2011年04月27日

豊栄にも花いっぱいの春が…

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昨日の豊栄は晴天だった。1週間前は五分咲きだった桃の花が満開になっていた。もう三度も台風で根こそぎ倒され、その度に立ち上がらせては支柱で支えてきた。そして今年も咲いてくれた。
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桜は終わったが、いまは、レンギョウ、雪柳、プルーン、なども満開である。庭一面にはイングリッシュ・デイジーも花びらをいっぱいに広げている。ただ、イングリッシュ・デイジーは猪に掘り返されたため今年は花数が少ない。豊栄の庭は今が一番きれいな季節だろう。

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昨日は芝桜を法面に植えて美観地区を目指している乃美地区にも寄ってみた。毎年この時期には「芝桜まつり」を開催しているが、そのイベントは終わっていた。先週あたりが一番きれいだったのだろう。昨日は少し枯れかかった所もあったがまだ十分綺麗だった。
昨日の「中農日記」には安佐北区小河内の芝桜が紹介されていた。ただ、この地域でお世話する方の高齢化により、以前見に行った時よりも少し寂れた感じがしたと書かれてあった。お年寄りばかりに任せるのではなく、地域全体で取り組んで欲しい。手間もかかるし、お金も要るが、少しでも多くの人を動員できるような知恵はないものだろうか。
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2011年04月23日

総会で義援金募集

2011年総会ー1.jpg今日4月23日はJA広島市農業塾OB会と白木農園の総会がJA広島市中筋本店4階ホールで33名の出席者で午前10時から開催された。受付では年会費と懇親会の会費の支払いの他に、今年は東日本大震災義援金箱が設置された。
開会に先立ち昨年亡くなった3名の会員の方と東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を祈り1分間の黙で始まった。この会だけで昨年3名の方が亡くなった。我々にとってはショッキングな1年でもあった。
総会の後に記念講演が行われた。講師がJA広島中央会農政広報部の方の講演だけあって演題は「TPPをめぐる諸問題」だった。この問題はあまり議論がなされないまま進めようとしている。日本全体にかかる大きな問題を孕んでいるのでもう少し時間をじっくりかけるべきだと思う。

名誉会長のKさん乾杯の音頭で懇親会が始まる。懇親会の途中で東日本大震災義援金の報告があった。およそ5万円の義援金はJA広島市を通じて被災地に贈られる。都合で出席できなかった方からも振り込みなどで義援金を寄せてくださった。嬉しいことである。

義援金について

義援金については、寄付をした人とその金額がマスコミで報道されている。たいした金額を寄付する人がいる。よくやっているとは思うが、それでその人がエライわけではない。金に余裕があるからだけのことだ。誰にも言わず黙って寄附すればよい。百億円出す人は一千億円以上持っているからだ。だが、名前を公表し、「誰それがいくら」と報道するマスコミの姿勢は卑しく思える。
ゴルフの石川遼選手の今年の賞金を全額寄附するという行為も首をかしげる。彼の場合は賞金が仕事の要である。黙って一定の金額を寄附し、バーディー一つに対して十万円などなら理解できる。他のプロゴルファーの立場も考慮すべきである。世界中で盛り上がっている慈善の心を歪曲させるような行為は慎むべきである。
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2011年04月22日

筆先の約束にならぬように…

編集手帳4.22.jpg4月22日、読売新聞の朝刊一面のコラム「編集手帳」。◆が必ず台形を形作っている竹内政明さんのコラムである。
竹内さんが心配しているように政府や東京電力の約束事はその殆どが筆先のたぶらかしになるように思えてならない。

菅首相は昨日初めて福島県内の避難所を激励に訪問した。ところが、「頑張ってください」「どうも、ご苦労様」などと数人と会話して僅かな時間で立ち去ろうとして出口に向かった。そうすると、避難している男性から「もう帰るんですか」と声がかかった。その言葉が何度か繰り返されてようやく菅首相は、声をかけた人の前に歩み寄った。菅首相が言葉をかけていたが、その方は「気持ちが伝わらなかった」と語っている。
避難している人の気持ちを逆なでするような訪問ならば行かない方がよほど良い。とにかく行ったという実績を作るだけのパフォーマンスは要らない。
今日からは20Km圏は警戒区域に指定され、立ち入りが禁じられた。後手後手の対応で被災者の不信は更に大きくなるばかりである。
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2011年04月15日

「江の郷」を訪ねる旅の「結団式」?

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毎月一回、蕎麦好き、お酒好きが集まって、蕎麦談義をしながら会食を楽しむ「そば食べ歩きの会」も昨日で42回目であった。これまで、このレギュラーメンバーに加えて、栽培の仲間である農業塾OB会の方たちにも声をかけて1年に1度、より楽しい企画を実施してきた。
その第一回目が、3年前の2008年6月12・13日の両日「近江・琵琶湖の自然と歴史探訪の旅」の旅行企画であった。この旅行がとても楽しいものだったことから、2009年にも島根県に一泊二日の旅や三次の鵜飼などを企画し、実施してきた。そして、昨年も第2回滋賀の旅を企画したが、数名の参加者の体調不良などがあり中止になっていた。

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今年の2月の食事会の時、NHKの大河ドラマ「江」の話の中で、昨年中止になった滋賀の旅を再度企画し「江の郷」を訪ねようと話が持ち上がった。遊ぶこと、楽しむことでは誰もが積極的になる。5月に実施しようとすぐまとまった。滋賀県出身のKさんが基本案をまとめ、私が案内状を写真入りで作成し、配布して参加者を募った。

今回は、明智光秀が祀られている天台宗総本山・西京寺、三井寺、浮御堂などをはじめ、近江八幡の水郷めぐり、賤ヶ岳の古戦場、湖北野鳥センターなどを観光する予定にしている。食べることが一番の楽しみなので、初日の昼食は大津市の本家・鶴喜そば本店で、2日目の昼食は、富士山から運ばせた石で造園したという「ふじ石亭」の懐石料理で近江の恵みを味わうことにしている。夜の宴会も十分楽しいものを予定している。

そして、これらの企画に初めて参加する人達が数名いるからということで、昨日の食事会はその滋賀旅行参加者の顔合わせを兼ねた集まりとなった。総勢18名の「結団式」(?)である。楽しく和やかな顔合わせになった。(^−^)

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昨夜の会場となった「そば処 一福」は、本場の奥出雲の割子そばである。広島駅前の百貨店の11階にあり、目の前は広島駅南口が一望できる。夜景も素晴らしい。一福はそばのだしが絶妙であることで知られている。島根県・頓原の清らかな水と、厳選した昆布と極上醤油を絶妙なバランスで配合し、熟練の経験と勘で、最高の味に仕上がるまで長時間コトコトと煮詰めて造り上げていると紹介されていた。芳醇なコクとまろやかさのだしとこしの強い割子そばを堪能できた。
話は弾み、盛り上がり終了予定時間の9時を1時間も過ぎて解散となった。
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2011年04月12日

カタクリの花が満開

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今日、豊栄に行く途中「カタクリの里」に立ち寄った。お昼前だったので、まだ日陰の部分が多く、大半の花は下を向いたままで開いていなかった。斜面の南側約三分の一に陽が当たり花が反り返っていた。全体にはやや花の色がが薄くなっているので、最盛期は少し過ぎた頃かもしれない。満開時には花の紫の色がもう少し濃いように思うが、だが、とても綺麗だった。
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今日は平日だというのにかなりたくさんの人たちが訪れていた。カタクリは漢字では「片栗」となるが、ここの幟には「語苟理」と表記されていた。「苟」は「いやし」である。洒落た文字を宛て字にしている。
今年はなかなか気温が高くならなかったので、例年に比べて満開の時期が遅くなった様だ。表示板には4月17日まで開場と書いてあった。

明日の男の料理教室で「片栗粉」を使用する。今回は食材の手配の担当になっていたので「片栗粉」を買いに行った。昔は、球根から「片栗粉」を 採っていたが、今は8割がじゃがいも、2割がさつまいものデンプンからつくられているそうだ。
「片栗」を使った本物の「片栗粉」は薬局で売っているそうだが、どれほどの価格なのだろう。
カタクリの英名は「Dog tooth violet」(犬の歯の”すみれ”)と言う。たしかに似てる(^−^)
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2011年04月10日

桜を愛でながら投票所へ

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昼前ころ、選挙に行ってきた。投票所は近くの小学校の体育館である。通学路の桜並木が満開だった。5分ほどの道のりだが、ゆっくり時間をかけて桜の花を愛でながら歩いて行った。
今日の新聞一面に福島県いわき市小名浜地区で開花したソメイヨシノの写真が掲載されていた。その写真の題は「一輪の勇気」。地元住民の方々は「復興への希望のサクラが咲いた」と喜んでいるそうだ。

桜4.10-1.jpg古来から、日本人は桜の花を見ると心をときめかせてきた。いつもなら桜の便りを耳にするとなんとなく心がうきうきとしてくるのだが、大震災の被災者の方々を思い浮かべると、今年に限っては素直にそこまでの気持ちになれない。東北地方もまもなく桜が満開の季節になる。爛漫と咲き誇る桜、花吹雪となって散る可憐な花びらが暫しの安らぎになることを願っている。

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2011年04月09日

収束の見えない原発危機

東日本大震災によって起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故。水素爆発、大量の放射性物質の放出、住民の避難など未曽有の経過をたどった国内史上最悪の原子力災害は、発生して約1か月だが危機的な状況が続き、収束の目途は全く立っていない。
今日の新聞に掲載された記事を見て驚いた。国や電力会社は原子炉制御の「命綱」ともいえる電源の位置づけをあまりに軽く見すぎている事だ。規制当局である内閣府の原子力安全委員会は、安全設計の指針について、長時間の全電源喪失については「考慮する必要はない」と明記している。
理由は、「送電線の復旧または非常用交流電源設備(非常用のディーゼル発電機)の修復が期待できるため」としており、国は外部電源を失っても非常用発電機が作動すると想定してきた。各原発は、この様な指針に基づいて設計されており、非常用電源を含むすべての電源喪失に対して万全の備えをしてきたとは言い難い。
国も東京電力も「想定外」と繰り返しているが、「考慮する必要はない」とは「想定は不必要だ」といっていることと同じである。

これらの安全設計の指針について優秀な技術者や専門家、設計者はこんな結論を出すはずがない。情報分析能力や決断能力のない高給取りたちが、リスクを考えもせず会議をするだけで「プランB」を作らないからこんな結果になってしまう。
その結果として、現場の人たちの決死の頑張りしかなくなってくる。無能な幹部たちは現場を称賛する世論を作り出して批判をそらそうとしている。尻拭いはいつも末端の現場の人たちである。

そして、現在の原子炉の状況について、明確な情報が開示されない。放射能の危険性についてもあいまいな発言を繰り返すばかりだ。原子炉や放射能の危険性については原子力安全・保安院の西山審議官と枝野官房長官が記者会見を行うが、この説明が全く理解できない。枝野官房長官の話は滑舌がいいし声も大きくて、伝わりやすい。また、一生懸命なのは分かるが、言っている内容がほとんど意味不明である。
「直ちに人体に影響を与えるものではない」、「可能な限り摂取しないように」。一体「直ちに」とはいつなのか。「可能な限り」とはどの程度なのか。受け取る側に判断の責任を押しつけるような言葉は国民を不安にさせるだけである。
ただただ、一日も早い収束を願うばかりである。

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2011年04月06日

「使用済み菅燃料」と官邸で嘲笑される総理大臣の不甲斐なさ

自民党の谷垣総裁は5日、菅首相の「大連立」について、「政策にすり合わせもないところでの連立はありえない。野党としての震災対応の協力をきっちりやる。」とのべて菅政権との大連立はできないとの立場を示した。
一方で、国家がこれほどの危機に直面しているのに、菅総理のリーダーシップは全く発揮されていない。最前線に立って指揮しなければならない首相は官邸の奥にひきこもったまま国民から姿を隠しているようにさえ思えてくる。その模様を、今週の週刊誌が「イラ菅」ぶりとして次のような記事を掲載していた。


首相官邸でメルトダウンが起こっていることは震災直後、いやずっと以前から指摘されていたが、危機のレベルは深刻化する一方のようだ。解決に向かう気配すら見せない原発事故に、菅直人首相のイラ菅ぶりはヒートアップの一途で、指揮官としての責務をまったく果たしていないからだ。
おかげで官邸内ではいま、こんなブラックジョークが語られている。
「誰彼なく怒鳴り散らす首相は"使用済み菅燃料"。なんの役にも立たないのに、無駄な熱と迷惑極まりない放射線をまき散らしている。士気は下がる一方で誰も近づかない」(内閣府中堅官僚)
水素爆発が起これば「爆発しないと言ったじゃないか」と喚き、放水作業がなかなか始まらないと「なにやってんだ!日が暮れちゃうじゃないか」と叫ぶ。
「原子力にはものすごく強い」(笹森清元連合会長に語った言葉)という自負がある首相の最近の口癖は、「そんなことを言うなら科学的根拠を示せ!」。報告に少しでも気に入らない点があると、二言目にはこの台詞を吐いてキレまくる。
「罵声を浴びせられたスタッフたちは、不謹慎ですが、自分たちのことを。"被曝者連盟"と呼んで慰め合っています」(官邸スタッフ)
最近のターゲットは細野豪志首相補佐官だ。首相の命令で東京電力本店の対策本部に詰め、東電の会見や見解などを首相に報告するのが細野氏の役目。ところが、首相は東電の説明をハナから信用しておらず、細野氏が東電情報を上げても、「お前は東電に取り込まれている。いつから東電の回し者になったんだ」と頭ごなしに否定される場面が何度もあったという。
「細野さんも『もう菅さんはイヤだ』と弱音を吐き始めた。馬淵(澄夫・前国交相)さんが新たに原発事故担当の首相補佐官に起用されましたが、あれは細野さんが首相に頼み込んで実現した人事です」(首相周辺)
民主党の国対幹部は、「最悪の時期に最悪の総理だ。だが、いま退陣を求めるのはタイミングが悪すぎる」と頭を抱える。
暴走する制御不能な物体は一刻も早く「廃炉」にするに限るのだが……。

この非常時に週刊誌にこんな記事を書かれるほど、官邸からは危機感が伝わってこない。いつになったら本気で取り組んでくれるのだろうかとさえ考えてします。

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2011年04月03日

「小ささを尊ぶ」からでなおそう

今日の読売新聞読書欄に評論家の片山杜秀さんが書いた『「小ささを尊ぶ」からでなおそう』という記事が掲載されている。(原文のまま)

幼い日『未来の世界』(1967年刊)を愛読した。小学館の学習科学図鑑の一冊。
原子力発電所の美しいイラストが載る。「エネルギー問題は永久に解決した」と記さている。農業も原子力時代迎えるという。放射線で作物の突然変異を促せば食糧は増産し放題と予言する。
大阪万博も迫っていた。テレビのCMは「大きいことはいいことだ」と叫んでいた。
ちょうどその頃、ちょうどその頃、ドイツ人の経済学者、シューマッハーは「小さいことがいいことだ」とつぶやいていた。『スモールイズビューティフル』(小島慶三、酒井懋訳)や『スモールイズビューティフル再論』(酒井訳)を遺した。
彼は言う。現代文明は規模の拡大ばかりを求めすぎる。大官僚組織や大企業や大工場こそ素晴らしいと信じている。しかしそれは大間違い。人間個々は所詮小さく弱いもの。ひとりひとりを大事に慈しむには、常にミクロの目が必要だ。人間社会の大前提だ。が、大組織はマクロの目しか持てない。構成人員が増えすぎ個々の比重が軽くなると、組織は人間性を裏切る。
生産量、利益、効率性、契約数等々。組織の成功を示す指標が上がればそれでいい。人間に襲いかかる危険も誤差の範囲内とか想定外とか言いだす。大きいことは悪なのだ。
シューマッハーはエネルギー問題に強かった。石油依存は長続きせぬと予想した。でも原子力という巨大技術にはシビアだった。「放射能を安全に処理する方法がないかぎり、核分裂エネルギーを大規模に発展させるのは、ほとんど自殺的である」。彼は太陽光の利用に期待していた。
彼が全部正しいとは思わない。しかし我々は希望ある未来を想像せずには生きられない。そのための考えるヒントが満載だ。小ささを尊ぶ。そこから出直せないか。

福島第一原子力発電から高濃度の放射能汚染水が海に直接流出しているニュースなどを見ていると、片山さんが言うように小ささを尊び、効率やスピードや利益を第一優先に考える方向から大きく転換する絶好のチャンスにすべきだと思う。
この高濃度の放射能汚染水が海に直接流出している件に関しても原子力安全委員会は、「放射性物質は海で拡散し、相当程度薄まる」として、健康への被害はない、と説明した。まやかしの安全基準であることはいうまでもない。「安全な被爆」なんてありえない。空気中に放出された放射性物質は雨となって全国各地に広まってゆくだろう。
米国のスリーマイル島より深刻な「レベル6」の水準だという。差し迫った危機を政府や関係機関は過小評価しすぎていると思う。早急にすべての原発の安全性を再確認しながら、将来にわたってはすべての原発を廃止する方向に転換すべきだと考える。

posted by tontonton at 13:00 | TrackBack(0) | 独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする