2010年09月30日

「赤とんぼ」がいない

赤とんぼ.jpgNHKラジオにラジオビタミンという番組がある。この番組は月曜から金曜日の午前8時30分から11時50分に放送されている。移動の関係で火曜日の10時半から1時間だけこの番組を良く聴いている。
11時の5分間のニュースの後、神埼ゆう子の「伝えたい歌 残したい歌」というコーナーがあり、これを楽しみにしている。
今週の火曜日28日に放送されたのが、作詞/三木露風 作曲/山田耕筰の「赤とんぼ」と、「ぎんぎん ぎらぎら 夕日が沈む」でおなじみの「夕日」の2曲だった。
曲を紹介するに当たって、神埼ゆう子さんとアナウンサーの村上信夫さんがこの歌にまつわるエピソードなどを軽快に語るのだが、二人とも何故今までこの歌が取り上げられてこなかったか不思議だと話していた。「伝えたい歌 残したい歌」の中でも筆頭に挙げても良いほどの歌である。この日は由紀さおりさんと安田祥子さんの歌声で紹介された。

ところで、近頃、赤とんぼをあまり見なくなった。少し涼しくなった初秋の澄んだ青空には群れをなして飛んでいた風景があったが、最近では数匹を見かけるのがやっとだ。何かの本で読んだのだが、近年は「田んぼの中干し」が行われるようになったそうだ。田植えから40日を少し過ぎたころに、地中のガスを抜くためという理由で、田んぼの水を抜いて乾かすようになった。そのため、トンボの幼虫は殆ど死んでしまうらしい。だから、今飛んでいる赤とんぼは、田んぼ以外の沼地などで孵化したトンボなのだろう。
稲作の方法が変化したことによってこれまで親しんできた日本の原風景が見られなくなったのは寂しい。



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2010年09月17日

言葉だけが踊った「ノーサイド」

菅直人首相は昨日、党執行部の新布陣を決めた。難航した幹事長には岡田克也外相を起用、玄葉光一郎政調会長は留任させ、国会対策委員長には鉢呂吉雄氏を充てた。
岡田さんも随分迷ったことだろう。岡田さんは菅総理の内閣がいつまで続くか不安視しているに違いない。ねじれ国会をうまく乗り切れないと菅内閣はすぐ行き詰ってしまう。総理が責任を問われるということは幹事長も同じ様に責任をとることになる。菅総理が行き詰まれば、岡田さんの次期総理の芽もなくなるということだ。昨日の記者団には「天命だろう」と言っていたが、その事も含めての意味かもしれない。

閣僚人事は外相に前原誠司国土交通相が横滑りし、総務大臣・片山善博、国土交通大臣・馬淵澄夫、経済財政担当大臣・海江田万里、国家公安委員会委員長・消費者・少子化担当大臣・岡崎トミ子、法務大臣に柳田参院幹事長、文部科学大臣に高木義明衆院議員、厚生労働大臣に細川律夫副大臣、経済産業大臣に大畠章宏衆院議員、そして環境大臣に松本龍衆院議員が決まった。
仙谷由人官房長官、野田佳彦財務相、蓮舫行刷相、北沢俊美防衛相、自見庄三郎郵政・金融担当相は続投になった。

7人の大臣が留任や横滑りしたほか、代表選で菅総理を支持した議員が初入閣するなど、「脱小沢」の姿勢をはっきり示した布陣である。小沢グループからの入閣はなかった。
挙党態勢の確立に前向きな姿勢を印象づける狙いから小沢、輿石両氏への代表代行を打診したが2人とも固辞した。代表代行を小沢さんが快く引き受けることがないことは初めから承知の上のことだろう。「脱小沢」路線をはっきり打ち出した論功行賞人事である。これで、菅総理は苦境に立たされることになるだろう。この二人に近い議員は多い。ねじれ国会の中で、与党内部でも大きな亀裂を作っては、国会運営は上手くゆくはずがない。
自分の好き嫌いや感情で持って人事を行わず、菅総理ももう少し大人にならなければならない。終わったらノーサイドとあれだけ言っておきながら、「脱小沢」を明確に打ち出した菅首相。
「脱小沢」路線で支持率を上げてきたことが菅総理に過信とも思える自信を持たせたのかもしれない。しかし、この間の菅総理の発言や行動は世論やマスコミに阿ねているように見えて仕方ない。感情を優先せず、地に着いた政権運営を期待したい。野党も手ぐすね引いて待ちかまえている。いつまで持ちこたえられるか?

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2010年09月13日

「小さいおうち」と「ちいさいおうち」

小さいおうpO2.jpg先月、中島京子さんの「小さいおうち」を読んだ。第143回直木賞受賞作品である。直木賞受賞が決まってすぐの時期だったので、いつも行く書店の良く目立つ書棚に置いてあった。この書籍が並んでいるところで一冊だけ「サイン本」と書かれてビニールで包装されたものがあった。それを購入する。開いてみると中島京子というサインと落款が押してある。

小さいおうpO1.jpgこの「小さいおうち」読もうと手に取ってみると、まだ読んでいないのに何処かで見たような気がする。その日の夜、孫や娘とスカイプをしていて、スカイプのカメラで娘に「小さいおうち」の本を見せると、「あっ!ちいさいおうちだ」という。大好きだった絵本だという。それで思いだした。娘がまだ5〜6歳の頃よく読んでやった絵本があった。翌日さっそく探してみると本棚の隅っこに「ちいさいおうち」の絵本が出てきた。娘が大好きだった絵本「ちびくろさんぼ」や「ひとまねこざる」も一緒にあった。

この「ちいさいおうち」はバージニア・リー・バートンの作品である。

小さいおうpO3.jpgむかしむかし、静かな田舎に、きれいなで丈夫な小さい家がありました。小さい家はのどかな田舎で移り行く季節を楽しんでいました。小さい家は遠くの街の明かりを見て「まちにすんだらどんな気持ちがするものだろう」と思いました。
ある日、馬の引っ張っていない車(自動車)が現れました。それからトラックだのローラー車だのがやってきて、家のまわりはすっかり街になってしまいました。どんどん開発が進み、両側に高層ビルが建ち...それでも小さい家はそこにありました。壁や屋根は昔のようにちゃんとしているのに、ボロボロになってしまいました。
ところがある春の朝に小さい家の前を通りかかった女の人が、小さい家を救います。

小さいおうpO4.jpg全ページを通じて、ずっと小さい家を中心にした構図で描かれており、小さい家の周りが変わっていく様子がとても印象的である。都会に生活する人なら、この小さい家の気持ちがとてもよくわかる。本当に大切なものは何なのか…そんなことを考えさせられる絵本です。「いなかは たいへん しずかでした」という最後の一文が胸の奥まで届く。最近の子供たちにぜひ読み聞かせたい絵本です。


中島京子さんの「小さいおうち」は、

昭和の初めの頃、東北の田舎から上京した少女、タキは中産階級家庭の女中になる。戦争戦争と激動の時代だったはずだ。でも、タキにとっては、優しい旦那様と、若くて奇麗な奥様と、小さくて可愛い坊ちゃんと一緒に暮らした、坂の上の赤い屋根の家で起きた毎日の小さな出来事の方が戦争よりも事件だった。戦時中の物語なので緊迫した状況を想像するけれど、若い女中さんにとって戦争は、あれこれ忙しい日常に溶け込んでしまったに違いない。
生涯独身で過ごし、今や米寿を越えたタキは一人暮らしのマンションでそんな思い出を少しずつノートに綴ってゆく。特に、妹のように可愛がってくれた8歳年上の奥様との思い出が目立つのは、タキが奥様に憧れていたからだ。
ある日、板倉さんという旦那様の同僚が赤い屋根の家を訪れる。そこから物語に不穏な影が現れる。板倉さんはこの赤い屋根のおうちを良く訪ね、外観や内部などのスケッチを丹念に描いてゆく。
そしてタキのノートは中途半端なところでプッツリと途切れてしまう。タキの寿命が尽きたのである。しかし、物語はここで終わらず、ノートの唯一の読者だった甥の息子の健史が物語を引き継いでゆく。タキが抱いていた後悔や秘めた想いが最終章で明らかにされてゆく。

後年、イタクラ・ショージ記念館が「赤い屋根の家」とそっくりに再現されます。その記念館には板倉青年の若い日の思い出が…。

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2010年09月09日

菌床きのこセンターの見学

昨日9月8日は農業塾OB会の「菌床きのこセンター視察研修」で島根県頓原に行った。
この研修会は7月14日に一度計画されていたが、大雨によって中止延期になっていた。そして昨日、続いていた猛暑で台風のことなど全く気にしていなかったが、この2日前ほどから台風9号が接其しているという。
予報の通りだと研修日は台風の真っただ中に突入する事になる。9月6日に研修会の責任者と「この研修会は呪われているのでは?」などと電話で話していた。
そんな心配も杞憂に終わり、台風は早めに通り過ぎて、当日の朝は少し青空も見えるほどの天候になっていた。

8時にJA広島市中筋支・を28名の参加者で出・、広島ICから三次ICを走り、赤名峠を超えて島根県頓原に向かう。
島根県に其づくにつれて空が灰色に変わり、霧雨も降り始めた10時頃に飯石森林組合頓原菌床きのこセンターに到着する。
研修旅行2101.9-1.jpg研修旅行2101.9-2.jpg椎茸の菌床栽培






到着して、案内して下さる現場責任者の課長さんが来られ、雨が降っているからとバスの中で詳しい説明を受けた。その後、きのこセンターの内部を見学する。
椎茸の菌床栽培は9m×17mの頑丈な硬質ビニールハウス状の建物で、天井も高く、内部は温度管理のための遮光ネットが張り巡らされていた。内部の温度は20度くらいで、ひんやりとしている。説明によると、室内の温度は10度で8時間保ち、その後は20度で4時間、これを繰り返し、一日のうちに四季を感じさせるようにするのだという。その様に温度管理されたこの建物の中には13,500個の菌床が置いてあり、朝夕2回収続するそうだ。
椎茸の菌床栽培は原木栽培に比べて、歯ごたえや香りが劣ると言われていたが、其年は改良されて原木栽培に其い椎茸が収続できるようになったということだ。

研修旅行2101.9-5.jpg研修旅行2101.9-6.jpg舞茸の菌床栽培






続いて舞茸の見学。この建物は椎茸栽培のものより、温度管理、湿度管理がより効率的に出来ていた。舞茸は頓原菌床きのこセンターが独自に開・した栽培方法だそうで、直方体の菌床をビニールで包み、45日から60日かけて収続するそうという。

研修旅行2101.9-4.jpg私もドッジボールほどの大きさに育った生の舞茸を買って帰り、昨夜さっそく食したが、歯ごたえも良く香りも濃く美味しいと思った。




研修旅行2101.9-7.jpg昼食は琴引ビレッジ山荘でのお弁当。この山荘にはお風呂もあり、入浴を楽しんだ者もいた。
帰りは三次ワイナリーに立ち寄る。それぞれワインやお土産を手にしていた。年一回の仲間たちとの研修旅行を楽しく過ごせた。

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2010年09月05日

広島カープ赤松選手の超美技記念プレート

赤松選手.jpg記念プレートを取り付ける赤松選手
読売新聞から拝借

広島カープの本拠地・マツダスタジアム(広島市南区)に4日、赤松真人選手(27)が8月4日の横浜戦で見せたファインプレーを記念した銅板プレート(縦約21センチ、横約30センチ)が設置された。自身の手で最後の取り付けをした赤松選手は「こんなに大騒ぎになるとは思わなかった。(プレーを)評価してくれたことは自信につながる」と話した。

試合では中堅を守っていた赤松選手が、高さ約1.8メートルのラバーフェンスを駆け上がり、見送れば本塁打だった打球を本塁側に背を向けながら好捕。米国内でも「スパイダーキャッチ」などと紹介され話題になった。

プレートは左翼席後方の通路壁面に設置。打球をつかんだ瞬間の写真が印刷されている。球場内の記念プレートは6枚目だが、これまでは選手の記録達成などで、一つのプレーを記念したのは、赤松選手が初めて。



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2010年09月03日

マスメディアの小沢批判キャンペーン

20年来小沢研究をしているある政治記者が小沢さんに「総理になる気はないのか」と聞いたら、「ならなければならない時にはなる」と言ったそうだ。今がまさにその時だと決断したのだろう。
小沢さんが今回出馬を決めたのは、この国がかつてない危機的状態に陥りつつある事を懸念したからだと考える。
新聞やテレビでは「追い込まれたから」とか、「幹事長ポストがもらえなかったから」とか報じられるなど、小沢さんに対する良くないイメージをつくり出しているが、小沢さんの今回の出馬はもっと大きなものへの挑戦のように思える。

新聞やテレビなどの報道機関は小沢さんを好印象で報じるメディアは殆どない。彼自身の行動や発言がそうさせている部分もあるが、小沢さんの悪いイメージはマスメディアが作り出した印象が強い。今回の代表選出馬についてもインターネット上では、小沢さんの出馬を好印象で受け取っている人が多い。

アンケートの取り方にしても、たとえばテレビ、新聞といった記者クラブメディアの世論調査の中には次のような聞き方をして答えを誘導すらするものもある。
「いま政治と金を巡る問題が焦点となっています。そうした中で民主党代表にふさわしいのは誰か」
これでは「小沢」と答える人はさすがに少ないだろう。
今焦点となっているのは、政治とカネの問題より、円高や株安で日本の経済が疲弊していることである。

小沢さんは以前から記者クラブを開放すると訴えてきた。民主党政権になって大いに期待されたが、既存の権力構造を保持したい官僚機構とマスメディアによってつぶされてしまった。
記者クラブの開放は、新聞・テレビが独占的に得てきた政府からの情報を奪い、官僚のコントロールを不能にするという大きな意味がある。だから、官僚組織と記者クラブメディアが一体となった「官報複合体」の解体を一番恐れている。それゆえ、代表選が行われている今、既得権益を守るため大々的な小沢批判キャンペーンを繰り広げると考えられる。それは、すでにかなり以前から始まっているが…。

先日、読売新聞(8月30日)の世論調査が掲載されていた。その問い方とアンケートの回答に驚いた。

9月に行われる民主党の代表選挙には、菅首相と小沢一郎前幹事長が立候補する予定です。選挙で選ばれた代表は首相になりますが、あなたは、菅首相と小沢氏のどちらが代表にふさわしいと思いますか。
・菅首相 67
・小沢氏 14
・答えない 19
【前間で「菅首相」と答えた人だけ】に菅首相がふさわしいと思う理由を、次に読みあげる4つの中から、1つだけ選んで下さい。
・指導力があるから 1
・政策に期待できるから 4
・小沢氏と距離を置いているから 27
・首相が短期間で代わるのは良くないから 65
【前間で「小沢氏」と答えた人だけ】に小沢氏がふさわしいと思う理由を、次に読みあげる4つの中から、1つだけ選んで下さい。
・指導力があるから 40
・政策に期待できるから 15
・政治経験が豊かだから 29
・政権が安定しそうだから 12

民主党の代表には菅さんがふさわしいと答えた人が65%だが、その理由の殆どが、「首相が短期間で代わるのは良くないから」という消極的な賛成である。指導力があるは僅かに1%しかない。首相が短期間で代わるのはみっともないから菅さんが良い、という発想の貧困さには驚くしかない。
一方で、小沢さんがふさわしいと答えた人は、指導力があるからが40%、政策に期待できるからが15%、政治経験が豊かだからが29%、政権が安定しそうだからが12%と内容では小沢さんが圧倒している。
確かに小沢さんは「政治とカネ」の問題はある。だが、危機的状態の日本の現状を考えると、強いリーダーシップを発揮できる首相でなくてはこの難局は乗り越えられない。剛腕といわれるほどの人物でないと難しい。菅さんは確かにクリーンで発信力もあり、ディベードにも優れているが、ここ一番の胆力がない。
小沢さんは好きか嫌いかと訊ねられれば、「嫌い」と答えるだろう。しかし、この難局を乗り越えられるのは小沢さんしかいないうに思うが…。

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2010年09月01日

男の料理教室―「とうがんのすり流し汁」と「酢豚」

夏野菜なのに何故「冬瓜(とうがん)」
今日の料理教室は「とうがんのすり流し汁」と「酢豚」。とうがんは夏野菜であるが、他の夏野菜に比べると何だか隅っこに追いやられているように感じる。冬瓜はその90%以上が水分だそうで、昔からむくみをとったり、熱を下げる効果があると言われているが、あまり好まれて食べられているようには思えない。地方によって、かなり違うのかも知れないが…。

ところで、夏野菜なのに何故「冬の瓜」と書くのだろうと不思議に思っていた。今日のように自分たちで料理する材料として使わなければ、この疑問もそのままになっていただろうが、今日はネットで調べて見た。次のように書かれていた。
『冬瓜の皮は、丈夫できめが細かいため水分を失いにくいことから、収穫してから常温で2、3ヶ月は品質を落とさず保存できる非常に珍しい野菜だそうで、つまり、“冬までもつ瓜”だから、冬瓜と名付けられた。』と書いてあった。納得できるような出来ないような…。

料理教コ9.1-3.jpg料理教コ9.1-2.jpg






我が家でも冬瓜料理は結構食べるが、冬瓜をすりおろして食べたことはない。
冬瓜のわたをとって皮をむき、すりおろし、だし汁を温めた中にそれを入れ静かに煮立てる。調味料で味を調え、むきえびを入れ、三つ葉を添えてできあがり。簡単でとてもあっさりしていて、暑いときの食欲を増進させる一品だと思った。
酢豚は最近では手軽なレトルト食品を使って作る場合が多いが、今日は一から作っていった。

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