2007年12月31日

孫娘と一緒に「年越しそば打ち」


sobauti2007.12.31-1.jpg今日午後、娘一家が孫娘と一緒に帰省してきました。
到着して、一段落した後、孫と年末に約束しておいた「年越しそば打ち」をしました。昨年の「年越しそば」は息子と打ちましたが、今年は孫娘とですから喜びもひとしおです。
そば粉をふるいにかけるところから始まり、水回しまでは主に私が担当しましたが、こね、伸ばし、丸だし、角だし、四つだし、などの各工程は二人で協力し合い、折りたたんだ後、切る作業は孫を中心にわたしと交互に切ってゆきました。
これを冷蔵庫で保存しておき、紅白歌合戦でも見ながら「年越しそば」を全員で食べようと思います。
孫も一緒に家族そろって、一つの事をやり遂げるのは嬉しいものです。孫娘も喜んでくれ、とても良い思い出になったと思います。
このそば粉も小麦粉も私たちが白木農園で栽培したものです。純粋な地元産のものを使った蕎麦は本当に贅沢なのでしょうね。
来年1年がいい年でありますように…。

sobauti2007.12.31-2.jpg孫娘と年越しそば打ちを楽しむ
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2007年12月28日

読後感想が書けない…

今月に入って読後感想をブログに全く書いてないことに気づきました。11月30日に南伸坊さんの「笑う茶碗」を書いて以来書いていません。この間、全く読書をしなかったわけではありませんが、落ち着いてブログを書ける状態ではなかったような気がします。
ただ、12月に入ってからは読書の時間があまりなかったのもまた事実です。この間に読んだ本は、氏家幹人さんの「サムライとヤクザ-「男」の来た道」、日本論点編集部編の「10年後のあなた」、清水辰夫さんの「裂けて海峡」、中西輝政さんの「本質を見抜く−考え方」、内田康夫さんの「靖国への帰還」、阿川弘之さんの「大人の見識」などです。
読後感を書く気になれなかったのは、12月の初旬に読んだ2冊の印象があまり良くなかったからだと、今頃になって思い返しています。「サムライとヤクザ」「10年後のあなた」はいずれも新書ですが、書店でタイトルが面白そうで何気なく購入したものです。
「サムライとヤクザ」は、「戦う男」はどちら?、と「男道」の江戸時代史を書いているのですが、よく考えてみればサムイとヤクザを同列に並べてそれを比較することに初めから無理があったと思います。氏家幹人さん自身もエピローグの終わりでこんな風に書いています。
「サムライとヤクザ」というテーマは、江戸時代男性史の領域にはとてもおさまりそうにないようだ、と。
また、そしてなによりこの奇妙な本に最後まで付き合ってくれたすべての読者に、謝意を表したい、とも。
最後に記載されている「「主な参考文献」は130冊にも及びます。多くの書を読み参考にしていることには敬意を表しますが、「○○氏の本に」「△△と書いてある」この様な記述が多すぎて読みづらく、氏家さん自身の考え方が少なく、何が訴えたいのかが良く分かりませんでした。まさに、奇妙な本かもしれません。
また「10年後のあなた」は、人口減少、超高齢化、格差拡大など日本社会を襲う激変が10年後にどのような影響を及ぼすかを、8つのシュミレーションから、予定された未来の姿を描き出そうとしているのですが、読み進めてゆくうちに暗い気持ちになってゆきます。「備えあれば憂いなし」ということなのでしょうが、「備えても心配ばかりが残る」ように思えるのは妄想なのでしょうか。
この2冊斜め読みでしたが、良い印象が残らないのは私自身の未熟さなのでしょうか。
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2007年12月27日

たった7日しかなかった昭和64年

昨夜、テレビ朝日系列の番組で、「ビートたけしが斬る!実録!大河スペシャル 昭和の真相〜1989年!つづく。で終わる物語」を見ました。ビートたけしさんが歴史を語る特別番組です。「1989年」という年にスポットを当て、昭和という時代をつくり上げた大物たちの意外な繋がりや秘話を掘り起こし、現代の日本に繋がる知られざる昭和史の真実に迫るという番組でした。
1989年という年は、世界レベルではベルリンの壁が崩壊し、天安門事件が起こった年です。また、この年は、たった7日しかなかった昭和64年でもありました。

昭和天皇が1989(昭和64年)年1月7日に崩御されました。そして、その年、昭和を代表した人たちが昭和天皇に連れ添うように亡くなっています。昭和の歌謡の女王・美空ひばりさん、また、経営の神様といわれた松下電器の創業者・松下幸之助さんも逝っています。日本中が、世界が大きく変わった年でした。

昭和天皇が最も信頼を寄せていたという当時の侍従、卜部亮吾さんの日記を基に、昭和天皇の体調が心配され始めたころから崩御の瞬間までに宮内庁で何が起こっていたのかを紹介。ほかに美空ひばりさんと作詞家の阿久悠さんの隠された真実など。また、たけしさんや美輪明宏さんらが当時の懐かしい思い出やVTR出演者たちにまつわる記憶などを熱く語り合っていました。さらに昭和とは何だったのか、昭和から平成に変わった89年を境に日本は何を失い、日本人がどう変質したのかを考える番組でした。歴史の好きな私はとても興味深く見ました。

昭和という時代とともに、これまで日本人が大切にしてきた「こころ」が失われてしまいました。新しいものを作ろうとするときは、一時期、古いものを一度壊してしまう場合があります。壊されたものの中で現在は、いろいろな物を模索している時代で、良いものも、そうでないものも交じり合って雑多に転がっています。汚職、ワーキングプア、格差、偽装表示、自殺サイトなどなど、並べれば限がないほど暗の部分が列挙できます。
しかし一方で、秋川雅史さんの「千の風になって」のCDが100万以上枚売れたり、フジ子・ヘミングさんのクラッシクのピアノ曲が90万枚以上売れるなど、雑多なものの中から本当に良いものを探し求めているようにも思えることもあります。

人間社会には、古くから「二律背反」といえる対立・矛盾する幾組かの価値が存在してきました。たとえば、いまの日本をという国を見たときに浮かび上がってくる「物と心」「進歩と伝統」「個人と共同体」といった組み合わせを考えたとき、いまはどちらか一方に偏っています。
世の中は、これらのどちらか、とくに物とか進歩、個人といった一方に偏った価値に比重がかかると、その当座は繁栄しているように見えますが、いずれ社会に無理が生じ、活力を失って衰退の原因になってゆきます。いま、日本の状況がまさにこの様な状態だと思うのです。これらの一見対立するかに見えた価値が、バランスよく共存してこそ社会がうまくゆくのです。昭和という時代に大切にされてきた価値観、平成になって新しく生まれた価値観、そのどちらも大事な価値観をバランスよく引っ張ってゆくことが政治に求められています。そして、私たちひとりひとりもこのことを自覚し、自らが責任ある者の一人として振舞うことを求められています。
歴史を見てゆくとき、学ぶべき多くのヒントがあります。この番組にはこの様な隠れた多くのヒントもあったように思えました。

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2007年12月25日

公認のサンタクロースの資格を得るには


誇熟ス351.jpgクリスマス・イブの昨夜は、子供のいる家庭ではプレゼントが届けられたことでしょう。クリスマスケーキを食べながら、家族団らんの楽しいひと時を過ごした方も多いと思います。広島のサンタクロースとして兵庫に住む孫娘にはプレゼントを送っておきました。その礼の電話が昨夜かかってきて、しばらくの間、広島のサンタクロースは孫娘と話をすることができました。

先日、NHKのクイズ番組を見ていた時、公認のサンタクロースがいることを知りました。そのクイズ番組は、「資格を得るために必要な条件は何か?」という問題でした。その解答は、「子供がいること」、「体重が120s以上であること」でした。興味を持って調べてみると、デンマークに本部のあるグリーンランド国際サンタクロース協会が公認するのだそうです。いわゆる『公認サンタクロース』になるには、まず、下記の条件をクリアしていることが必要となります。

・結婚していること
・子供がいること
・体重が120s以上であること(衣装など装備含む)
・毎年、真夏のデンマークで開かれる世界サンタクロース会議に出席してのライセンス更新をすること
・上記の会議出席の際に、自宅からサンタクロースの衣裳で向かうこと(移動の途中で脱いではないらない)
・他国のサンタクロースとコミニュケーションできること

上記資格を満たすものは、グリーンランド国際サンタクロース協会の試験を通過することで、晴れて公認サンタクロースとなることができるそうです。試験科目には、プレゼントを持っての煙突登り、クッキーの早喰い等の体力試験や長老サンタクロースとの面接などだそうです。
グリーンランド国際サンタクロース協会が公認するサンタクロースは、2006年現在、世界で約180人いるそうで、その中にはアジアでただ一人の日本人もいるそうです。「結婚していること」「子供がいること」以外の条件を満たすことができる人はそんなに多くないのでは…。

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2007年12月24日

サンタさんも参加しての作業納め


satoimo2007-1.jpg今日12月24日は、農業塾OB会・白木農園の今年最後の作業日でした。今日は天皇誕生日の振り替え休日もであり、20名と多くの会員が集まりました。作業内容は来年植えるサトイモの種芋を保存・保管する作業です。
サトイモ・リーダーのAさんからの説明を受けて、作業を分担して行いました。サトイモを掘り起こすグループと種芋を保存・保管する場所を造るグループに分かれて作業が始めました。
種芋を保存する場所の周りに溝を掘り、雨水が流れ込まないようにしておきます。種芋を置くところは一段高くして、その植えに藁を敷き、藁の上に種芋を並べてゆきます。種芋を並べた上に籾殻をかけ、さらにその上にまた藁をかけました。藁の上を土で覆い、その上にはマルチで使ったビニールをかけました。
サトイモは、熱帯の植物だけに寒さにはとても弱く、また、水にぬれては腐ってしまいますので、保存には結構注意しなければいけません。細心の注意を払って作業しました。これで来年のサトイモの種芋が確保できました。

12月下旬でしたが、天気がよくて、あまり寒くなく、絶好の作業日よりでした。今年最後の作業も午前11時にはすべて無事終了しました。残ったサトイモは、今日の作業に参加者した人に等分に分配されました。参加した者は嬉しいクリスマス・プレゼントのサトイモを持っての帰宅となりました。

satoimo2007-2.jpgクリスマス・イブでサンタクロース(?)も参加!!
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2007年12月21日

今週3度目の忘年会


白木・忘年会2007.12.jpg昨夜、白木農園パソコン同好会の忘年会がありました。16日、18日、20日と飛び石3連続の忘年会でした。
いずれも楽しい忘年会でしたが、一番盛り上がったのが最後の20日の忘年会だったと感じました。
先日、12月13日に開催したパソコン同好会が丁度130回目にあたりました。3年7ヶ月も続いているパソコン教室は他にないと思います。今日の忘年会には、一人の欠席者もなく、会員全員16名が出席するというのが凄い会です。これまで、何の繋がりもなかった者が集まって作った同好会で、忘年会の出席者が100%というのも他では考えられないことだと思います。
この日は、広島市の中心部で、暖かい鍋料理を囲んでの懇親会になりました。飲食が一段落したところで、一人ずつ自分とパソコンとの係わり合いについて3分間ずつのコメントがありました。
この会に入会した目的、パソコンを生活の中で役立てていること、パソコンと係わったいきさつ、これからやりたいことなど、楽しくイキイキとした発言がありました。
この会も熟年の方たちばかりですが、行動や発言が前向きでとても明るく、楽しく、積極的です。年齢を全く感じさせない方たちばかりです。パソコンという道具を通じて楽しい交流をこれからもずーっと続けてゆきたいと感じました。
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2007年12月20日

年賀状の季節

今年も年賀状を作成する時期になってきました。今年もまたパソコンで作っています。パソコンで年賀状を作り始めたのは、パソコンを購入した8年前からです。それ以前は、すべて毛筆で書いていた時代、木版画で作った時代、そして、「プリントごっこ」という年賀状作成キットで作った時代、と変遷してきました。しかし、パソコン以前は、宛名面はすべて手書きでした。だから、かなり早くから準備する必要がありました。
近年受け取る年賀状は、印刷されたものか、パソコンで作られたものが殆んどです。私が受け取る中で、両面毛筆やペンなどでの手書きの年賀状が数枚ありますが、貴重品です。
私はパソコンで作成しても、疎遠になっている方やお世話になっている方などには、ひと言コメントを手書きすることにしています。
今年も家族4人分の賀状のデザインを作成しました。妻は毎年、自分で作成した銅版画やペン画のデザインを使っているので、全くのオリジナルです。それをパソコンに取り込んでデザインを作成します。宛名面は家族4人とも、すべてパソコンで印刷します。明日以降約400枚を印刷し、元旦には配達される、25日までにはなんとか投函できそうです。

郵政民営化で日本郵便になってから、減少していた年賀ハガキの販売にも力を入れています。来年の干支である子(ね)年生まれの女優、涼風真世さんが「1年で最初に届くプレゼント。1枚ずつ気持ちを込めて書いてください」と呼びかけて、前年比3%増の39億1650万枚で、4年ぶりに前年を上回ったといいます。
1年一度届くハガキ一枚ですが、友人、知人の無事な様子を確認する意味では、それなりの効用もあります。年賀状、これはもう日本人の「しきたり」の一部になったのでしょうか。

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2007年12月19日

湖畔での忘年会


湖畔での忘年会.jpg昨日は、豊栄町のパソコン教室の方たちと、豊かな自然なあふれる大和町の白竜湖畔で忘年会をしました。11時半に迎えのマイクロバスに乗り、20分ほどで着きます。
白竜湖畔にあるこの宿は、澄んだ空気と美しい水、里山、田園が広がるのどかな風景の中にあります。ここでは時がゆっくりと流れ、豊栄パソコン教室の方たちとの語らいの場としては最適です。
参加者13名のメンバーは熟年の方たちばかりですが、中にはまもなく80歳になる方もいます。80歳近くなってもなおパソコンを楽しもうとする姿勢には頭が下がります。
日頃、教室ではあまり話せないような農業のことや家族のことなど、愉快に、楽しく、美味しい料理とともに会話がはずみました。温泉も貸切状態で、大風呂に浸かってのんびりする人もいました。初冬のひと時、湖畔に静かにたたずむ宿で、3時間あまり至福の時を過ごすことができました。
「細くてもいいから長くのんびり続けてゆこう」これが、この会のキャッチフレーズです。


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2007年12月17日

楽しかった白木農園忘年会


bounenkai2007.jpg昨日、農業塾OB会・白木農園の懇親・忘年会が広島市の中心街でお昼の12時から開催されました。
参加者は、都合がつかずに欠席の方もありましたが、奥さんを同行された方や、また、新規入会の会員もあり、総勢では昨年より少し少ない33名でした。
はじめに、会長のTさんの挨拶があり、続いてゲストの挨拶、乾杯と続きました。
歓談に入ってまもなく、各作物のリーダーからの報告が行われました。
そばの栽培、小麦の栽培、大豆の栽培、サトイモの栽培について、播種から収穫にいたるまでの詳しい報告がされました。今年は夏場が特に暑く、天候の幸運にも恵まれた作物もありましたが、黒大豆のように獣害にあったり、水不足などで出来具合がいまひとつのものもあった事などが報告されました。
その後、グループ活動の報告もありました。ナシの栽培部会、トマト部会(空宙トマト)、パソコン同好会、旅行同好会から、それぞれのグループで皆さんが楽しくイキイキと活動している状況が報告されました。
新入会員の自己紹介やカラオケなどの披露もありましたが、3時間があっという間に過ぎました。
司会進行は、昨年同様人気者のMさんが務めました。Mさんの名司会ぶりのお陰で、みなさん愉快に楽しむことができましたと思います。
農業塾OB会・白木農園の仲間の人たちは、気心の知れた明るく楽しい人たちばかりです。年間を通じて、楽しく交流できる嬉しさをこれからも大切にしてゆきたいと改めて感じました。

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2007年12月15日

黒大豆の悲しい脱穀作業


kuromame2007-1.jpg今日12月15日は農業塾OB会・白木農園で栽培した黒大豆の脱穀です。年末に会員に分配し、その黒大豆で正月の黒豆が作れる予定でした。ところが、成長して実が入り、枝豆として一番美味しい時期にイノシシに殆どを食べられてしまいました。白大豆のときは、脱穀機を使っての脱穀作業でしたが、今日の黒大豆はイノシシの食べ残しの僅かな量を脱穀するのですから、脱穀機など全く必要としません。午前9時から参加者21名で作業を開始しましたが、乾燥しておいた黒大豆を枝からひとつひとつ手作業で莢をもぎ取りました。人数も多いので1時間もかからないうちに完了しました。その量たるや昨年のように会員に分配できる量などとてもありません。1月に開催される「かき餅つき」の時に、もちに入れる黒豆がやっと確保できるかどうかのくらいの量でしょう。イノシシも白大豆より黒大豆のほうが美味しいというのを知っているのでしょう。
朝は天気が良かったのに、作業する者の気持ちを反映してか、途中から曇り始め気温も低くなってきました。
それでも、10時の休憩は会員のOさんが用意してくれた暖かいコーヒーや紅茶で、これも会員が差し入れてくれた手作りのスイートポテトやもみじ饅頭を頂き、気を取り直して、白大豆の袋詰めをしました。
幸い白大豆は、栽培面積が広かったこともあり、200kg以上の収穫がありました。来年の種子を確保し、残りを1キログラムずつ袋詰めしました。1月の豆腐作り教室が開催されるころ、会員に分配されます。豆腐を作り、味噌を作っても十分に分配できる量です。ただ、昨年の白大豆のほうが、粒も大きく、艶があったように感じました。収穫が少し早かったのかもしれません。栽培って本当に難しいですね。毎年、学ぶことがたくさんあります。

kuromame2007-2.jpg白大豆の袋詰め
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