2008年01月31日

我が家の麦畑(?)で麦踏


mugi2008.1.31-1.jpg昨年の12月5日に播種した我が家の麦畑、といっても25cm四方のプラ鉢ですが、今日現在13〜14cmまでに生長していました。そこで、今日は麦踏(?)をしました。一辺が25cmですから足で踏みつけるわけにはゆきません。手でゆっくり、しっかり押さえつけました。麦は茎葉ばかりが生長すると、根の発育が遅れます。この時期、麦を踏み付けることにより茎葉の生長は一時止まりますが、その分、根の発育が良くなり、寒さ、特に霜害に対して強くなります。

私たちが栽培している白木農園の小麦は、我が家の麦よりも少し早い昨年12月1日に播種しました。しかし、一昨日見たときは、まだ7〜8cm位で、麦踏ができる状態まで生長していません。
一昨年の白木農園の小麦の播種から麦踏までの記録を見てみると、2006年11月18日播種、翌年2007年1月20日麦踏、となっていました。播種から麦踏までは約60日です。播種が2週間遅れたことと、今年の1月の寒さだと思いますが、麦踏ができるようになるまでにはもう少し時間が必要と思われます。

我が家は白木農園と同じ広島市内ですが、白木農園よりも約20キロ以上南に位置します。同じ時期に播種した小麦の生長がこの様に違うことに驚いています。同じような地域でも僅かな気温の差が、生長にこの様に影響するということも分かりました。プラ鉢に小麦を播種したのは、小麦の生長を観察したいことと、切花としても楽しみたいと思ったからです。
また、このプラ鉢には、50粒の種を播種しました。発芽率は84%(44本発芽)です。僅か1250平方cmの麦畑ですが、楽しさと同時にいろいろなことを教えてくれます。

mugi2008.1.31-2.jpg麦踏を終えた我が家の麦と
白木農園の小麦の生長状況
mugi2008.1.31-3.jpg
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2008年01月30日

「昭和の美男」ベスト50


長谷川一夫.jpg写真は第1位の長谷川一夫さん
(文藝春秋2月号に掲載のグラビア写真)

雑誌「文藝春秋」2月号に、読者投票による「昭和の美男」ベスト50の記事が掲載されていました。
昨年の「昭和の美女」が好評だったのでしょう、今年の「昭和の美男」には、読者8,077人が投票したそうです。また、各界の著名人22名がつづる「美男談讃歌」も面白く読みました。
「昭和」が去って、はや20年。戦争から繁栄に至る、あの激動の時代を駆け抜けた男たちには、たしかな「顔」、しっかりとした芯がありました。文藝春秋が行った読者アンケートの結果、ベスト3は、長谷川一夫、上原謙、石原裕次郎。文藝春秋の読者らしい選定です。以下、スクリーンやテレビをにぎわせた懐かしいスターの名前が並んでいます。彼らの風貌には、さまざまな「物語」が刻み込まれているように感じました。

読者投票による「昭和の美男」ベスト50位の上位20名は下記の通りです。

1.長谷川一夫 1214
2.上原謙 595
3.石原裕次郎 558
4.市川雷蔵 367
5.加山雄三 345
6.自洲次郎 339
7.高倉健 269
8.三船敏郎 270
9.佐田啓二 261
10.長嶋茂雄 259
11.鶴田浩二 199
12.吉田茂 196
13.石原慎太郎 131
14.佐藤栄作 125
15.大川橋蔵 92
16.池部良 88
17.田宮二郎 85
18.沢田研二 75
19.王貞治 55
20.高橋英樹 53

その他20位以下では、三島由紀夫、黒澤明、渡哲也、山本五十六、渥美清、松下幸之助、本田宗一郎、湯川秀樹さんたちが名前を連ねています。
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2008年01月29日

「落し物」はネットで検索できるようになりました

先日、パソコン関連の雑誌に「落し物」をネットで検索できる記事が掲載されていました。

私たちは、雨の降るに日は傘を持って出かけますが、雨が止むと傘はよく忘れてしまいます。どこで無くしたかわからない傘を探し出すのは至難の業です。あちこちの警察署に電話で問い合わせるのが面倒で、傘だけだったら「新しい傘を買ったほうが早い」と諦める人も多いと思います。そんな人に朗報です。各都道府県警が落とし物検索サイトを一斉に立ち上げました。これを利用すれば、素早く簡単に落とし物が見つかるかもしれません。
この落とし物検索サイトの特徴は、落とした日時や場所、品物の種類などからお目当ての落とし物を検索できることです。検索結果には、拾得物の大まかな特徴と保管先、問い合わせ番号が記載されており、あとは直接保管先に電話して自分のものか確認すればよいのです。ただし、落とし主への成りすましを防ぐために、遺失物の写真は掲載はありません。また、拾得物が届くと同時にネット上に情報が公開されるわけではないため、落とした直後の数日間は、検索しても見つからないこともあるので注意が必要です。大切なものを置き忘れた場合は、早めに警察に届けることが必要です。

今回の落とし物サイトの開設は、2007年12月の改正遺失物法の施行に伴うもので、これまで拾得物は、拾い主が届け出た警察署が個別に管理していました。そのため、無くした場所がわからない場合や、拾い主と落とし主が届け出た警察署が異なる場合は、見つけ出すことが困難でした。そこで、拾得物の情報を都道府県単位で集約し、それをネットでいち早く公開するサービスが始まりました。
持ち主の早期発見に結び付けるのが狙いですが、法改正の背景には、遺失物の増加があります。全国の警察署に届けられる拾得物は}年間で1222万点に及ぶそうで、これは32年前のデータの2倍以上、現在も年々増加傾向にあるそうです。しかも落とし物の保管期間は、品物の種類に関係なく6ヵ月と定められていたため、保管スペースの確保や管理だけでも相当なコストがかかっていました。そのため改正遺失物法では保管期間を3カ月に短縮、さらに、傘や衣類、自転車などの日用品で、かつ安価なものは、2週間以内に落とし主が見つからない場合は、売却するなどして処分されることになりました。
昨年12月の警視庁拾得物検索サイトへのアクセス数は、一日当たり平均210件に上っているそうです。時代に合わせて生まれ変わった遺失物法、落とし物探しが楽になったのは間違いありません

「落し物」を探したい人は、「都道府県警察における遺失物の公表ページ」にアクセスし、遺失したと思われる場所の都道府県警察をクリックすれば、「落し物情報」や「利用方法」を見ることができます。
リンク先のページでは、各都道府県警察の警察署が平成19年12月10日以降に提出又は届出を受けた拾得物件のうち、遺失者を知ることができず、又はその所在を知ることができないものについて公表されています。

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2008年01月28日

これぞ熱戦―大相撲初場所・千秋楽

白鵬、朝青龍の両横綱がともに13勝1敗で千秋楽を迎えた大相撲初場所。昨日の両国国技館は「白鵬」「朝青龍」の千秋楽の一番に館内は熱気に包まれました。賜杯の行方をかけた相星決戦は、期待にたがわぬ大熱戦でした。詰めかけた大相撲ファンはもちろんのこと、テレビなどで観戦している私たちも、両雄の本割決戦という「絵に描いたような千秋楽」に酔いしれました。
今場所は、昨年名古屋場所後の無断帰国や、サッカー騒動で出場停止処分を受けた朝青龍の再起場所でした。初日から場所は盛り上がり、千秋楽も1日としては史上最多の133本の懸賞がかかったそうで、両横綱の奮闘が、相撲人気に拍車を掛けました。その決戦、上限の50本に迫る48本の懸賞旗が土俵を回る中、お互いが、にらみ合いました。土俵間際で見ていた人たちはその「すごい熱気」に圧倒されたことでしょう。
激しい攻防の末、白鵬の上手投げに朝青龍が裏返ると大歓声と悲鳴が交錯しました。朝青龍の悔しがる表情が印象的でした。「お騒がせ横綱」は、「振る舞い」などの点でまだ少し問題があるようにも思えますが、3場所ぶりに復帰したこの成績は合格点だったと思います。
しかし、両横綱が外国出身力士であるということ、大関があまりにも不甲斐ない成績だったこと、寂しさを感じた場所でもありました。強い日本人横綱が早く現れることを願っています。
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2008年01月26日

柳下要司郎さんの「老舗の教科書」を読んで

柳下要司郎さんの「老舗の教科書」を読みました。
昨年、ジャーナリストの野村進さんが書いた「千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン」を読みました。野村さんの書では、世界の中で100年以上続くような老舗企業の数は日本が際立って多い理由や、その企業のたどった歴史や特徴などが紹介され興味深く読んだことを覚えています。今回の柳下さんの書は、その企業の中でも「養命酒」だけに絞って書いています。

養命酒が創業したのは1602年ですから、関が原の決戦(1600年)の2年後になります。今年は2008年ですから、創業から数えると405年が経過したことになります。野村さんの「…、老舗企業大国ニッポン」にも紹介してありましたが、日本最古では大阪市の建設業・金剛組の589年、飛鳥時代に創業による1400年以上の企業もあります。しかし、面白いと思ったのは「養命酒」という単一商品で400年以上の歴史を持つということです。

柳下さんは、長寿企業として「養命酒」という会社を採り上げる根拠を次の3つの点について焦点を当て、その秘密を解き明かしています。
1.長寿企業というが、その基準は何か。ほかにもこの会社をしのぐ長寿企業はたくさんあるのではないか。
2.ただ長く続いていればいいというものではない。優良企業としての評価は、どんな点においてなされるのか。
3.今までは優良な会社として長寿を保ってきたとしても、これからはどうなのか。過去の長寿に加えて、将来の長寿も見込めるのか。

私たち日本人は、「養命酒」という商品は普通名詞のようにほとんどの人たちが知っています。ちょっと古臭い感じる広告も新聞やテレビなどでよく見かけます。ところが、一見泥臭いと感じる広告にもそれぞれの時代で、したたかな広告戦略が見え隠れします。その歴史や媒体別の広告戦略を見てみると、「なるほどな」と納得もできます。

また、「養命酒」という商品も全く変わらないように見えますが、その歴史は絶えざる微調整の連続があり、その変化・調整の結果として、より一層「養命酒」らしいものの発見につながっているのです。「変わらない」ことは、変化を模索した一つの結論だったわけです。激動の時代、激変の世紀といわれる時代にこそ、「不変」のものにもっと思いをいたし、そこに「普遍」のものを求めることが重要だということに気付かされます。

「養命酒」は、「身体の弱い人」「胃腸の弱い人」「虚弱体質の人」などの方々に良く効きます。「老舗の教科書」は、「業績不振・構造不況・制度疲労」などによく効きます。超長寿企業「養命酒」の秘密を知れば、長生きするビジネスモデルの作り方にも通ずるものがあるかもしれません。(念のため…、養命酒から広告料は一切頂いていません)

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2008年01月25日

「日本国民であることを誇りに思う」人は93%

今日の読売新聞の1面に、年間連続調査「日本人」の記事が掲載されていました。この調査は、1987年3月から開始され、今年で30年になるそうです。
その1回目となる今回の調査は、「国家観」をテーマに12〜13日に面接方式で実施されました。今回、日本国民であることを「非常に誇りに思う」と答えた人は55%で、「少しは誇りに思う」は38%、日本国民であることを誇りに思う人は実に93%に達しています。「誇りには思わない」は6%に過ぎませんでした。この調査では同じ質問を1980年、86年、95年にも行っており、今回はいずれもこれを上回りました。
「日本の国や国民について、誇りに思うこと」の具体的内容を複数回答で選んでもらったところ、「歴史、伝統、文化」を挙げた人が72%で最も多く、「国土や自然」43%、「社会の安定・治安」「国民性」(各28%)などがこれに続きました。86年の同様調査に比べると、「歴史、伝統、文化」が19ポイント増えた一方、「教育、科学技術」が22ポイントの減の19%、「経済的繁栄」が17ポイント減の19%に落ち込みました。

「国民の一人として、ぜひとも国の役に立ちたい」との考え方については、「そう思う」が73%だったのに対し、「そうは思わない」は20%です。2005年の同様調査ではそれぞれ68%、28%で、国への貢献を前向きにとらえる意識が強まったことがわかります。
政府のあり方について、「小さな政府」と「大きな政府」のどちらを望むかを尋ねたところ、「小さな政府」が38%で、「大きな政府」の33%を上回りました。ただ、00年の同様調査と比べると、「小さな政府」を望む人は9ポイント減り、「大きな政府」を求める人は4ポイント増えました。この間に小泉内閣が進めた市場原理主義的な構造改革で、格差間題が深刻化したことなどが影響したようです。

日本国民であることを非常に誇りに思う人が、13年前に比べてぐっと増えていることは、グローバリズムの中で、日本が沈み込みそうになったことへの危機感の表れでしょう。市場原理主義、グローバリズムに踊らされた日本経済が駄目になって初めて、国民が日本の良さを知った、ということだと思います。日本の国や国民で誇りに思うことについては、「歴史、伝統、文化」「国土や自然」「国民性」が増えていますが、これは日本的なものに回帰しよう、見直そうという動きだと思います。
国の役割への期待では、「平和と安全を守る」「福祉充実」「経済発展」が上位にきていますが、今はこれらのどれも駄目だという声なのでしょう。年金、医療、福祉も行き詰まり、経済は改革をすればするほど悪くなっています。こうした国民の不満の裏返しがこの様な回答になったのでしょう。

国のあり方として、「小さな政府」を支持する人が減り、「大きな政府」が増えたのは、構造改革、市場原理主義の失敗に対する反省の表れでしょう。ここ数年で格差の問題などがはっきりと出てきました。市場原理主義とは、勝者と敗者に分けるもので、自由競争を行うと結局、強い者が勝ち続け、弱い者が負け続けるということに、国民がようやく気付いてきたということです。
環境や文化や伝統を守り、地方や中小企業に手をさしのべ、福祉などによって弱者を救うには、政府の規模がある程度大きくないといけませんが、ただ、政府の規制緩和や民間の自由競争を認める人が多数なのに、8割が格差の是正を求めている点は矛盾してもいます。
「国の役に立ちたい」「国を愛する気持ち」は若年層ほど低いのは、若い世代は国のことよりも自分のことで精いっぱいなのでしょうが、それが少し残念なことです。
今の若い人たちは本や新聞をあまり読まないから、日本の歴史や伝統があまり分かっていません。歴史、伝統、文化をよく知らなければ、国を愛する、尽くそう、守ろうという気持ちも出てこないと思います。日本が生んできた文化、伝統、情緒、美しい自然、芸術などを学ぶと、自然と日本を誇りに思うようになります。
世界一だった初等教育を思い起こし、国に誇りを持つような教育をすることが、いま一番求められているように思います。
祖国への誇りと自信がないと何もかもうまく行きません。
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2008年01月22日

東野圭吾さんの「探偵ガリレオ」を読んで

東野圭吾さんの「探偵ガリレオ」を読みました。この書は、1998年に刊行された推理短編小説集ですが、私がこのガリレオシリーズで最初に読んだのは、2005年に第134回直木賞を受賞した「容疑者Xの献身」でした。面白かったのでこのシリーズで最初に刊行された「探偵ガリレオ」を読みたいと思っていましたが、それから2年余り経っていました。

「突然、燃え上がる若者の頭」、「心臓だけ腐った男の死体」、「池に浮んだデスマスク」、「幽体離脱した少年」など警視庁捜査一課の草薙俊平が、説明のつかない難事件にぶつかった時、必ず訪ねる友人がいます。帝都大学理工学部物理学科助教授・湯川学です。その物理学者・湯川学が超常現象とも取れる不可解な事件を科学によって解明していきます。
草薙俊平と湯川学は大学時代からの親友です。怪奇な謎で、ともすれば暗くなるストーリーを湯川学の「ふざけん坊」のキャラクターが明るいものに仕上げています。草薙が訪ねてゆくと、「歓迎のノロシ」をあげて彼をビックリさせたり、喜ばせたりします。湯川は草薙との間に独特の距離感をおいて、あまり多くを語りませんが、非常に強い友情を感じていることが軽快でユーモアのある会話や行動の節々に読み取れます。

「解説」は俳優の佐野史郎さんが書いていますが、この解説も興味深く読みました。主人公である天才物理学者・湯川学の「探偵ガリレオ」は佐野史郎さんをイメージして書いたと、東野さんから聞いたと書いてありました。東野さんは以前、佐野さんが映画「夢みるように眠りたい」で演じた探偵役が印象に残っていて、探偵としての佐野さんをイメージしながらの創作だったのでしょう。また、佐野さんが出演した「特命リサーチ200X」という番組は、常識では説明のつかない難しい、奇怪な事件を科学的に捜査してゆくという、まさに、「探偵ガリレオ」と同じようなコンセプトの番組だったという偶然も単なる偶然なのか興味深いものがあります。題材として描かれている怪奇な事件や現象など、事件が起こるシーンがとても映像的なところも、そんなところからきているのでしょう。
このシリーズは、「探偵ガリレオ」「予知夢」「容疑者Xの献身」を合わせると210万部を突破しているそうで、昨秋「ガリレオ」としてテレビドラマ化もされました。常識を超えた謎に天才科学者が挑むミステリー、湯川学の謎解きの面白さに出会えます。

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2008年01月21日

最悪のコンディションでの男子駅伝

昨日、第13回全国都道府県対抗男子駅伝が広島市平和記念公園前を発着点とする7区間48キロで行われました。広島は朝から雨で、大会が始まる時間になっても降り続き、雨の中でのレースとなりました。寒冷前線と低気圧の影響で気温も3度くらいと最悪のコンディションでの大会となりました。
結果は、長野県が2時間21分6秒で2年ぶり、大会史上最多となる4度目の優勝を果たしました。2位は愛知、連覇を狙った兵庫は3位でした。長野は3区の佐藤(東海大)が福島、愛知をかわしてトップに立つと、4区の佐々木健、5区の村沢(ともに佐久長聖高)がいずれも区間賞の力走で差を広げて逃げ切りました。愛知は最終7区で長野に13秒差まで迫ってきましたが惜しくも及びませんでした。我が広島県は、8位入賞できるとの前評判でしたが、結果は24位でした。

私はテレビで観戦していましたが、時折、みぞれが混じりの雨が降り続く中、選手たちの懸命に走る姿に、また、沿道で寒い雨の中にもかかわらず、たくさんの人たちが傘をさして大きな声援をおくる姿に、胸を打たれました。
私の知人で白木農園の仲間の一人で、この会を運営する立場の人がいます。先日、お会いした時もこの日の天候をとても心配しておられました。前の日からの雨の対策の準備も大変だったでしょうし、当日がもっと大変だったと思います。でも、このコンディションの中、47都道府県がすべて無事に完走できたことが、何よりだったと思います。
大会関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。

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2008年01月19日

阿川弘之さんの「大人の見識」を読んで

阿川弘之さんの「大人の見識」を読みました。帯封に次のように書かれています。
「軽躁なる日本人へ」
急ぎの用はゆっくりと…
理詰めで人を責めるな
静かに過ごすことを習え…
<軽躁(けいそう)落ち着きがなく、かるがるしくさわぐこと>

阿川さんは、大変せっかちで、いつもイライラせかせかしていて、「瞬間湯沸かし器」という渾名を貰っていると、「序に代えて」の中で書いています。そんな阿川さんが肝に銘じているのは、幕末の外国奉行だった川路左衛門尉聖謨(かわじさえもんのじょうとしあきら)が彼の下僚言った「これは急ぎの御用だからゆっくりやってくれ」という言葉だそうです。
この書は、阿川さんが若いころからの具体的見聞や読書体験に即して、時代風潮の移り変わり、近代日本の不易と流行についての考えを話したものを編集したものです。
老文士の個人的懐古談として読んで、自分たちの叡智を育てる参考にしてくだされば幸いです。と。

本文の中でいくつか印象深いものを書き出してみました。
 
戦国武将の武田信玄の遺訓などから古来の日本人が静謐(せいひつ)に重きを置いてきたと書いています。その「武田信玄の遺訓」には、次のように戒めています。
一つ、分別あるもの悪人とみること
二つ、遠慮のあるもの臆病とみること
三つ、軽躁なるもの勇豪みること

懐古談の中で、『太平洋戦争突入の初戦の大戦果で国民の大多数が感激に浸っていたこと。ラジオ放送で、「帝国海軍は本8日未明ハワイ方面の米国艦隊並に航空兵力に対し決死的大空襲を敢行せり」と「大本営海軍部発表」を伝えるのを聞くや、今度は涙がボロボロ出て来て困った。』が阿川さんの当時素直な受け取り方だったようです。
その思い出を、7年前に、猪瀬直樹さん、秦郁彦さん、福田和也さん、中西輝政さんと僕と5人で、座談会をやった時、みんなに話したそうです。そうしたら京大教授の中西さんが、ギリシャの歴史家ポリュビオスの言葉を教えてくれたそうです。
ポリュビオスによれば、物事が宙ぶらりんの状態で延々と続くのが人の魂をいちばん参らせる。その状態がどっちかへ決した時、人は大変な気持よさを味わうのだが、もしそれが国の指導者に伝染すると、その国は滅亡の危機に瀕する。カルタゴがローマの挑発に耐えかねて暴発し、亡びたのはそれだとー。
さらにつけ加えて、中西教授が言うには、「この言葉、近代の英国では軍人も政治家もよく取り上げる決り文句。英国のエリートは、物事がどちらにも決まらない気持悪さに延々と耐えねばならないという教育をされている。世界史に大をなす国の必要条件ということです」。
それが英国流の大人の叡智か、自分にゃとても真似出来ないけどと思いましたよ。今でもそう思うんだもの、当時一文学書生の私に、そんなこと考え及ぶべくもなかったのは当然として、軍や政界の大物に、やはりそういう「必要条件」を満たそ
うとするエリート意識を持つ人が一人もいなかった。
と語っています。国際政治学者らしい中西教授の見識を、それを当時の自分の姿とオーバーラップさせながら当時80歳くらいの阿川さんが素直に受け入れることができることが素晴らしいと思いました。

テレビでリポーターが騒ぎ、タレントのばか笑いが聞こえる。現在の日本人は本当に『軽躁』に思えると…。時の勢いだけで行動していると、戦前の日本人のようにドイツのヒトラーにのぼせ、国民は衆愚に陥ることがあるので、よほど注意しなくてはならない。警鐘を鳴らしています。

阿川文学のエッセンスを詰め込んだ一冊は、「温故知新」という孔子の論語の一節で締めくくられています。
「子曰、温故而知新、可以為師矣」、<子曰く、故(ふる)キヲ温(たず)ネテ新シキヲ知ル、以ッテ師ト為ルベシ>
「『尋ねる』でいいのに、孔子は『温』の字をあてた。あたためたずねる。味のある言葉でしょう。と。
歴史の中に喪われてゆく日本人の美徳と倫理をあらためて問う作家生活60年の阿川さんの見聞です。

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2008年01月17日

中西輝政さんの「本質を見抜く『考え方』」を読んで

中西輝政さんの「本質を見抜く『考え方』」を読みました。この書の「まえがき」に中西さんは次のように書いています。
『正しい「ものの見方、考え方」というのは、できるだけいろいろな立場や視点からものごとに光を当て、曇った眼鏡や色眼鏡、歪んだレンズでものごとを見ないようにすることから始まります。
そのために何が大切かというと、すでにできあがっている他人の考え方に染まらないで、いかに「自分の頭」で考えるかということです。
一見もっともらしく見える他人の判断や見解を、そのまま自分の頭に取り入れるということは、もしかしたらとんだ色眼鏡や歪んだレンズに、自分の頭を支配されかねないということです』と。

中西さんは京都大学大学院教授であり、日本を代表する国際政治学者でもあります。また、歴代内閣のブレーンとして、つねに新しい情報を集め、検証し、活躍されている方です。大学教授が書くこの様な本は本来、専門用語や横文字が多く理解しにくい難しい言葉がやたらと多いのものですが、この書は実にわかりやすい、やさしい言葉で、書かれています。
本文の中でも、『「むつかしいことをやさしく」表そうとすることで、考えは進む。またその単純で簡単な考え方こそが、実際の世の中では役に立ち、考えを人に伝えようとするときにも威力を発揮する。』と書いています。

中西さんは書の中で、繰り返し歴史を学ぶことの大切さを訴えています。英国に留学していた際、その恩師の発した言葉が印象的です。「いろいろと理屈をこねる人は多いけれど、人間の世の中に関する学問は、すべて歴史に還元できる。歴史から考えることが大事なのだ。」
また、その国の「精神的支柱」を形作ったものは何か、という視点で神話や歴史を学ぶことは、とくに大切です。「歴史を重視して考える」ということは、何がどう変わったか、なにがどう新しくなったかを考えるよりも、「何が変わらないものなのか」を考えること。そして、「変わらないもの」をつねに意識しているところから本当の創造性が生まれる。など、歴史から学ぶ視点にとても共感を覚えました。
最近は、パソコンやインターネットの発達などにより、変化の速度は飛躍的に上がったように見えます。しかし、国の行動様式や大衆の発想のパターンなどといった重大な事項は、10年以下のサイクルで変わってしまうことなどないと思います。
私たち日本人は、新しく見えるものだけに飛びつく、「トレンディ」な発想に弱すぎます。「これは新しい!」と飛びつくと、それに振り回され、「変わるもの」ばかりに目を向けて、「変わらないもの」について考える視野を失っているように思えます。
イギリスでは「It is old.」という言葉は、「それはいい」という意味がこめられているそうです。「古い」という言葉が「いい。信用できる。親しめる」という意味で使われていることに、留学生のころカルチャーショックを受けたと書いてありました。
今の日本では「It is old.(それは古い)」と言われたら、「それは間違っている」に等しい言葉になります。この言葉に私たちは、たくさん学ぶべきものがあると感じました。
「自分の頭で考える」ことを始めるために、多くの若い人達に読んでいただきたい一冊です。

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