2010年08月30日

新幹線から見る夏の富士山

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久しぶりに見る富士山。夏の富士山には雲が湧くというが、昨日の富士山はまさにその通りだった。昨日はそれほど雲もなく快晴だったので期待していたが、写真のように富士山の周りだけが暑さをしのぐかのように真白い雲の帽子を被っていた。
新幹線では富士山が見えるのは僅か3分だけである。もう忘れてしまったが、むかし、東海道本線で東京に行った時には、随分長い時間富士山が見えていたような気がする。昭和30年代の半ばのことだが、あの当時は富士山を遮る高い建物も少なく、広大な富士のすそ野が緩やかに伸びている様に富士山の雄大さを感じたものだった。その富士山をゆっくり眺めていた遠い昔を思い出していた。

お昼前に品川駅に着く。、予約しておいた品川のホテルの和食の店の庭園の見える個室で、長男の婚約者のご両親と顔合わせ食事会をした。お二人とも秋田県のご出身で、お母様は物静かな方だったが時々優しい秋田弁でお話しになる。婚約者から寡黙だと聞いていたお父様は3時間あまりの間とても饒舌だった。

秋田に関する知識は全くといってよいほどなかった。寒くて長い冬、一瞬のうちに通り過ぎてしまう短い夏に象徴されるような東北の日本海側。そこで暮らす寡黙で朴訥な人々。人々の表情は陰影には富んでいるものの、どこか暗くて沈鬱。私たち温暖な地方に住む者が、いわゆる東北裏日本に対して抱くイメージの最大公約数である。
ところが、長男の婚約者と初めて会ったときに、このイメージは一気に吹き飛んだ。「秋田美人」という言葉はこれまで多く耳にしてきたが、まさにその通り。明るくて聡明でもある。秋田の女性は気が強いと言われているが、婚約者は優しくて思いやりがあるように思う。新しい家族ができることを心から喜んでいる。

帰りの新幹線では赤富士を思い浮かべながら期待したが、灰色の雲につつまれた富士山は、その頂上の黒い陰影が薄っすらほんの僅かに見えただけだった。

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2010年08月26日

初めての「大活字本」

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今月の読書はその多くを図書館を利用した。図書館を利用する場合は殆どが小説ばかりになる。
図書館のホームページから予約する場合も、直接図書館に行って探す場合も、やはり、好きな作家の本になってしまう。
今月借りた本は10冊だったが、作家は4人だけ。今野敏が4冊、幸田真音が3冊、藤沢周平が3冊と藤原伊織が1冊だった。

老眼が少し進んだので「大活字本」を借りて見た。藤沢周平の「本所しぐれ町物語」(上下巻)である。おそらく文庫本にしたら250頁ほどだろうが、この大活字は単行本より一回り大きい上に、上下巻約500頁の本になっている。文字が大きく、行間がとても広い。
老眼の者にとっては読み易いだろうと借りてみたが、この本は目に障害がある方のために作られている本なのだろう、少しくらいの老眼の者にとってはかえって読みづらい。
奥付を見ると限定部数500部になっていて、定価も上下巻で6000円プラス税になっている。2004年に発行されているが、まだ新しい。あまり利用されていないのだ。

幸田真音さんの小説は久しぶりに読んだ。ヘッジファンド、日本国債、凛冽の宙、などわくわくして読んだものだが、これらの小説は書き下ろしだった。今回読んだ3冊はいずれも連載物に修正を加えて単行本にしたもので、連載で読ませるテクニックは盛りだくさんだが、以前の様なシャープさには欠けている。
今回読んだ中の一冊「CC:カーボンコピー」は読売新聞のWebページ「Yorimo」に連載されたものである。連載当初、読もうと毎日クリックしていたが、多忙になって数回見逃し、遠ざかってしまった。見逃した期待もあったが幸田真音さんらしい小説だとは思わなかった。最近はラジオ番組や取材・講演などが多いとのことだが、幸田真音さんには、ぜひ、本格的な小説を書いてもらいたい。

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2010年08月22日

今野敏という作家

今野敏の作品に出合ったのはそんなに古くないが、先月と今月の2か月だけで今野敏の小説を6冊読んでいる。
今野敏が作家としての第一歩を踏み出したのは、今から30年以上も前の1978年。『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説の新人賞を受賞したときである。それ以来ほとんど休むことなく書き続け、今では作品数も150作を超えているという。
しかし、爆発的に売れることもなく、大きな賞を獲るわけでもなく、ほとんどの著書が初版どまりで、経済的には全く先の見えない状態が続いていたと、どなたかの解説文の中に書かれていたのを思い出す。
今野敏の作品の中で最初に手にした本は、『隠蔽捜査』だった。3〜4年も前のことで、吉川英治文学新人賞を受賞した作品でもある。この時驚いたのは、吉川英治文学新人賞を受賞した時には50歳を超えていたということであった。
それから彼の作品を読み始めた。これまでにで2008年に山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞した『果断 隠蔽捜査2』など数十冊を読んできたが、まだ三分の一にも届いていない。
毎年数多くの新人が賞を獲るなどしてデビューしているが、その後がなかなか続かない作家が多い。そんな中で、30年以上にわたって書き続けるということは並大抵でのことではない。今野敏の作品を読んでいて「これはあまり…?」と思える作品にも出会ってきたが、いまや今野ファンの一人と自称している。
デビューからしばらくはSFや伝奇、拳法アクションが多かったようで、今野敏の代名詞とも言われるようになった<警察小説>は1990年の少し前くらいからだ。いろんなジャンルの小説を書き続けている作品群を、子細に、注意深く読みこんでゆくと、そこにはいつも環境保護の問題であるとか、少年犯罪の現況、人と人との結びつき、心の絆といったテーマをさりげなく忍び込ませていることに気づく。
この作者は、一般庶民には縁遠いような事件を描きながら、実はこれこそが現実なんだと思わせる奇跡の様な物語を実現させている。登場人物に生活臭を感じさせないのも好きだ。
時代の流れの皮肉か、発表時に見向きもされなかった作品が、現在では高い評価を受け人気になっている。

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2010年08月18日

芥川賞受賞作「乙女の密告」を読んで

第143回芥川賞受賞作、赤染晶子の「乙女の密告」を読んだ。
月刊誌文藝春秋には芥川賞受賞選考委員の選評が掲載されている。選考委員は池澤夏樹、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、黒井千次、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、山田詠美の9氏である。候補作は5作品だったが、いずれの選考委員も赤染晶子の「乙女の密告」の選評を長々と書いている。受賞作だから当たり前と言えばそれまでだが、これまでは一つの作品に対してこれほど長い選評を見ていない。小川洋子さんなどは2頁近くを割いている。黒井千次さん、池澤夏樹さんの選評も「乙女の密告」が大部分を占めていた。石原慎太郎さんは毎度のことながら、受賞作を褒めたためしがない。多くの選考委員が当選作に高い評価をしているのに対して、石原慎太郎さんは「日本の現代文学の衰退を象徴する作品の一つとしか思えない」と酷評している。

風変わりなドイツ人教授から「乙女」と呼ばれる京都の外国語大学の女学生たちの物語。『アンネの日記』を教材にドイツ語を学び、きたるスピーチコンテストに向け「1994年4月9日」の暗誦の特訓に励んでいる。少女の頃から『アンネの日記』に親しみ、アンネを密告したのは誰なのかということを知りたいと思い続けていたみか子は、スピーチの最中、いつもおなじ所でつまってしまう。肝心な箇所をまるで記憶喪失のように忘れてしまうのだ。「みか子がいつも忘れる言葉はアンネ・フランクを二つに引き裂く言葉です。アンネの自己に重くのしかかる言葉です」。と『アンネの日記』をロマンティックに語ることを決して許さない教授は言う。
ある日、研究室から話し声が聞こえてきたことがきっかけで教授と学生のあいだに密会のうわさ噂が流れ、疑われたら最後、潔癖でなければならない「乙女」を追放されてしまう状況のなか、真相を確かめるべく研究室に出向いたみか子もやがて密告におののく立場に追いやられてしまう。
隅々まで綿密に張りめぐらされた対比によって、安穏な現代日本の日常と、ナチス占領下オランダの非日常のあまりにかけ離れたふたつの物語が重なり始める。やがて三人称で語られていた世界に突如あらわれる、名前をもたない「わたし」の語りによってふたつの極は束ねられ、物語は時代を越えて問いつづけられてきた「自己とは何か」という巨大な問いとなる。
密告したのは誰か。そして密告されたのは誰なのか。終盤、これまでのように滞ることなく宣誓にも似たスピーチを終え、密告者の正体を知ってしまったみか子は…。

この話は「アンネの日記」を読んでいない私の様な読者にも分かるように仕上げてある。精緻な構造と挑戦に満ちた問題作であるには違いないが、今の時代に何故このテーマなのか、芥川賞は我々凡人にはなかなか感動を与えてくれない。

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2010年08月16日

阿川弘之さん、文藝春秋の巻頭の随筆-擱筆の記

月刊誌文藝春秋の巻頭は毎回10人ほどの著名人の随筆で始まる。毎号決まっているのは、常任筆者の作家・阿川弘之さんの「葦の髄から」と塩野七生さんの「日本人へ」のお二人である。毎号変わる8人の随筆も楽しみが多い。
余談だが、塩野七生さんの「日本人へ」は、「リーダー編」と「国家と歴史編」の2冊の新書として発刊され人気を得ている。

阿川弘之さんと言えば、時代に媚びることのない正確で淡い情感を呈する文体や表現に定評があり、しばしば国語教育の教材などに取り上げられるほどの作家である。また、短気で頑固で究極の自分本位とも思える一面も持ち、ユーモアが横溢し、軽妙洒脱で洒落のわかる粋人としても読者層に知られている。「瞬間湯沸かし器」という綽名も有名である。
そんな阿川弘之さんだが、最近の巻頭の随筆は精彩を欠くものが多く、気になっていた。先月号(8月号)は「老残の身」と題しての随筆であった。その最後には、「あの巻頭の随筆欄なぞ、世間と没交渉な自分が如き老人の、もはや出る幕ではあるまい。一度編集のスタッフたちともよく話し合ってみなくてはならぬ」で結ばれていた。

そして今号(9月号)の161回目の巻頭の随筆は「擱筆の記」になっていた。つまり、この号を持って筆を置くことになるのである。161回は13年余りだ。最終回には、執筆開始当初の思い出などが書かれていた。
司馬遼太郎さん急逝され「この国のかたち」と題する連載随筆が突然終わってしまい、以降一年間は月々違う人の文章がこの欄を埋めていたのだそうだが、一人の人に固定したいと、当時の編集長とデスクから懇願され、即座に辞退したそうだが、次は社長を伴って執筆依頼に来たという。
あれこれ考えた挙句、「半年くらいの短期連載だったらできるかもしれません。それでご勘弁願えるでしょうか」
「三回分ができているんですか。だったらもう大丈夫。あとは30回でも50回でも書けますよ」
「ちょっと待って下さいよ。一体いつまでやらせるお積りなのか」
「『蓋棺録』までです」(『蓋棺録(がいかんろく)』とは、最近亡くなった人物の追悼記事を収録する巻末の月例コラムである)
つまり、「死ぬまでやれ」と託されたのである。

司馬遼太郎さんのあとを継いで常任筆者となった阿川弘之さん。13年余りにわたる巻頭の随筆、ありがとうございました。長い間お疲れさまでした。まもなく卆寿を迎える阿川さん、いつまでもお元気で…。

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2010年08月11日

男の料理教室-ネバネバどんぶり

料理教コ8-1.jpg今日は16回目の男の料理教室。2名の欠席があり先生を含めて総勢19名だった。
今日の献立は「豚の角煮」「ネバネバどんぶり」「たたきキュウリのにんにく醤油漬け」の3品。
「ネバネバどんぶり」は初めて食べたが、簡単な割には美味しいと思った。
オクラを塩でもんでさっと熱湯に通し、水にとった後、水けをきり、小口切りにする。ヤマイモは皮をむいて酢水につけ、5o角に切る。キュウリ、ナスも同様に5o角に切る。これに、ミョウガと青じそが加わる。ナス、ミョウガ、青じそは食べる直前まで水に浸してアク抜きをしておく。
食べるときにすべてを混ぜ合わせ、あたたかいご飯にのせ、醤油をかけていただく。今日はHさんが提供してくださったきざんだ花オクラの黄色が彩りを添えた。

ネバネバ食品について興味を持ち、調べてみると次のようなことが紹介されていた。
オクラやヤマイモなどのネバネバ食品は、健康増進に役立つ。ムチン、アルギン酸、コンドロイチン硫酸などが含まれていて、消化器や呼吸器の粘膜を保護し、関節や軟骨も保護するという。特に、コンドロイチン硫酸は高齢になると体内で作られにくくなるそうで、私たち熟年世代にとってはとても必要な食品だろう。また、肉や魚などのたんぱく質の消化吸収を助け、消化不良も防ぐという。
ネバネバ食品には、この他にもサトイモ、モロヘイヤ、アシタバ、ツルムラサキやコンブ、ワカメ、メカブの海藻類となめこや納豆もあった。
これまでは食材に興味を持つことなどあまりなかったが、料理教室に参加して、考えや感じ方も違ってきた。

「豚の角煮」「たたきキュウリのにんにく醤油漬け」も美味しかった。「たたきキュウリのにんにく醤油漬け」はたくさん作ったので各自のお土産になった。次回はとうがん料理と酢豚だ。これも待ち遠しい。
帰りに仲間のAさんからたくさんの大粒のブルーベリーを頂いた。今年は我が家のブルーベリーが不作だったので嬉しい。冷やして今夜いただこう。

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2010年08月08日

夏祭り

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昨夜は毎年恒例になっている夏祭に出かけて見た。自治会連合会で取り組む最も大きなイベントの一つである。昨年は自治会の役員をしていたため、当事者として朝からこの祭りの準備に取り掛かったが、今年はのんびり見物する方に回った。
開会の花火が打ちあがったのが6時半頃、夕食を済ませて7時半過ぎ頃から出かけて行った。
恒例のカラオケ大会も始まっていた。若い人たちもたくさん集まり盛大な祭りになっていた。小さな子どもたちは夜店の周りに群がっている。夜店も毎年同じような構成だが、今年は「金魚すくい」がない。こんなに暑い毎日だから金魚も移動の途中などで死んでしまうのかもしれない。
ひと際人だかりの多い夜店を覗いてみると「ボールすくい」をやっていた。金魚すくいに代わるものなのだろう。
前日の夜、雷とともにかなりの降雨はあったが、それでもこの運動公園の散水としては十分ではなく土埃が舞っていた。


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2010年08月04日

ケン・オーレッタの「グーグル秘録‐完全なる破壊」を読んで

恐るべき「検索エンジン」の正体
最近、グーグルに関する書籍を3冊読んだが、この「グーグル秘録‐完全なる破壊」を読んで、改めてグーグルの恐ろしさを知らされた。書籍の帯封には「最強にして最も危険」の文字が目を引く。
ケン・オーレッタによれば、グーグルはもはや単なる検索エンジンではない。グーグルがすべての産業の基盤を、そして国家すらも揺るがしているだという。
昨年11月米国で発売されるや、またたくまにニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りし、一流各紙誌がこぞって論評した書籍である。
本書がそれほどの関心をもって受け入れられた大きな理由は、この本が、グーグルによってその基盤を根底からるされている既存の産業の側からも徹底的に取材をし、壊す側(グーグル)のみならず、壊される側からの本音も引き出しているからである。
影響を受けている業界の範囲は広い。テレビ、新聞、広告、出版、音楽産業、電話会社、不動産業、ハードコンピュータメーカー、携帯電話会社にいたるまで。その多くは、広告収入の激減あるは、グーグルが無料で参入してきたために、料金をとること自体が難しくなるなど、これまでのビジネスモデルが、成り立たなくなっている。
日本では70年代に製造業が、90年代に金融業が経験したこうした破壊的変化を、今まさにメディア産業が経験しているわけだが、「なぜ変化に対応できないのか」というこの本が発する問いは、日本人一人ひとりにとっても、現実味をもって突き刺さってくる。

広告の概念を変える

グーグルは広告主に〈アドワース〉と呼ばれるプログラムを提供している。これは広告出稿を検討している広告主が入札によって、特定のキーワードに対応する検索結果の横に表示される、小さなテキスト(文字)広告スペースを確保する仕組みだ。
たとえばナイキとアディダスは、「スニーカー」または「バスケットボール」といったキーワードに対する検索結果の横の広告スペースを競り合うかもしれない。広告のための入札はすべてオンラインで自動的に処理されている。最も高い値段をつけた入札者が、検索結果の右隣に表示される灰色の広告枠の一番上を手に入れる。最大十番目までの入札者が、その下に連なる位置を与えられる。キーワードごとの最低入札価格はグーグルが設定する。
二つ目の広告プログラム〈アドセンス〉では、グーグルは広告主をウェブ上の好ましい広告スペースと結びつける仲人の役割を果たす。たとえばインテルがテクノロジー関連のプログに広告を載せたいと考えた場合、またはロンドンのホテルが旅行サイトで名前を売りたいと考えた場合、グーグルはアドワーズと似たような自動システムを通じて、両者にふさわしい相手を見つける。
二つの入札システムでは営業マンも、交渉も、コネも必要ない。伝統的なメディアが一世紀以上にわたって販売してきた広告は、新聞の推定購読者数もしくはテレビ番組の推定視聴者数にもとづいて料金が決まっていたが、グーグルのシステム(コスト・パー・クリック、CPC)は、ユーザーが実際に広告をクリックした場合だけ広告主に課金することを保証している。

もっとも深刻な打撃をうけたのは、一般の新聞社。

広告は、アドワーズ、アドセンスなどのきめ細かなターゲティングができるグーグルを代表とするインターネット空間に逃げていった。新聞社もウェブ版を始めたりしたが、頭が痛いことに、ウェブでは広告の単価は十分の一に切り下がってしまうのだった。
さらに、グーグルには、各社がウェブで展開しているニュースを並列して表示できるアグリゲータi(集約者)としての機能があった。
だから、まずグーグル・ニュースをみれば、全ての新聞社のニュースがユーザーにとっては並列にみることができたのである。
一般の新聞社は、グーグルが情報の対価も払わずに、こうした集約…機能をもって広告費を稼いでいると抗議した。グーグル側は、結果的にそれぞれの新聞社のアクセス量を増やすことになるのだから、いいだろうという態度だった。
新聞の告知欄の広告収入は2005年の約180億ドルから、2008年には約90億ドルまで急減した。
新聞は従来、米国全体で2000億ドル弱とされる広告費の四分の一近くを占めてきたが、2007年までにシェアは20%以下に急落、15%以下になる日も近いと予測されるようになった。
ニューヨーク・タイムズ社主のアーサー・ザルツバーガー・ジュニアは、2005年のダボス会議のメディア関連の講演会で、グーグルのシュミットを面前にして、「グーグルはニューヨーク・タイムズから売り上げや広告主盗んでいる」と攻撃したほどである。

検索のたびに何かを与えている

また、中国やイランなどの専制国家がグーグルをなぜ恐れるのか、なぜここ数年、グーグルに人材流出が起こっているかなどの問題にも触れている。
さらに、90年代のマイクロソフトと現在のグーグルについての、ハーバード大法学部のローレンス・レッシグによる興味深い比較がある。
「グーグルは遅かれ早かれ、かつてのマイクロソフトをしのぐ力を手に入れるだろう。なぜならグーグルの影響力は、OSというネットワークを構成する一つの階層にとどまらないからだ」。マイクロソフトの力の源泉は強力なOSだ。それをテコに、OS上で動く様々なアプリケーションソフトを支配したのだ。だからこそOSを脅かすようなネットスケープ社のブラウザ(閲覧ソフト)を駆逐するために独自ブラウザを無料で配ったり、OSに依存しないアプリケーションの開発をうながすJAVA(プログラミング言語)を攻撃したのだ。
一方、グーグルの力の源泉は違う、とレッシグは語る。「グーグルは驚異的なシステムを開発してデータを蓄積しており、そのデータには独自の"ネットワーク効果"がある」。つまり、より多くの人がシステムを利用するほど、より多くのデータが集まり、ひいてはより多くの広告主が集まるというわけだ。
「すべてが検索という階層を起点に、積み重なっていく。我々は検索をするたびに、グーグルに何かを与えている。我々が検索結果を選ぶたびに、、グーグルは何かを学習し、一つ一つの検索がグーグルのデータベースの価値を高めているのだ。これほど豊かなデータベースの上に成り立つ広告モデルが負けるはずがない。
政策的見地から言えば、人間生活のあらゆる面を網羅するこうしたデータは、危険性が高いだろう。データベースはプライバシーや企業間競争、商取引やコンテンツへのアクセスといったものを、すべて支配するのだ。OSは必ずしもユーザーが入手するコンテンツをコントロールするものではないため、危険性はまったく異なる」
レッシグはこう結論づける。「善良な人々が自らを欺くというのは、よくある話だ。自分が正しいと思うあまりに、まわりが見えなくなってしまうのだ。90年代のマイクロソフトがそうだった。今日のグーグルも同じ気がする。自分たちは"絶対"だと思っているのではないだろうか」と。

ググられる世界

「グーグルは邪悪ではない」という信頼に支えれれて急成長したか企業である。グーグルが悪事を働いた証拠はなさそうだ。これまでのところはグーグルは"良い子"でいる。しかし、疑問も生じる。どうしてグーグルは今後もずっと良い子であり続けるなどと思えるのか。
かつてのマイクロソフトのように権力に溺れ、同じような人間的過ちを犯すのではないかという心配は付きまとう。
創業者の一人ラリー・ペイジの「検索の方法を究めれば、どんな質問にも答えれれるようになる。それは基本的には何でもできるようになるってことなんだ」。この一言はとても怖い。
グーグルとネットの波は何処に向かうのか、いつピークに達するのか。それは、誰にもわからない。
知識や顧客を独占しようとしている、プライバシーを侵害している、こういった疑惑が社会に生まれでもしたら、グーグルの立場は弱くなる。
その時、グーグルが慢心していれば、危うい。

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