2009年04月29日

クマバチがいっぱいやってきた

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今日は晴れ上がって陽射しも強くなり暖かい一日でした。木製の大鉢に植えてあるアカシアの花が満開で、白い花が良い香りを放っていたのだろうクマバチが群れをなしたように沢山やってきて一所懸命に蜜を吸っていた。クマバチの飛翔の音はとても大きく、ガラス戸一枚隔てても聞こえてくる。そっと庭に出てみると7〜8匹は確認できる。蜜を吸っている様子を撮影しようとカメラを持って庭に出て構えると、どこかで見張りをしていたのか特大のクマバチが私の周りを飛び始めた。怖くなって部屋の中に戻り、ガラス戸を少しだけあけて撮影することにした。
1枚目の写真にはひとつの花の房に5匹のクマバチが映っている。2枚目は交尾の写真。3枚目はシャッタースピード4000分の1で撮影した飛んでいる写真だが、ピンとが合いにくい。クマバチを被写体に十数枚シャッターを切ったその一部。


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2009年04月25日

スティーグ・ラーソンの「ミレニアム2−火と戯れる女」を読んで

「ミレニアム1−ドラゴン・タトゥーの女」は、月刊誌「ミレニアム」の発行責任者ミカエル・ブルムクヴィストが孤島で起きた少女失踪事件を解決する物語である。スティーグ・ラーソンの作品は初めてだったが、富豪一族の複雑な家庭事情、倫理観の欠如した企業のありかたとジャーナリズムの責任、そして愛と性など、盛り沢山の内容を読みやすく整理する構成と手腕が群を抜いていると思った。
その「ミレニアム1」の中心にフリーの女性調査員リスベット・サランデルの強烈な個性があった。一度読んだら忘れられないヒロインである。

「ミレニアム2」の幕開けは穏やかである。大金を手にしたリスベット・サランデルは、仕事を辞め、新居を手に入れ、世界をめぐる旅に出た。カリブの小国ゲルナダで過ごし、ストックホルムに戻った彼女を待っていたものは、冬の寒さ、がらんとした新居、家族も友人もいない街での孤独な生活だった。彼女は新居を整え、知り合いと連絡を取り、過去にわずらわされることのない新たな人生を築こうとしていた。
一方、ジャーナリストのミカエル・ブルムクヴィストは、リスベットから一方的に関係を断たれて戸惑いながらも、「ミレニアム」での仕事に没頭していた。
「ミレニアム2―火と戯れる女」は、そのリスベット・サランデルが主人公となる物語である。
ミカエルや編集長のエリカなどの月刊誌「ミレニアム」の人々、警備会社ミルトン・セキュリティーの社長ドラガン・アルマンスキー、さらに「私はサディストの豚、恥知らず、レイプ犯です」とリスベットに入れ墨された弁護士ビュルマンまで、前作を彩った大半の人は再登場してくる。
フリージャーナリストのダグ・スヴェンソンと、彼の恋人であり、犯罪学の研究者ミア・ベルイマンがチームを組んで取り組んでいる人身売買と強制売春に関する告発が、月刊誌「ミレニアム」に持ち込まれる。法務省の役人、警察官、弁護士、検事、裁判官が客にいて、その実名を挙げて告発しようという彼らの意向を受け、特集号の刊行と書籍の出版を、ミカエルたちは決断する。
ところが、ダグ・スヴェンソンとミア・ベルイマンが銃で殺害される。その事件を捜査しているときにリスベットの後見人である弁護士ビュルマンも死体で発見された。現場で発見された殺害に使われた拳銃からリスベットの指紋が発見され、殺人事件の容疑者として指名手配される。
身に覚えのないリスベッテとリスベッテを犯人ではないと信じるミカエルの謎解きが重なって進行していくことになる。
事件の調査が進められていくうちにリスベットの出自が明らかになってくる。彼女は12歳のときに何かが起きて、そのことがトラウマになっている。その直後に児童精神科病院に収容されたこと、父親が誰かわからないこと、双子の妹がいること、12歳の少女に関する捜査資料がそれから15年たっているのにいまだ国家機密扱いになっていることなどが明らかになってくる。
凄腕のハッカーであるリスベットの調査能力とミカエルの探偵能力がどのように絡み合っていくのか、「ミレニアム1」とは違った構成を楽しむことができる。別れの言葉をミカエルに書き残して、たった一人で世界と戦う決意を固める。ラスト直前に衝撃のシーンが待っている。単行本上下巻900ページも一気に読める面白さ。第三部を早く読みたい。


「ミレニアム1−ドラゴン・タトゥーの女」
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2009年04月20日

佐々木譲の「警察庁からきた男」を読んで

「笑う警官」に続く「道警」シリーズの第二弾の「警察庁からきた男」を読んだ。前作で強烈な印象を与えてくれた、佐伯警部補や津久井巡査部長たちが、再び道警の闇に挑む、読みごたえのある作品だった。
「笑う警官」の事件から、半年以上が過ぎ、ようやく落ち着いたかに見えた道警。しかし警察庁から監察官の藤川春也警視正と、種田良雄主査が乗り込んできたことで、再び激震が走る。
警察庁が特に関心を寄せているのは、タイ人の少女娼婦が、一度は交番に保護を求めながら、暴力団に連れ戻された件。そして、ぼったくりバーで客が殺された可能性が高かったのに、札幌大通署がこれを事故死として処理した件である。どちらも外国メディアが取り上げたことで、警察庁も腰を上げたのだった。
警察庁の威光はあるが、所詮よそ者の藤川は、道警の実情を知るために、津久井卓巡査部長に白羽の矢を立てる。前回の事件で道警の不正を告発した津久井を、見込んでのことである。三人の調査は、道警の不正の匂いを嗅ぎ当てる。しかしその不正の実態が、なかなかつかめないでいた。
一方、札幌大通署刑事課特別対応班の佐伯宏一警部補と新宮昌樹巡査は、奇妙な事件を担当することになる。栗林正晴という人物が宿泊していたホテルの部屋があらされたが、何も盗まれたものはなかったというのだ。しかも栗林は、ぼったくりバーの事件で死んだ男の父親であり、息子が殺されたと信じて警察署に再捜査を訴えるために札幌へ来たという。事件の背後に、ただならぬものを感じた佐伯たちは、ひそかにこの事件を追及。だがそれが、さらなる殺人事件を呼んでしまった。怒りを胸に事件を追う佐伯たちと、地道な資料調査から真相に迫る藤川たち。ふたつのチームは、期せずして、道警の闇に肉薄していくのだった。
シリーズ第一弾となる『笑う警官』に続き、本書でも警察の不祥事が作品のテーマとなっている。

ミステリー作品としては決して長い話ではないが、本を閉じたとき重厚な読後感を抱くことができるのは、練磨された文章に物語がぎゅっと凝縮されているからだろう。「道警」シリーズの第三弾「警官の紋章」も読みたくなった。


4月13日(笑う警官)
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2009年04月18日

明日19日は「わ食の日」

農業塾OB会総会2009-1.jpg今日18日は農業熟OB会と白木農園の総会が開催された。参加者は40名あまり。会長あいさつ、来賓の祝辞に続き議案が提案され議事はスムースに進行し、すべての議案が承認された。
総会の後、広島市教育委員会学校教育部保険教育課食育係の栄養士でもある高村恵さんによる「広島市が取り組む食育について」というテーマで講演があった。

基本理念<食を通じて「健やかな体」と「豊かな心」を育みます。>や目標<健全な食生活を実践する市民を増やします。>とともに食育を推進する8つの方向の説明があった。
1.規則正しい食事のリズムによる食生活の推進
2.栄養バランスのとれた食生活の推進
3.安全・安心な食生活の推進
4.感謝の念を持ち、食べ物を大切にする食生活の推進
5.食事マナーなどに気をつけた食生活の推進
6.食卓を囲む家族の団らんなど、楽しく食事をする食生活の推進
7.地場産の食材を使った料理や食文化を伝承する食生活の推進
8.我が国や世界の食糧事情、環境問題に配慮した食生活の推進

7番までは、これまで私たちの祖父母や両親がごく普通に行ってきたことである。それが普通にできなくなったから、この様な「食育推進計画」を策定して実践するように指導しているのだろう。講演の内容は具体的な例をあげながら分かりやすかったが、「食べる」ということを少し難しく考え過ぎているようにも思える。
「食育」という言葉もそんなに古くない。食育とは、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることである。と、ネットで見た。
文字で書いてみると面倒なことのように思えるが、簡単に「規則正しく、バランスのとれたものを、家族そろって、感謝して楽しく食べる。」と考えれば良いのではないか。ただ、核家族化や共働きなどでこの事の実践が難しくなっているのも現状だろうが…。


農業塾OB会総会2009-3.jpg広島市が定めた毎月19日は「わ食の日」

「和(わ)食」栄養バランスのとれた日本型食生活

「輪(わ)食」食卓を囲む家族の団らん

「環(わ)食」環境に配慮した食生活
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2009年04月16日

皇后 美智子さまの「橋をかける」を読んで

1998年11月に単行本として出版された「橋をかける−子供時代の読書の思い出」が文庫化されました。
この「橋をかける」は1998年9月21日朝、インドのニューデリーにおけるIBBY(国際児童図書評議会)世界大会会場でのビデオによる皇后さまの基調講演を本にしたものです。
1994年ころからニューデリーにおけるIBBY世界大会で皇后さまの基調講演の要望が出されていました。ほぼご出席が可能との見込みがたった1998年の5月、インドが核実験を行い、実現の方向に向かっていたご出席も不可能になってしまいます。この大会の委員長を務めるマノラマ・ジャファ夫人から皇后さまの原稿の代読でも…、という要望がビデオ収録に繋がり、上映されました。朝8時半という早い時間にもかかわらず会場は満席だったそうです。日本でもNHKをはじめ民放各局で日本語版が放送されたそうですが、残念ながら見ていません。
この大会に出席していたIBBYの島多代さん(現会長)は、その時の印象を文庫本の中で次のように書いています。
皇后さまが基調講演をなさったインド大会は、IBBY会員のための総会を含めた隔年行事のひとつでした。子どもの本について多角的観点からの講演、ストーリーテリングや人形劇公演、様々な情報交換、たとえば各地の公私図書館からの問題提起、物語、英雄伝、絵本、表現、翻訳、編集、出版、国際出版などについての討議が、充実した四日間のスケジュールにぎっしり組まれていました。皇后さまの講演はプログラム第一日目の午前8時半から約1時間かけて上映されました。会場は皇后さまの静謐(せいひつ)な語りに圧倒されていました。言語も宗教も習慣も違う各国からの参加者が、ほとんど全身で皇后さまの言葉を受けとめていました。
すべての人々に共通な子ども時代の読書の思い出、そして今ある自分たちへの遠い日本からのこのメッセージに、深く心を揺り動かされていたようでした。と。

皇后さまは、子供の頃の読書の思い出を語りながら、私たちの生きてきた時代を顧み、子供たちの将来の希望と平和のために優しく語られています。その言葉の最後は次のように結ばれています。

「今回お招きを頂きながら、ニューデリー会議に直接参加出来なかったことは、本当に残念なことでした。この大会を組織なさったジャファ夫人始めAWICの方達、IBBY会長のカルメン・デアルデン夫人、事務総長のリーナ・マイセン夫人、そして、その方達を支えたIBBYの各支部の方達にとり、この大会の開催までの道は、決してなだらかなものではなかったでしょう。皆様方は、さまざまな複雑な問題のある中で、沈着に、忍耐強く、この日を準備してこられました。その国が例えどのような政治状態にあろうとも、そこに子供達がいる限り、IBBYには果たすべき役割のあることを思い、このような形になりましたが、私はこのニューデリー大会1998年に参加いたしました。
どうかこれからも、これまでと同じく、本が子供の大切な友となり、助けとなることを信じ、子供達と本とを結ぶIBBYの大切な仕事をお続け下さい。
子供達が、自分の中に、しっかりとした根を持つために
子供達が、喜びと想像の強い翼を持つために
子供達が、痛みを伴う愛を知るために
そして、子供達が人生の複雑さに耐え、それぞれに与えられた人生を受け入れて生き、やがて一人一人、私共全てのふるさとであるこの地球で、平和の道具となっていくために。」


IBBY(International Board on Books for Young People=国際児童図書評議会)について
IBBY創立者イエラ・レップマンは、第二次世界大戦中ユダヤ系であったために英国へ亡命していましたが、戦後、廃嘘と化したドイツへ戻り、裸足で飢餓にむしばまれる子どもたちを直視しました。しかし、レップマンが見た最大の欠乏は子どもたちの精神の支えでした。「子どもたちのために、本を下さい!」と全世界に呼びかけドイツ全土で書籍展を開催し、本の必要を訴えました。人生の中で本が伝える精神の糧を知る人々が、この呼びかけに真剣に応え、1949年、世界中から集まった本を収めてミュンヘンに国際児童図書館が開かれました。そして、その4年後の1953年、レップマンの「子どもの本を通しての国際理解」という理想の結実、「IBBY」がスイスのチューリッヒで誕生しました。
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2009年04月13日

佐々木譲の「笑う警官」を読んで

佐々木譲の「笑う警官」を読んだ。この「笑う警官」は2004年に発表され話題になり、「警視庁から来た男」「警官の紋章」などのシリーズで人気を得ている。「笑う警官」と「警視庁から来た男」は映画化されこの秋公開される予定でもある。
実はこの「笑う警官」は佐々木譲が小説を書くための取材を進めてゆくうちに「変なうわさがある」ということを耳にする。それは、「北海道警の現職警部が拳銃摘発の実績を上げるために覚せい剤の密売に手を染めている」という事件だった。ニュースになった時は衝撃を受けたそうだ。そして作者は、ドラマは警察組織の中にある、外じゃないんだ。という意識が強くなったそうである。警察小説の構図は警察官と警察外部の犯罪の対立だと思っていたが、警察官の前にはしばしば警察組織が立ち現れるもうひとつの構図が「笑う警官」として大ベストセラーになった。

札幌市内のマンションの一室で発見された女性の他殺体。その部屋は警祭が借り上げている秘密のアジトで、しかも被害者は道警本部の防犯総務課の婦人警官水村朝美巡査だった。ところが初動捜査にあたった大通署強行犯係の町田警部補が、その事実を告げたところ、所轄署の刑事たちは捜査からオミットされてしまい、道警本部が直接捜査にあたるという異例の事態になっていく。そして水村とつき合っていた銃器対策課の刑事、津久井巡査部長を犯人と断定し、さらに津久井が拳銃を持った危険な覚醒剤中毒患者であるという発表がなされ、射殺命令が下されるのだった。
大通署の盗犯係の刑事佐伯宏一警部補は、道警本部の発表を信じようとはしなかった。かつて二人は人身売買組織摘発のためのおとり捜査に従事した仲だった。佐伯は組織の人間に疑われ殺されそうになったが、津久井の機転で救われたことがあったのだ。
津久井を信じる佐伯は、部下の植村と新宮、そして大通署の総務係の婦警小島百合、事件を外された町田警部補ら有志を募り、秘かに私的捜査隊を結成し、津久井の無実を証明しようと動きだす。やがて佐伯は、翌日に迫った道議会の百条委員会で、津久井が警察の腐敗問題を証言する秘密証人に選ぼれていることを知る。津久井は銃器対策室で実績を挙げながら、拳銃と覚醒剤を所持していて逮捕された郡司警部の部下だったのだ。佐伯は津久井に対する射殺命令は、彼の口封じのためのものだと確信する…。

佐々木譲の作品の魅力は綿密な取材によるリアルな世界観だと思う。一連の作品は警察内部の人が読んでも唸るような作品に仕上がっているように思える。


<北海道警の現職警部の覚せい剤密売事件>の概要

2002年の7月、北海道警本部銃器対策室に所属していた現職警部のIが、覚せい剤取締法違反で逮捕された。そのきっかけとなったのは、Iが情報提供者として使っていた男が覚醒剤を持って出頭したことからだった。覚醒剤使用による幹部警察官の逮捕は初めてとはいえ、一警察官の逮捕では収まらない重大な問題を孕んでいた。Iは銃器対策室のエースと呼ぼれ、けた違いの拳銃摘発数を誇っていた人物だったのだ。ところがその摘発の多くは、他の違法行為を見逃すかわりのバータi取引だったり、手持ちの拳銃を仕込んだヤラセや捏造によるものだった。その過程で情報提供者への謝礼などの経費を得るために、Iは覚醒剤取引に手を染めていく。
問題は、次々と実績を挙げていくIの実態を、彼の上司たちが薄々承知していたことにある。1995年に内閣府に「銃器対策推進本部」が置かれ、国費から各都道府県警察に対して対策予算が交付されることになった。そのためIは特別な予算を獲得するための実績作りに欠かぜない人材であるという、上司たちの暗黙の諒解があったのだ。道警の上層部は拳銃の押収状況の精査を怠り、具体的な押収数ばかりに気を取られていた。当時は北海道のみならず全国で、所持者が不明のまま拳銃だけがコインロッカーなどから発見される「首なし」と呼ぼれる押収事例が続く、「拳銃.ハブル」が起きていたのである。
こうしてIの働きにより、多くの上司たちが出世していった。ところがIの逮捕後、元上司の一人で、もっともIの実態を知っていたとされる人物が自殺する。さらに自ら出頭した情報提供者も、拘置所内で不審死を遂げていく。やがて開かれた裁判は、一個人による犯罪という、事件を綾小化させようとする検察と警察のシナリオに沿って進み、Iは懲役9年という判決を受け現在服役中である。Iは裁判の行方を決める証人喚問中には、詳しい警察内部の実態に口をつぐんでいたが、最後に上司の関与を認める上申書を提出した。
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2009年04月11日

内田康夫の「壺霊」を読んで

「壺霊」の舞台が京都であることに魅かれ、久しぶりに内田康夫の浅見光彦名探偵シリーズを読む。昨年末に発売されたもので、図書館に予約を入れておいたら先日貸出可能のメールが届いた。
発端は例によって「旅と歴史」の取材で、高島屋にある人気レストラン街「ダイニングガーデン京回廊」の全16店を、1週間かけて食べ歩くという仕事の依頼から始まるのだが、警視庁刑事局長を務める兄からの内々の依頼もあり、老古美術店である正雲堂に嫁いだ女性を探すことになる。彼女が婚姻の際に持参した紫式部と呼ばれる800年の歴史を持つ青磁の壺も忽然と消えていた。その女性が最後に目撃されたのが、大骨董祭だった。
内田康夫の小説では、これまでにも京都を舞台にしたものは数作品あるが、今回は取材を長期間丁寧にしているようには思えた。奇妙なメッセージが発見された安井金毘羅宮をはじめとして、紫式部の墓、大枝山の首塚大明神、化野(あだしの)の念仏寺など、京都の裏道のようなあまり人が行かないような処を発掘したいという狙いが見て取れる。
京都新聞に10か月にわたって連載されたものに加筆修正を加えたようだが、単行本上下巻640頁に及ぶ長編になって、少し間伸びがしているように感じた。連載小説の運命なのかもしれないが、繰り返し同じことの説明がなされることが気になる。ミステリーとしては精彩に欠けているが、別の読み方もできる。
この作家らしくサービス精神も旺盛で、「京都食べ歩きガイド」として読めば面白いかもしれない。「ダイニングガーデン京回廊」の各店の紹介だけではなく、老舗の料亭や有名な喫茶店なども実名で登場する。中華料理の「大傳月軒(だいでんげつでん)」は、京都新聞に小説が連載されて一躍有名になったという。

浅見光彦が滞在するのは京都の伝統的な家屋として知られる町屋だ。最近では町屋を守ろうとする試みがなされているそうで、外国人が京都の古い文化を守る目的で、風呂やトイレの設備だけを近代化して利用しやすく改築し経営しているという。古都を訪ね歩くには町屋の宿泊も味わいがあって良いと思う。
学生時代に間借りで過ごした数年間、格子戸を開けウナギの寝床のような敷石のアプローチを通ったことが思い出される。

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2009年04月08日

春らんまん

豊栄2009.4.7-2.jpg















昨日の豊栄の我が家の庭の写真。

庭一面を覆っているのはイングリッシュ・デイジー。

レンギョウ、ユキヤナギも7〜8分咲きで、

桜は8分咲き、桃は2〜3個の花が開いた状態です。

スイセンやムスカリも頑張っています。

ケヤキなどは僅かに芽吹き始めたところ。

これから約1ヶ月くらいがこの庭の一番美しい季節です。

カタクリの花

今日、白木農園の作業の後、仲間と共に3km北にある「カタクリの里」を訪ねる。

暖かい陽気で花びらを思いっきり反り上げていた。

良く手入れされた急勾配の北斜面に広がっている。

今が一番の見ごろ。


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2009年04月05日

自治会の新役員

昨日の土曜日午後7時から自治会の総会が開催された。先月の役員会で今年度の新役員候補が内定していた。すべての役員の任期は1年で、新役員の中から会長をはじめとする人事案が決められる。自治会が結成されて30年以上になるが、住宅団地の自治会は強いリーダーシップでまとめてくれる人がいないのが特徴である。会長人事で例年難航していると聞いていた。今年度の新役員の中にこれまで数回会長を経験してこられた方がいて、その方を推薦してお受けいただくことになった。私も長年お世話になった地域に少しでも恩返しをしたいと思い微力ながら副会長をお引き受けした。
この自治会は222世帯の人たちが暮らしているが、住んでいる人たちは高齢者が多くなった。その中で今後は自治会の役割も大切なものになってゆくだろう。
総会はスムースに進み、その後、新役員による新年度第1回の役員会が開催された。その中で自治会の名簿について聞いてみたが、名簿はないという。個人情報保護法があり、その適切な管理方法に自信がないため作らないでいるのだそうだ。以前、75歳以上の家族のいる人は届け出て下さいと通達したが、届け出た人は少なかったそうだ。その後、敬老の日に3000円の商品券を75歳以上の人に配布したら、それを聞きつけて届け出た人が随分いたという。
近所に住みながら、できるだけ係わりたくないと考えている人も結構いるようだ。高齢者の孤独死も他所の事ではなくなっているようにも感じる。一人住まいの高齢者も少なくない。
自治会の年間行事も大切なことだが、それ以上に自治会の中の人達への優しい目配りが必要なように思える。1年かという短い期間だが何らかのお役にたてればと願っている。

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2009年04月04日

自前の手打ちそばで楽しんだ4月の「蕎麦屋めぐりの会」


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月に一度、広島のこだわりのお蕎麦屋さんをめぐる会に参加している。3月は「出雲そば巡りの旅」に出かけた。「蕎麦屋めぐりの会」の会に参加している人たちの中に豊平そば道場の二段の方が二人いる。4月(3日)のこの会は、私の師匠でもあるそのお二方の打ち立ての蕎麦を頂く企画になった。
ゆったり、のんびり出来るところという設定から、少し遠出になるが豊栄の我が家に集まっていただくことになった。広島駅から芸備線で約1時間。そこからタクシーで10分余り。今日の出席者は11名に妻とお手伝いに駆けつけてくださった妻の友人の13名。
今日のメニューはバーベキューと手打ちそば。皆さんが到着された頃には、バーベキューは焼き始めたところだった。会員のHさんが自宅の裏山でタケノコを掘ってそれを煮て持ってきてくださった。また、お酒の肴にとGさんがふき味噌、Iさんが山葵の佃煮を提供してくださった。
11時半過ぎからビールの乾杯で始まった。泡盛、黒霧島、日本酒などを持参して頂き、3時間余り「蕎麦談義」をかわしながらの楽しい食事会の時間が過ぎた。
その後、蕎麦打ちに移る。初心者の私がまず700gを打ち、IさんOさんが、1s、1.2s、更に1sと、4s近い蕎麦を打った。すべて打ち終わってから、参加者全員で、打ちたて、ゆがきたての蕎麦をいただく。美味しいととても好評だった。帰りには手打ちそばのお土産があった。帰りのタクシーが迎えに来てくれた時間は5時を少し回っていた。嬉しく楽しい半日が過ごせた。


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