2009年08月30日

江戸川乱歩賞受賞作「プリズン・トリック」を読んで

第55回 江戸川乱歩賞受賞作 遠藤武文の「プリズン・トリック」を読んだ。
著者は、早稲田大学を卒業の後、広告代理店、郷土史出版社を経て、「小説に比べて枚数も少ないし、会話だけでいいから…」と、10年ほど前からシナリオを書き始めたが、なかなか芽は出なかった。そして今回、初めて書いた小説「プリズン・トリック」で2009年度第55回江戸川乱歩賞を受賞した。現在は損害保険会社勤務しているという。

交通刑務所内の生活など、我々には知るすべもないが、それを詳しく教えてくれる。犯人側の視点で書かれているので、臨場感もあり、この話がどう収斂されてゆくのか興味を引かれた。ただその後、視点がどんどん移って、これぞと目をつけた人物が殺されたりするなど、一体誰が主人公なのか分からなくなってくる。中盤は不合理や無理があったり、傷や穴もあるが、描写のサプライ感や少し強引ではあるがトリックの造り込みには魅了される。
冒頭の叙述が魅力的で、刑務所内の密室殺人のアイデアの発想が面白い。交通刑務所での服役はそれほど長くない。出所を待って殺人を実行する方が容易なはずなのに、何故、あえて交通刑務所内で殺人が行われたのか。誰も侵入することのできない密室で、しかも交通刑務所内には存在しない薬物で実行された殺人事件はどのようにして…誰が…。

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2009年08月24日

郵政民営化を考え直す機会

民営化後に郵便局の客数が減少

都会ではそれほど感じられないが、郵便局は田舎に行くほどその地域の人たちと強く結びついて暮らしを支えていることが分かる。郵政民営化によりこれまで行ってきたサービスができなくなった地域が多く、過疎地の高齢者がとても困っている。昨日の新聞に郵政民営化後に郵便局の客数が減ったという記事が掲載されていた。
全国郵便局長会のアンケートによると、2007年10月の郵政民営化前より客数が減ったと感じる郵便局長が回答者の8割弱に達した。全国郵便局長会では、民営・分社化で郵便局員の業務が複雑になり、待ち時間が長くなったことなどが敬遠されたとみている。
2回目のアンケートだが前回よりも「減った」と答えた割合は18ポイント増えた。
郵便局の将来については、「合理化が進み、サービスと営業力が低下するのではないか」との答えが78.8%、「完全民営化されると地方の郵便局が廃局されるのではないか」が74.8%あったという。
事務を複雑化し、サービスが低下したことを現場の郵便局長や局員が実感しているこの実態はこのまま放置すべきではない。

この後に来るもっと恐ろしいこと

日本の国会が決めたことだが、郵政民営化は、日本人がおこなったことではないと思わなければいけない。それは、ウォール街をバックにしたアメリカ政府が日本政府に対して強く要求して実施されたものである。"日本に眠っている郵貯"という巨大な金融資産を市場に吐き出させ、アメリカのウォール街が自在に使えるようにするため、思慮のない小泉内閣をたぶらかしておこなわれた民営化政策であることは、アメリカでは初めから常識だった。
広瀬隆氏は、「日本のゆくえアジアのゆくえ」の中で次のように書いている。
「こわいのは、郵便貯金の市場放出を狙っている外国人投資家である。それをそっくりいただくまで、彼らが忍耐強く日本政府をなだめすかしている動きに、今こそ国民は最大の注意を払う必要がある。外国人投資家は、日本から金を盗み出し、それを持ち帰って、自分の顧客に利回りを保証することがビジネスなのである」、「日本人は、内輪で喧嘩をしている場合ではない」と。

しかし、日本人は郵政民営化になだれこんでしまった。2007年10月1日に発足した日本郵政グループは、3社を傘下に持ち、発足時に、全国2万4000の郵便局を運営する「日本郵便」と、資産222兆円の郵便貯金を運営する「ゆうちょ銀行」と、資産112兆円の保険・簡易保険を運営する「かんぼ生命」になった。
金融自由化のなかで、この合計334兆円の資産を狙ったのが、ウォール街だ。これはちょうど、東証から吹き飛んだ時価総額と同じ規模の金額だある。いま喉から手が出るほどアメリカ財務省が欲しがっている規模の金額でもある。
日本郵政グループの資産運用は、現在は主に日本国債などで運用され、そこに問題はあるにしても、国内での投資である。それに、日本郵政グループは、日本政府の100%出資会社だから一応、安心できる。
ところが現在の郵政民営化計画では、2010年までに「ゆうちょ銀行」と「かんぽ生命」の株式が上場される日が、目の前に迫ってきている。さらに2017年までに、この両社の株式が完全売却される計画なのである。大変なことが起こってしまう。この上場株の買い手には、当然のことながら、外国人投資家が押しかける。
日本の株式市場において外国人投資家が保有する株式の比率は、すでに2006年に30%近くまで達しているほどである。売買額より、この保有率のほうがこわい数字だ。2007年度末(つまりサブプライム・ローン崩壊が顕著になった2008年3月末まで)には、外国人投資家が売り越し続きのため、保有額は大きく減った。
しかし、もはや外国人投資家にはそれほど資金がないということではない。保有率はわずかしか下がっていないし、彼らは現在、潜伏しているだけである。これらの金融泥棒は日本が不景気の時にはおこなわれないが、日本の景気が非常によい時を狙って、日本人の投資資金が市場にあふれ出したチャンスに、ごっそり持って行くという作業を見事に遂行するのが、これまでの国際金融マフィアの行動原則だ。
これは日本ばかりでなく、アジア各国や新興国BRICsでも、まったく同じ手口でやられてきた。
麻生首相は、「この大不況で株価が落ちている時期に郵政の株を上場するなんてことはできない」と言ったが、そういう低レベルの問題ではない。逆に、日本の株価が上向いた時こそ、最も危ない時期なのである。
郵政グループの株を握った外国人投資家のハゲタカは、傲慢な投資家としての発言権をもって、経営に口を挟む。「全国にある効率の悪い郵便局の削減」を強く求めるから、地方でどんどん減少に向かう過疎地の郵便局がますます消えさせられる運命になる。さらに、アメリカ経済立て直しのための最大の処方箋である運用投資先として、日本国債から米国債への切り換えが求められれば、最悪の事態を招く。
このようにして、日本人の庶民の金「郵貯」が、ホワイトハウスやウォール街などに投資されれば、これは、振り込め詐欺とまったく同じなのである。アメリカ財務省が、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレー幹部の巣窟であった事実を思い出せば容易に想像できる。
ワシントンやニューヨークのATMで現金を引き出すハゲタカに盗まれる前に、郵政民営化は、一刻も早く白紙に戻す必要がある。郵政民営化が、ウォール街の手の中で踊らされてきた「振り込め詐欺」の大がかりなものであることに、日本人は早く気づかなければならない。そして、政治家は素早い解決策を打たなければならない喫緊の課題である。

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2009年08月21日

トロロアオイの花が彩りを添える―男の料理教室

8-19料理教コー2.jpg一昨日は4回目となる「男の料理教室」の開催日だった。
この日の料理は「オクラの肉巻き焼き」「ゴーヤとトマトのピリ辛卵炒め」「枝豆のスープ」「枝豆ご飯」の4品である。
オクラは広島市北部の小河原の特産品「小河原オクラ」を使用した。白木農園のOさんが7人の仲間たちと小河原地区で栽培を続けているオクラのブランド品である。色は明るいグリーンで、大きくても柔らかい。

先日、ブログ<白木農園だより>に掲載された記事を読んで、オクラと花オクラに対して俄然興味を持ち始めたタイミングでもあった。
そのブログの記事によるとオクラのネバネバの正体はムチンやペクチンという成分だそうだ。ムチンは糖類とたんぱく質が結合したもので、胃壁を保護したり、粘膜についた傷を修復したりする作用が期待できる。つまり胃壁を守ってくれる。さらに、たんぱく質分解酵素が含まれていて、肉や魚などのたんぱく質を消化しやすくする働きもある。ペクチンは水に溶ける性質の食餅繊維で、大腸の働きをよくして便秘を防いだり、体内に吸収されるコレステロールや糖分の量を減らしたりする。と紹介されていた。
また、この記事を投稿したHさんが食用の花オクラ(トロロアオイ)を栽培していて、今が最盛期で産直市場に出荷していることも記載されていた。
その記事に書き込まれたコメントを読んで感動した。
コメント:「朝7時頃に花が開くはずです。花が開く前に収穫してラップに包み冷蔵し、夕食前に食卓に置けば目の前でゆっくりと開花します。」
トロロアオイの大輪の花が夕食の食卓でゆっくりと開く様子を想像するだけで、もう、嬉しくなっていた。

そして、この日はオクラ料理にトロロアオイの花が彩りを添えてくれた。目の前でゆっくりと開花するところまでにはならなかったが、袋から取り出したトロロアオイは柔らかい花びらをふわっと広げた。
「枝豆のスープ」「枝豆ご飯」を作るに当たって、枝豆を茹でて、莢を剥き、さらに薄皮も剥く。枝豆を食べるときはこの薄皮ごと食べるのだが、その薄皮を剥くとこんなに綺麗な薄緑色になり、ご飯の中に入っても色が綺麗だ。スープの色も牛乳と混ざってパステルカラーになっていた。


8-19料理教コー1.jpg8-19料理教コー3.jpg

白木農園だより 花オクラ
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2009年08月19日

自公政権10年の総決算―総選挙公示

自民、民主の2大政党を軸に「政権選択」をかけた第45回総選挙が18日公示され、12日間にわたる選挙戦が始まった。
どの党のマニフェストを見てもそんなに大きな違いは感じられない。景気や少子化対策、雇用対策など生活者目線の施策に重点を置き、対立軸は曖昧である。また、日本の将来像も見えてこない。

「民主党との一番の違いは責任力。経済を成長させた上で、分配を考える。自民党にはそれを実行する力がある」8月12日の鳩山民主党代表との党首討論で、自民党の麻生首相は、そう大見得を切ってみせた。
だが、いったいどこの政党が、この国の閉塞状態を作り出したというのか。自公政権が続いたこの10年で、庶民の生活がどれほど疲弊したのか、麻生総理にはまったく分かっていない。1世帯当りの年間平均収入も10年前と比べると約100万円減っている。しかも、平均所得を下回る世帯が6割にのぼり、200万円未満の世帯が18%以上に達するなど、所得格差が浮き彫りになっているのだ。
また、民主党のマニフェストが無責任なバラマキだと、財源論で対抗しようとしている。が、しかし、麻生内閣が行った経済政策の財源の40兆円あまりはその殆どが赤字国債である。国債を発行することで財源が確保されるというのであれば、財源論を戦わす資格は全くない。また、この10年間で国債の発行残高を200兆円も増やしたのも自公政権である。4年前に掲げたマニフェストですらその殆どが反故にされている現在、「10年で手取り100万円増やす」という10年先の公約を信じられる人は誰もいない。
「引き続き活力のある日本にしてゆく責任は、我々にある」。麻生総理の公示第一声が虚しく響いていた。

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2009年08月17日

第141回芥川賞受賞作「終の住処」を読んで

芥川賞受賞作・磯崎憲一郎の「終の住処」を読んだ。受賞者が40歳代で三井物産人事総務部次長という経歴にも話題が集まっている。
読み進めてゆくうちに、これは芥川賞の受賞を意識して書いた作品だと確信した。この作品は、現代を知的に象徴しているかのように見えるが、作者の意図や計算が透けて見えてくる。
物語では、実にさまざまな事が起こる。家族との日常の生活や会社での仕事の中に、ビデオテープをスローモーションで再現するように観念的な非日常が小説を書くという文法を無視して忽然と現われてくる。
沼の上を自衛隊のヘリコプターが飛び、取引先の係長とは腕相撲が原因で仲たがいし、赤ん坊は彼の手から逃げ出し、月は満月のままで、妻とは11年間口をきかない。これら一つ一つに合理的な理由は存在せず、もちろん互いに繋がり合ってもいない。
あらゆる出来事は、まるであらかじめ定められていたかのように起こるべくして起こる。その当然の摂理が描かれると、こんなにも無気味なものなのか、と立ちすくむ思いがする。ただ時間に映し出される事象のみを書き写す試みが、独特のいびつさを生んでいるように思える。けれど、その合間合間の太陽の描写が綺麗な息つぎになっていたのが救いだった。
時間や過去をテーマにしているのだが、的が定まらぬ印象は否めない。観念というよりも屁理屈に近い主人公の思考は鼻もちならないのに、読後に主人公の印象が薄いのは何故なのだろうか。大人の企みの交錯する作品と捉えるべきなのか、評価の分かれるとこだろう。「終の住処」という題名の安易さも気になるのだが…。

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2009年08月15日

「責任力」という意味不明な言葉

麻生首相と民主党の鳩山代表による党首討論が8月12日、東京都内のホテルで開かれた。麻生首相の冒頭の発言は「民主党との一番の違いは責任力だ。…」だった。
それ以来、「責任力」という意味の良く分からない言葉が、新聞やテレビで頻繁に登場するようになった。「責任力」というスローガンは、麻生ブレーンの誰かが考えたものだろうが、麻生政権が生みだした日本語の珍語である。今年の流行語大賞になるかもしれない。

責任とは、なにごとかを引き受けて、それを執行する行為である。首相は国の最高責任者であるから、麻生氏が「責任」というキャッチフレーズを使うならばそれなりに分かるが、「責任力」とはどういう意味かよく分からない。「責任感」、「責任者」はよく使う言葉だが、「責任力」という言葉は聞いたことがない。おそらく責任能力というほどの意味だろう。だが、責任能力とは「責任をとる能力」であって、「違法行為による法律上の責任を負担しうる能力(広辞苑から)」である。いずれにせよ、責任能力とは不法行為の責任をとることである。だとすると、麻生氏の「責任力」というキャッチフレーズは、自民党の失政を認めたことになるのではないか。麻生氏の気持ちとしては、責任を持つ力という意味として使ったと思う。しかし、責任を持つ力とは、責任をとる力であり、責任自体に力があるわけではない。責任は国民の一人ひとり誰もが背負っている。
自民党が責任政党である、と強調したいのであろうが、鳩山由紀夫氏が勝てば民主党が責任政党になるだけの話で、「責任力」という言葉の意味は不明のままだ。

植木等が「無責任男」として一世を風靡した時代があった。そのころ流行した「責任者出てこい!」という言葉があった。物事がもめて、いくら交渉しても埒があかないとき、「責任者出てこい!」と声をあげた。いま、すべての国民がそんな気持ちではなかろうか。

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2009年08月12日

「石光真清の手記」は「坂の上の雲」の時代の側面史

「石光真清の手記」は真清が秘かに綴り遺した手記で、明治元年に始まり、大正、昭和の三代に亘る広汎な実録である。これを編者(嗣子石光真人)が生前の著者から直接聞き正したり、また当時の関係者から口述を得たものを年代順に整理編集し、「城下の人」、「曠野の花」、「望郷の歌」、「誰のために」の四著にして表したものである。

「城下の人」は、明治元年(1868年)熊本に生れた真清が少年時代を神風連や西南の役の動乱の中に過ごし、陸軍幼年学校に入り、陸軍中尉で日清戦争に参加し台湾に遠征して、ロシア研究の必要を痛感して帰国する。

「曠野の花」は、明治32年当時休職の歩兵大尉・石光真清が私費留学を許されてウラジオストックの港に降り立つところから始まる。
当時のロシアは極東の凍らない海を求めて南下作戦を進めていた。統治能力をなくしている清国に鉄道を敷設することを条件に、その統治先をハルビンから奉天、更に大連、旅順へと広げてゆく。やがて朝鮮半島から日本にもその矛先をむけてくるだろうと、明治政府はロシアの極東での動きを察知するため諜報活動を開始していたが、石光真清にその命が下りてくる。
ロシア軍によるアムール川での清国人の大虐殺の修羅場を潜り抜け、零下30度を超える極寒の地で馬賊との連携を計りながら真清はハルビンを目指す。ロシア軍スパイの協力も得て洗濯屋を開業し、ハルビンに第一の拠点を設ける。諜報活動を続ける中では、難行に難行を重ね幾たびか死と直面する。さらに、捜索拠点を拡大するため写真館の開業も進め、ロシア軍の信頼を得て、ロシア軍の活動や鉄道の敷設状況などを本国に送る。
しかし、日露の国交は危機に瀕し、嵐が近いことを感じさせていた。そして、明治37年3月に日本の地を踏むが、帰還の途中で予備陸軍大尉から第二軍司令部副官として召集され、再び軍服を着て満州の曠野に立ち戻ることになる。

「望郷の歌」は、日露開戦の布告から始まる。連合艦隊は旅順港口に船を沈めて待機している敵艦隊の出撃を不可能にする。この作戦も容易なことではなかったが、大連、旅順煮至る途上の最大の拠点である南山の攻防は凄惨を極めた。機関銃の掃射に兵士はすべてなぎ倒されても、「全滅を期して攻撃を実行せよ」の命令が繰り返される。
ロシア軍は弱小国の日本には敗れるとは思っていなかったため、日本軍を消耗させながら、ひとまず旅順に退却して本国からの来援を待つことにした。こうした幸運に恵まれ大連は無血で占領することができた。
その後、連合艦隊司令長官・山本五十六の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を撃沈し、ロシア革命で揺れる国内事情もあり、日露間の休戦協定が締結された。
帰国してからもとんでもない波瀾と曲折の生活を過ごしながらも、世田谷村に三等郵便局を開設し郵便局長としての家族との平和な日々を送ることになる。

「誰のために」は、長い旅路の末にようやく辿りついた安住の地―世田谷村を出て、宿命というものか陸軍歩兵大佐の弟・真臣の依頼により大正6年ロシア革命の後のシベリアに再び渡り諜報活動に従事する。そして歴史の裂け目に落ち込んでゆく。

明治政府がロシアの南下から朝鮮を経て日本に迫ることを恐れ日露戦争を戦うことを表舞台から明るく明治の姿を描いたのが司馬遼太郎の「坂の上の雲」である。「石光真清の手記」は真清個人の手記でありながら、「坂の上の雲」と同時代を描いた明治の側面史でもある。だが、その諜報活動という裏の歴史は暗く辛酸なものである。
以前読んだ司馬遼太郎の小説の「坂の上の雲」とノンフィクションの「石光真清の手記」、同時代を描いた日本史の表からと裏から眺める意味おいて興味深く読めた。

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2009年08月08日

面白い「音韻連想」

週刊朝日に毎号掲載されてる「声に出して読みたい!弘兼憲史のパパは牛乳屋」というコラムがある。
「パプアニューギニア」「パパは牛乳屋」声に出して読んでみると確かに似ている。これを音韻連想というそうで、中高年のオヤジがたいへん好むそうだ。読者の応募作品だが、今週号はいずれも秀作と思うので掲載してみた。
声に出して読んでみてください。笑えます。

四十七士の赤穂浪士
   と
始終必死の麻生降ろし

東国春(ひがしこくばる)
   と
しかし欲張る

金正日(キム ジョン イル)
   と
近所にいる

週刊誌は新聞に書かれないことが掲載されるので、週に一冊は読むことにしている。
3号前から「週刊司馬遼太郎」の連載が再開されて楽しみも増えた。今回のシリーズはNHKでドラマの撮影が進行している「坂の上の雲」で、子規と秋山兄弟の青春だ。
週刊朝日を裏表紙から開かせるという「山藤章二のブラック・アングル」も毎号楽しみにしている。

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2009年08月05日

ブルーベリーの被害

ブルーベリー2009-2.jpgブルーベリー2009-1.jpg
ブルーベリーの収穫
無残に折られた枝




ラビットアイ系のブルーベリーが1週間ほど前から色づき始めていた。昨日、夕方近くブルーベリーの収穫に行くと、無残に折れたブルーベリーの木を目にする。2メートル程の樹高だが半分くらいのところで鹿に折られていた。十数本ある中で2本が被害に遭っていた。
これまで、りんごや桃の木の幼木が被害に遭い、何度も枝を折られ栽培することを諦めた。鹿は果樹にだけ興味を示し、何故かその果樹の枝を折るのだが、これまでブルーベリーは被害を受けることはなかった。4〜5年前から大きな実をたくさん付けるようになって、収穫のこの時期をとても楽しみにしていた。そして今年、無残なブルーベリーの姿を見ることになった。他の木も心配である。
収穫はまだほんの少しだが、来週くらいから期待できそう…。

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2009年08月02日

幸運な夏まつり

夏祭り2009-1.jpg昨日は恒例の夏祭りだった。自治会連合会による最も大きなイベントのひとつである。
その準備に各自治会から5〜6名の人員が午前7時半に招集された。午前6時ころ目を覚ますと大粒の雨が大きな音をたてて屋根瓦を叩いていた。これは中止だな、と思いながらも朝食を摂っていると7時前に雨は嘘のようにピタッと止んだ。
指定の運動公園に行く。先ほどの雨でグラウンドの所どころに水たまりはあるが青空も見えてきた。参加者は50〜60名。
責任者の指示があり、作業に取り掛かる。運動公園の隅にある物置小屋から櫓を組み立てる部材を運ぶ。公園の中央までの100mの距離を運ぶのだが、人数が多いので短時間ですむ。
櫓の組み立てには、結構時間がかかった。組み立てにはそれほど多くの人数で携わることができないため見物人の方が多くなる。櫓を組み立て、提灯を張り、本部などのテント張りなどのすべての作業が終了したのは11時だった。

祭りは夕方6時半から始まった。7時半ころ会場に行くとカラオケ大会が始まっていた。若い人たちもたくさん集まり盛大な祭りになっていた。夜店も10軒あまりテントを連ねていて、子供たちで賑わっていた。住宅団地の中の公園なので午後10時には祭りを終えることに決められていた。夜店が畳み終えるころ、それを待っていたかのようにまた強い雨が降り始めた。


夏祭り2009-2.jpg夏祭りの会場と賑わう夜店
夏祭り2009-3.jpg
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