのだ。だが、何年も使っていないのに、これから先使うだろうかと考えた場合、「たぶん使わないだろうな」と考える。
捨てる判断基準を「「使えるか 使えないか」ではなく「使っているか 使っていないか」にしろと言っている。
「捨てる」とは「選択」と「決断」をすることだと。
この本にも書いてあることだが、しかし、我々の年代になってくるとモノを捨てられない理由をたくさん持っている。
もったいないから
「捨ててはいけない」と教えられてきたから
「もしかして」「いつか」使うかもしれない
高かったから
人から貰ったものだから
思い出の品だから


だが、昨年末、その一部を決行した。退職して何年も着ていなかったスーツやコートなどの衣類。読み終えて再度読むことはないだろうと思える書籍などかなりのモノを処分した。だが、まだ決断できず、捨てきれないモノもたくさんある。
「収納」とは「取り出す」ための一時保管場所であろう。収納や整理術などの書籍も多く出版されているが、それも、今自分にとって必要なものかの選択が不可欠なのだろう。
モノがあることが豊かだったと考え貯め込んでしまった私たちの年代。そのモノに埋まって身動きが取れなくなっているのも現実かもしれない。
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2012年01月02日

日記の書初め

昨年の大晦日で3年日記を書き終えて、元旦から新しい日記帳になった。新しい日記帳に初めて筆を下すのは何か緊張を覚える。今年も引き続き3年日記にした。この日記帳は高橋書店が発行するとても立派なものである。3年毎日書き続けても崩れたり歪んだりすることはない。価格もそれなりなのだが、風格にあふれ実にしっかりした作りである。また、丈夫なケースが思い出を守ってくれるのも良い。
この3年日記の良いところは、去年の今日何をしていたかがひと目で分かることである。
大晦日の日記は、2010年の大晦日は入院していたため日記が空白であることを眺めながら書いた。2011年の大晦日の日記には子供や孫が帰ってきて大勢で賑やかに過ごしたことが書けた。2009年から2011年の3年間の日記帳の締めくくりが良い思い出の日記となったことが何より嬉しい。

閑話休題。高橋書店は書籍だけにとどまらず、手帳、日記帳、家計簿、カレンダーなどを多種発行している。その手帳部門は、毎年「名言・格言」を募集する「手帳大賞」を実施している。
昨年の大賞は、審査員を見事にうならせた、櫻井 郁子さんの何気ない一言である。

「時間ってあんがい、柔らかいものよ」

櫻井 郁子 35歳 会社員
私と弟を育てるために、昼は工場勤務、夜はファミリーレストランでバイト。まさに寝る間も惜しんで働きつづけた母も還暦を迎え、今は平穏な日々をすごしています。あの忙しい中、ご飯も手作りだったし、旅行にも連れて行ってくれたし、八つ当たりされた記憶もない……。いったいどうやって時間をやりくりしていたの?と、たずねたときの一言です。

大賞寸評
「時間」と「柔らかい」という意外な言葉を組み合わせた表現が秀逸です。子育てに大変なご苦労があったはずなのに、それを感じさせない力の抜けた言い回しが、かえって強い説得力を生んでいます。現在私たちの社会は、待ったなしで取り組まねばならない様々な問題に直面しています。この言葉はくじけそうな困難を前にしても「もっと工夫してみよう。必ず解決の道はあるはずだ」という勇気をくれます。

思わず手帳にメモしたくなった「身近な人の名言・格言」を募集している。見事「高橋をうならせたら」50万円の賞金がもらえる。
ふとした会話の中で相手が言った意見やアドバイスに「うまいことを言うなぁ」と感心したり、親から教えられ実践している格言などで応募してみては、いかが…。
posted by tontonton at 16:46 | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする