2008年06月28日

司馬遼太郎・日本のリーダーの条件

月刊誌文藝春秋の7月号に「司馬遼太郎・日本のリーダーの条件」という36ページの大特集記事が掲載されていた。
半藤一利(昭和史研究家・作家)、吉田直哉(演出家・文筆家)、田中直毅(国際公共政策研究センター理事長)、関川夏央(作家)、磯田道史(茨城大学准教授)の5人による座談の形式をとっている。

半藤氏が進行役を務める形で次のような発言から始まっている。
「いまの日本は混迷の時代に入っています。国会は空転が続いて何も決められず、経済も国際的な競争力をなくし、決して活況とはいえません。官僚たちの不手際も目立ち、不祥事は止むことがない。おそらく、各界においてしっかりとしたリーダーシップを発揮できる人物が少なくなっているのも一つの要因ではないでしょうか。
政財界の方々に愛読書を訊いてみると、今でも多くの方が司馬遼太郎さんの本を挙げられます。歴史上の変動期に待望される理想のリーダーとはどういう人物なのかを、そこから読み取っているのだと思います。
今年は司馬さんが生まれてちょうど85年になります。司馬さんは数多くのリーダーを描いてきました。本日は現在と同様、大転換期であった幕末・明治期のリーダーに絞り、それぞれの人物像を論じていくことで、今、「この国のかたち」にふさわしリーダーとはどんな人物かを考えたいと思います。」

座談の中に登場するのは、坂本竜馬、勝海舟、西郷隆盛、大久保利道、桂小五郎、土方歳三、高杉晋作、大村益次郎、河合継之助、乃木希典、秋山真之で、いずれも江戸末期から明治、大正にかけて活躍した人物である。
この座談の中では司馬良太郎の歴史小説の中に登場する人物を中心に語っているので、実際のリーダー論にはなっていないのだが、それぞれの小説の中で主人公が語る言葉などを思い出しながら面白く読めた。
江戸末期から明治、大正にかけてのリーダーたちは、命を懸けて日本を救った。昭和前半のリーダーたちは日本を滅ぼす寸前まで国民に辛酸をなめさせた。
そして、現在の政財界のリーダーたちと言えば、司馬遼太郎を愛読書にしている割には、先の時代に学んでいるようには思えない。大きな転換点に立っているいまこの時こそ、歴史に学び強い志を持って事に向かうべき時である、と読みながら感じた。

議論の締めくくりのような形で、半藤氏が司馬遼太郎が亡くなる1年前に会った時のことを回想している。
司馬「これからの日本を何とかするためには、国民の80%が合意できることを日本人みんなで決めて、それをみんなで守ってゆくことにしたらどうだろうか」
半藤「そんな80%まで合意できるようなことなんてありませんよ」
司馬「いや、一つだけある。自然をこれ以上壊さないことだ。これだけを合意しようと言えば、日本人は合意するんじゃないか」
つまり、自然を守ることで、日本人はおのずから足るを知る精神を学ぶことができる。それがこれからの日本を救うための一番いい方法であると言っているのである。
「日本の美しい自然を守る」。全ての物事の発想の起点をそこにすれば、人にも優しい考え方が起案できると思う。
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2008年06月25日

宮部みゆきの「霊験お初捕物控―震える岩」を読んで

本当に久しぶりに捕物帳を読んだ。捕物帳といえば、岡本綺堂の「半七地捕物帳」、野村古堂の「銭形平次捕物控」、佐々木味津三の「右門捕物帖」の三大捕物帳が傑出している。映画やテレビでもお馴染みだが、江戸情緒、主人公のキャラクター、得意技といったスタイルの点でも、この3人によって捕物帳の良さは書き尽くされているようにさえ思える。
だから、捕物帳に手を染める作家はなんらかの形でこの3人を超えるスタイルを生み出さなければならないという宿命を背負っていたが、この後も多岐川恭、柴田錬三郎、笹沢佐保など多くの作家が捕物帳に挑戦していて、時代小説の中では人気ジャンルとして現在でも不動の位置にあるといっていいだろう。いずれの作家の作品も主人公の人物造型、謎とき、得意技に創意工夫を凝らしている。中でも記憶に強く残るのは池波正太郎の「鬼平犯科帳」である。

宮部はタイトルでも分かるように「霊験お初…」、探偵役の主人公「お初」に超能力を持たせている。超能力を持っているなら犯人はすぐ分かるだろうと思えるのだが、超能力を持ち込むに際し、実に巧妙な伏線を張っている。
南町奉行所の根岸肥前守は「異聞奇聞」を収集している。そのお奉行の手足となって働いている、という設定にすることで、「超能力」という得意技を自然なものとして受け取れる工夫がなされている。
物語は、ふつうの人間にはない不思議な力を持つ「姉妹屋」のお初が、南町奉行所の根岸肥前守に命じられた優男の古沢右京之介と、深川で騒ぎとなった「死人憑き」を調べ始める。謎を追うお初たちの前に百年前に起きた赤穂浪士討ち入りが…。書き尽くされたと思われる忠臣蔵。その忠臣蔵の背景にあった当時の「政治」が、一人の人間を悲惨な運命に追いやったという新解釈への挑戦でもある。宮部みゆき初期の作品。
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2008年06月23日

中川秀直の「官僚国家の崩壊」を読んで

中川秀直の近著「官僚国家の崩壊」を読んだ。この書のキーワードは「ステルス複合体」である。
有名なアイゼンハワー大統領の「軍産複合体」演説に準えて、エリート官僚を中心とする「ステルス複合体」が日本の改革を邪魔しているとして、更なる構造改革の推進を強烈に訴えている。
彼は日本が東大法学部を中心とするエリート官僚たちに巧妙に支配されており、政治が官僚をコントロールできていないことが、日本の改革が進まない最大の要因であると主張し、改革に反対するエリート官僚たちを厳しく批判している。選挙の洗礼を受ける政治家は、政策の失敗に対して責任を追及されるが、官僚たちは、匿名のまま、政策を作成し、それが失敗に終わっても、結果責任をとることもない。政治家がいくら改革の旗を振ろうが、最大の既得権益者であるステルス複合体が改革を許すはずがない。彼らは官界を越えて、産業界、学界、マスコミまでを網羅した東大法学部人脈を通じて、相互に補完し合いながら、自分たちの力の保全を図っている。これが日本の最大のガンになっているステルス複合体の実態であるとしている。
この国会で成立した公務員制度改革法は、官僚支配の転換点になり得るとして、この法案の成立と道州制の導入によって、明治以来の官僚を中心とする中央集権体制からの脱却を図ることの重要性を強調している。また、そのためには政治が政策立案を官僚に依存している現状を変える必要があると語り、議員の政策スタッフの拡充や霞ヶ関に対抗しうる民間のシンクタンクの必要性も訴えている。

帯封に「政治生命をかけた書」とあるように、官僚やマスコミなどをここまで批判した書を発刊するにはそれなりの覚悟があるからだと思う。「さらば財務省」の高橋洋一と同様に多くのエリート官僚を敵にまわす事になるかもしれない。また、官界だけでなく、産業界、学界、マスコミまでを巻き込んで反発に出てくることも考えられる。これからは中川バッシングも強くなることだろう。誹謗中傷もいっそう彼の身に降りかかるに違いない。しかし、勇気を持って闘ってもらいたい。
これからは、私たちは国民も政治家や官僚たちだけにその将来を委ねるのではなく、一人ひとりが主体的に社会と関わるような公共の意識を持ち、政治も他人事としてではなく自覚する事が大切であると思う。

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2008年06月20日

東野圭吾の「流星の絆」を読んで 

久々に東野圭吾の作品を読んだ。週刊現代に連載されたエンタテイメントである。面白く一気に読んだ。
ある夜のこと、 ハヤシライスが看板メニューの洋食屋・「アリアケ」から流星群を見に行くために夜中に家を抜け出した店主の子供たち。小6、小4の兄弟と、小1の妹。しかし、雨が降り始めたので星の観察を諦めて3人は慌てて帰宅する。
家では、刃物を突き立てられ、父と母が殺されていた。親を失いお互いだけを信じて生きていくこと、そして、いつか父母を殺した犯人を警察が見つけられなくても突き止めて復讐をすることを誓い合う3人…。

次男の泰輔は店の裏口から出ていく男を目撃したが、犯人特定には至らず、時は流れ、あれから14年が経過していた。
長男の功一の頭脳プロデュースする力、次男の泰輔の変装と演技力、そして妹の静奈の美しさと強かさを武器に、兄妹は巧妙な詐欺を働き、必死で生き抜いていた。
ある日、静奈をレストラン経営者の跡取り息子に接近させてひと儲けしようと企む。しかし、その父親である経営者が、両親殺害の犯人である可能性が出てくる。復讐のチャンスがふと舞い降りてきた。しかし、3人の仇の息子に、作戦を忘れて惹かれていく静奈…、3兄妹の復讐と、両親の死の真相と、そして静奈の恋。ぎりぎりと胸を締めつける人間心理の描写が続く。

3兄妹と、仇のレストランオーナーと御曹司・戸神行成、そして両親の事故を追う神奈川県警の2人の刑事など、キャラクターとプロットがしっかりと設定されている。兄弟・妹が役割を分担して金持ちに接近するあたりの進行は映像を見ているような描写が続き、クライマックスへと向かってゆく。ラストで犯人を追い詰めるのだが、その真犯人は…!。ミステリーとして、緊張感をしっかり最後まで持続させる展開になっているあたりはさすが。東野作品の中でもベスト3に入るのではなかろうか。
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2008年06月18日

ビックリグミの実がいっぱい


グミー2.jpg昨日収穫したビックリグミの実。

今年もビックリグミがたくさん実をつけた。今年は昨年に比べてひとつひとつの実が大きいように思う。真っ赤に熟れた実は渋味も少なく甘酸っぱくて素朴で上品な味だ。

子供の頃、田植えの時期に採れるのは、ナワシログミと言っていたように記憶している。もちろん品種も違うのだろうが、こんなに大きくはなかった。
ヒヨドリの好物らしいが、我が家のビックリグミは幸いなことにまだ見つかっていない。セキレイ、ウグイスやその他の小鳥たちはなぜかこの実は食べない。
ビックリグミは花数の多さの割にはそれほど多く結実しない。調べてみると、自家不結実性があり、ジベレリン処理をしてやらないと花は咲いても実が多くならないという。来年は、ジベレリン処理をして多くを結実させ、ジャムでも作ってみようか。

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2008年06月14日

「近江・琵琶湖」の自然と歴史探訪の旅


ryokou2008-3.jpg写真は石山寺
6月12(木)〜13(金)日、「近江・琵琶湖」の自然と歴史探訪の旅に参加した。栽培の仲間数人が企画立案した手作りの旅行である。とはいえ、滋賀県出身のKさんに日程、予算組みなどほとんどお願いすることになった。

小型観光バスで午前7時広島駅新幹線口から出発する。20名が定員の観光バスなので、キャンセル等もあり10名になった参加者はゆったり座ることができた。小型観光バスだが、座席の前後が広くとても快適なバス旅行となった。

予定よりも少し早く11時半頃には、昼食をとる叶匠寿庵・寿長生(すない)の里に着く。
到着後すぐ、すないの里の長屋門をくぐり、お茶席に。旬のアジサイの花をイメージしたお菓子と抹茶をいただく。美しく手入れされた日本庭園を見ながら、和服姿の上品な女将の御点前などに耳を傾ける。
お茶の後は、昼食まで庭園を散策する。約6万3千坪の丘陵地に、四季折々の姿を楽しめる農園と庭園を配している。日本の里山の風景をそのまま残した山林や谷川に沿う自然景観をゆっくり楽しんだ。遊歩道を進むと、初夏の花々に出会う。ヤマアジサイ、ササユリ、ホラルブクロ、ノアザミなど、懐かしい花が初夏の木漏れ日の中で、せせらぎの心地よい音や小鳥たちのさえずりを添えて静かに昔ながらの佇みを見せてくれる。
散策の後に昼食になった。昼食は、お茶席から少し離れた花菖蒲の池の側にある数寄屋造りの「山寿亭」で会席弁当「美山つづら弁当」を食べる。上下の黒塗りの重には心のこもった旬の味が品良く配されていて美味しかった。

昼食の後はバスで、石山寺・義仲寺を見学する。
今年は世界最古の長編小説「源氏物語」が誕生してちょうど千年目。紫式部が物語の着想を得たと言われる石山寺では、通常では見ることのできない明王院や密蔵院など「源氏夢回廊」のイベントで見ることができたのもラッキーだった。本堂や国宝の多宝塔なども見応え十分。芭蕉、島崎藤村などの多くの文人が訪れたその場所に立つことができた。そして、木曽義仲と松尾芭蕉の墓がある義仲寺へ。
びわ湖畔にたたずむホテルでは気心が通じ合う仲間たちと楽しい宴会。眺めも料理もそして会話も上等だった。

二日目は、江戸城を創建した太田道灌公を祖とする太田酒造の道灌蔵、また、浅野内匠頭、吉良上野介、篤姫などが名を連ねる宿帳を眺めながら草津宿本陣も見学する。

昼食は今回の旅行のメインイベントの近江八幡の水郷めぐりである。自然の恵み風情がただよう手漕ぎ船の船上での近江牛のすき焼き。網目のように入り組んだ水路にヨシの影から、かいつぶりやよしきりの鳴く声が聞こえる。初夏の風を快く受け、ゆっくりゆれながら進む手漕ぎ船は旅情満点。

その後、信長の館や近江商人の屋敷などを見学して帰途につく。スケージュールは少しハードだったかもしれないが心から満足の行く自然と歴史探訪の旅だった。疲れていても爽やかな気持ちになれた。
近江八幡の水郷めぐりと叶匠寿庵・寿長生の里

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2008年06月09日

手作りギョウザ教室


ギョウザ1.jpg昨日、倉掛公民館の手作りギョウザ教室に参加した。これまでは、農業熟OB会が主催する料理教室には何度も参加しているがそれ以外で参加するのは初めてのことである。農業熟OB会の料理教室は、蕎麦打ち、うどん作り、豆腐作り、味噌作りなどである。これは、栽培の仲間たちと収穫した材料を使って作り、それをみんなで試食するのでまた格別イベントでもある。
今回のギョウザ作りは、団塊の世代を中心にした「中国料理にチャレンジ」のイベントでギョウザはその中の一品目。公民館の担当の方から声を掛けていたので参加することにした。
講師は、釋 唯香(しゃくゆうこ)先生。西安の出身だそうで、来日して9年だというのにとても流暢な日本語を話す。
明るく、飾らない方で、美人でもあった。

ギョウザは皮(ピー)から作った。自宅でもギョウザは作るが、ピーは市販のものを使う。ピーから作るのは初めてである。
ピーは薄力粉500グラムに水270ccを入れ、良くこねた上で約1時間寝かせる。
その間に、ギョウザの具を作るのだが、ブタのミンチに三枚豚を細かく切って混ぜる。ニラやネギ、ショウガなどを入れたが、鶏がらスープの素やサラダ油(大匙3〜5)が一般の家庭と違うところだ。帰って聞いてみると、我が家ではサラダ油は入れないそうである。さらに、醤油や塩、味の素なども少々。

ピーの作り方が参加した者全員が一番習得したかったことだろう。
寝かしたピーを小分けにし、丸めて真ん中に穴を開け、ドーナツの形を作る。そのドーナツの輪を少しずつ広げてゆき、ドーナツが輪の部分が2センチくらいの細さになるまで伸ばしてゆく。一箇所を包丁で切り、棒状に伸ばしたピーを転がしながら直径が均等になるように整える。均一の太さになったピーを1.5センチ弱くらいの長さに切ってゆく。切り口を天地に向け押さえ3センチくらいの円形のピーを短い麺棒で伸ばす。この時重要なのが、円の中心部はやや厚めにしておくことだ。そうしないと、具を包むときピーが柔らかいので伸びて破れてしまう。

作り終えて、みんなでギョウザを食べた。ギョウザの他にも先生が作ってくれた、マーボー豆腐、サラダ、野菜炒め、中華風醤油ゆで卵もあり、お昼から思わぬご馳走をいただいた。ギョウザの皮(ピー)が美味しいと感じた。
帰りには、一人15個くらいのギョウザのお土産までついた。楽しい半日だった。

ギョウザ2.jpgギョウザ3.jpg
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2008年06月07日

ランキング依存が止まらない

先日6月4日放送のNHK番組「クローズアップ現代」を見た。この日は、「ランキング依存が止まらない〜出版不況の裏側〜」というテーマであった。この番組は良く見ている。世の中の関心事を旬なタイミングで、キャスターの国谷裕子氏が鋭い視線とゲストの核心をつくコメントを添え、より分かりやすく解説してくれる。

毎日220点の書籍が発刊され、1年間では約8万冊の新しい本が出版されているという。大きい本屋だと毎日届けられる本は2000冊にものぼる。この中から毎日、良い本や売れる書籍を人間の目で見ながら選別するのは不可能に近い。
入荷した本は、バーコードの付いた読み取り機械で選別され、「平台に置く」、「書棚に入れる」、「返品する」などに分類され、入荷したその日に返品される書籍もあるという。
「売り上げランキング」をもとに本を選ぶ人が増加するという読者の本の選び方の劇的な変化により、売れる本への一極集中が顕著となっている。書店ではランキングに入らない本は即座に返品することも常態化しているという。短期間で売り上げ実績をあげる必要に迫られた出版社は、出版点数を急激に増やし、本の寿命が短くなる事態を招く結果になっている。日本の出版界の根幹を揺るがし始めた読者の変化である。しかし、この時期にこそ出版界も売り上げを出版点数の増加にだけ頼るのではなく、出版の原点に立ち返って考えるべきである。
出版社の倒産件数も15年ぶりの高水準を記録した。かつて「声に出して読みたい日本語」などのベストセラーを生み出し、じっくりと本を育てることで定評のあった草思社も経営が破たんした。その経営破たんの背景も、この様な読者の本の選び方が劇的に変化に対応できなかったことにある。
番組の中で、本屋でインタビューに応じた購入者も、その殆どが「売り上げランキング」をもとに本を選んでいるという。

書店に並ぶことなく、読者の手に取られることもなく返品される書籍の中に多くの良書があるような気がしてならない。街の中にあった小さな本屋さんは殆ど姿を消してしまった。大型書店で何十万冊とある書籍をコンピュータなしで管理することなど不可能だ。コンピュータが管理すれば、売れるか否かだけの判断になる。良書の判断は人間にしかできない。
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2008年06月06日

尽きない話の続き

むかしのトイレは不浄の代名詞でもあった。数十年前の公共のトイレは落書きの宝庫でもあり、落書きのない公共のトイレを探すのが難しいほどだった。それも品のないものが多かった。
昭和35年(1960年)に出版された藤島 茂氏の「トイレット部長」には、落書きについての記述もあり、それを消去する「賽の河原」の奮闘が書かれていたように記憶する。
藤島 茂氏は元国鉄(現在のJR)の職員で、鉄道トイレの設備改善に努めた方。その熱心さから「トイレット部長」と呼ばれたそうだ。いかに快適なトイレを作り出そうかと日々奮戦する体験記が出版され、話題になり、当時二枚目映画スターの池部 良の主演で映画化もされた。残念ながらこの映画は見ていない。

この「トイレット部長」の中に記述されていた落書きをいまだに諳んじている。キロルイという外国人が英語で書いた落書きを藤島 茂氏が和訳したものであった。それが七、五調だったので特に印象が強かったのだと思う。

静かに座る 法悦の境
尿(いばり)したたる音を聞く
時ありて 放屁の響かい
糞落つる音 やがて聞こゆ
ワァハッハッ…
キロルイ(落書き作者名)

詩的でもある。その後この作者が詩人か文学者の人生を歩んだ可能性があるのかなどと空想をしてみた時期もあった。
最近のトイレは落書きが出来ない素材で作られているから、落書きを目にすることは殆どなくなった。むかしの落書きの中でも楽しくユーモアのあるものもあった。次のような落書きはご存知の方も多いと思う。

トイレの正面に「右を見よ」と矢印が書いてある
右を見ると「左を見よ」と
左を見ると「後ろを見よ」と
後ろを見ると「トイレの中でキョロキョロするな!」
など、初めて見た時は笑ったものだ。

トイレの歴史も紐解いてみると面白いものなのかもしれない。この話は尽きないのでこの辺で止めておくことにしよう。
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2008年06月05日

トイレの話は尽きない

ディズニーランドが3年ほど前から、しきりにトイレを直しているという記事を目にした。ひとつは和式トイレを洋式トイレに。もう一つは男子トイレにオムツ換え台を作っているそうである。数年間にわたりディズニーランドのトイレを見つめてきた人が言っているので間違いないだろう。
この方の調査によるとディズニーランドがオープンした頃は、和式7に対して、洋式は3くらいだったそうだ。もちろん、ウオシュレットなどの設備はなかったろうが、25年たって、いま総入れ替えをしている。

日本のトイレもずいぶん変わった。少なくとも都会の公共施設などでは、和式はほとんど姿を消し、洋式トイレが普通になってきた。ウオシュレットがついているトイレも少なくない。ずいぶん清潔な空間になった。ところが、ウオシュレットはアメリカ生まれなのだが、もっとも普及しているのは日本だと聞いた。やはり水の問題だろう。水が清潔でないとウオシュレットなど使う気になれない。

その昔はもっと不浄だった。御不浄ともいった。もちろん、いまだって日本全国のトイレが水洗になっているわけではない。汲み取り式だって残っている。世界に出れば、ごく普通のことだろう。突出した都会から姿を消しただけである。ほとんどの年配者にとって、便所はせせこましく、臭気に悩まされる場所であったと記憶している人が多いと思う。

ところで、ふと、思い出したが、列車のトイレもそうだった。国鉄の列車に乗ると、普通列車はもちろん、急行やら特急やらでもトイレはそのまま垂れ流していた。トイレのペダルを踏むと、丸いところがパカッと下に開き、線路が見えていた。親に言われたのは「止まってるときに大きいのをしたらいかん」だった。つまり走ってるときは大きいのもしていいわけで、それはバラバラになって飛んでいくから、ということだった。今から考えれば無茶苦茶というほかないが、列車のまわりに人や人家がないことが前提になっていたのだろう。田園風景の中、列車も糞尿を撒き散らして進んでいく、というのは、昭和の半ばまでは許されていたのだ。先日、何かの話の中で栽培の仲間とこの話になり、その人は親から「線路の周りのものは取って食べてはいけない」ときつく言われていたそうだ。

戦国武将・武田信玄も水洗トイレを使っていたという。また、落語などでも雪隠をネタにしたものも多い。この話を始めたら終わりのないほど続いてしまう。
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