2007年08月31日

吉村 昭さんの「ひとり旅」を読んで

「戦艦武蔵」などの歴史小説作家として知られる、吉村 昭さんの遺作エッセイ集「ひとり旅」を読みました。この本の「序」は、「玩具」で芥川賞を受賞した吉村さんの妻の津村節子さんが書いています。
吉村さんは平成10年夏に亡くなりました。死後も未発表の短篇を含めた遺作集やエッセイ集が出版されていますが、更に今回未発表の一遍を収めた「ひとり旅」が編まれました。

吉村さんは2005年春、舌癌と宣告され、さらに膵臓癌も発見され2006年2月には膵臓全摘の手術を受けました。退院後も短篇の推敲を続けましたが、同年7月30日夜、膵臓癌のため東京都三鷹市の自宅で療養中に看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、自ら点滴の管を抜き、次いで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、その数時間後、7月31日午前2時38分に79歳で逝去したそうです。武士の切腹のような見事な死に際だと思います。

吉村さんは、地道な資料の収集・整理、現地調査、関係者のインタビューなど、緻密なノンフィクション小説(記録小説)を書くことで有名で、人物の主観的な感情表現を省く文体に特徴があります。
海を題材にした歴史小説を多く書いていますが、徹底した史実調査は定評があります。「戦艦武蔵」に端を発する近代日本戦史を題材とした「戦記文学」と言うジャンルを確立したのは吉村さんであるとも言われており、史実と証言の徹底的な取材と検証、調査を基にした事実のみを描く作品群には定評がありました。
「吉村さんほど史実にこだわる作家は今後現れないだろう」といわれる言葉が象徴するように、フィクションを書く事を極力避け、江戸時代のある土地の特定年月日における天気までも旅商人の日記から調査して小説に盛り込むということまで行っています。

そんな吉村さんの取材の方法や現地調査の苦労話などがこの「ひとり旅」には紹介されています。
その中の「生麦事件」では、薩摩藩の大名行列に馬に乗ってそばを通り過ぎようとしたイギリス人のリチャードソンが接触します。それで、奈良原喜左衛門という藩士が刀を振るって、リチャードソンの脇腹を斬り払って、肩から斬り下げたのですね。ところが吉村さんはちょっとおかしいと思い始めます。というのは、リチャードソンはアラブ系の大きな馬に乗っています。その大きな馬に乗っているリチャードソンの脇腹を払うのはいいけれど、果たして肩から斬り下げられるだろうか。その疑問を解決するためにその日の午後、飛行機で鹿児島に行き、史家を訪ねて、それが間違いのないことを確認するのです。小説では、たった2行のためにその日のうちに鹿児島まで飛んで確認する。そうしないと筆が前に進まなかった、と書いています。
吉村さんの真面目で誠実で暖かい人柄を感じ取る事のできる一冊です。

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2007年08月30日

朝青龍、無言の帰国

2場所の出場停止や謹慎などの処分を受け、ストレスに起因する精神疾患の「解離性障害」と診断を受け、日本相撲協会から帰国治療を承認された横綱朝青龍が昨日午後6時成田発ウランバートル直行便でチンギスハン国際空港に到着しました。
チンギスハン国際空港では、迎えの車が直接、空港ターミナルに入って横綱一行を乗せ、報道陣には一切、到着の様子を見せませんでした。空港関係者は、「こうした対応は大統領ら要人並み」と言っています。慈善活動団体の「朝青龍基金」関係者によると、横綱到着を妻のタミルさんら家族が出迎えたが、「朝青龍は表情を変えず無言だった」と言います。
成田を出発する際も、朝青龍は空港で報道陣の前に姿を見せましたが、始終無言でうつむいたまま、300人を超える報道陣の呼びかけにも一切、応じていませんでした。
帰国には師匠の高砂親方と精神科医の本田昌毅氏も同行していました。曰本へ戻る時期については未定だそうですが、高砂親方は「療養を見ながら医師の判断を仰ぐ」と話していたそうです。

この帰国の風景をテレビのニュース番組で見ましたが、何だかとても情けなく悲しく思いました。
朝青龍は帰国に際して、相撲ファンのためにも謝罪のメッセージを広報を通じて出すべきです。それを無言のまま帰国を許す日本相撲協会や高砂親方の無神経ぶりには驚かされます。この様に朝青龍を甘やかせ、横綱としての品格などの教育をして来なかった事が今回の事件の発端になったのだと考えます。相撲ファンあっての大相撲だと言う事を日本相撲協会や高砂親方、それに横綱朝青龍は忘れています。大相撲の人気が凋落しているのも、相撲ファンを顧みない日本相撲協会のこうした姿勢にあるのだと言う事を認識すべきです。
また、マスコミの取材のあり方にも疑問を感じます。朝青龍は「解離性障害」という精神疾患の診断が下された病人です。その病人に対する取材に300人を超える報道陣が取り囲むと言うのも異常な事です。また、飛行機の中までカメラを持ち込み撮影を続ける報道の姿勢には呆れてものが言えません。

朝青龍の帰国期間は期限が定められず、解離性障害が完治するまで滞在するといいます。治療と関係のない問題行動をとれば、日本相撲協会から解雇される可能性もあるとの談話です。しかし、「 治療と関係のない問題行動」をまだ起こす可能性があると日本相撲協会が考えているなら、朝青龍はすでに横綱の資格を失ったも同然です。朝青龍の帰国問題では、日本相撲協会や高砂親方の対応に大いに不満を感じる大相撲ファンにひとりです。

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2007年08月29日

感動的だった皆既月食

月が地球の影に隠れ、暗くなる皆既月食が昨日夜、一部の地域を除く日本全国で見ることができました。。望遠鏡や双眼鏡などの器具はなくても肉眼で十分に楽しめる天体ショーでした。天文ファンだけでなく、夕方から月食が始まると言うので、子どもや家族連れも楽しみやすい良い条件でした。天気予報では、本州は雲に覆われると予想されていましたが、幸運にもその予想ははずれ、広島市では夕方まで雲に覆われていた空から雲が消え素晴らしい天体ショーを観測する事ができました。見逃すと次は2年後で、しかも寒い冬の夜になるとのこと、夏休みの最後を親子で楽しんだ方も多かったことでしょう。

私が東南の空を見上げた時は、もうすでに皆既月食になっていました。暗い空に赤銅色の月がうす暗く光っていました。
皆既月食になって、8時半ごろまでその状態が続いていました。それから徐々に月食が終わりを告げ、少しずつ明るい月が顔を覗かせ、9時20分すぎ頃には満月の明るい月になっていました。
皆既月食中の月が赤黒く見えるのは、地球の大気で屈折して影の中に入り込んだ太陽光のわずかな赤い光に照らされ、この様な色に見えるのだそうです。この色合いは、大気中のちりの量によって月食ごとに微妙に異なるそうですが、見る地域によっても違ったのでしょうか。
この魅惑的な天体ショーが終わって間もなく、広島の空は雲が姿を現し、月を隠してしまいました。この夜を楽しみに待っていた人たちへのプレゼントだったのでしょうね。欠けた月が山の端から昇ってくる場面は見逃しましたが、赤銅色の光を放つ月を見ることができ感動しました。


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2007年08月28日

「背水の陣」、安倍流サプライズ内閣誕生

27曰発足した安倍改造内閣は、自民党内の実力者を重要ポストに配置し、重厚な布陣を印象づけました。一方で、テレビ出演が多く、知名度の高い舛添要一参院議員を厚生労働相、前岩手県知事の増田寛也氏を総務相に抜てきしたほか、公務員制度改革に力を入れた渡辺行政改革相を留任させるなど、斬新さや安倍カラーの演出にも気を配っています。
サプライズ人事は、都市と地方の格差問題に取り組む総務相に前岩手県知事の増田寛也を抜てきしたこと、参議院選挙後「官邸は危機管理能力ゼロ」と切り捨てた舛添要一参院議員を厚生労働相を起用した事でしょう。

改革内閣の陣容については、「重厚な布陣」という評価の一方で、自民党三役と合わせると、党内9派閥のうち、5派閥の領袖を入れるという、「挙党態勢という名の派閥均衡人事」との批判もあるでしょう。
要は、「背水の陣」となる新内閣は、政府・自民党を立て直し、実績を残せるかどうかです。
安倍内閣の最大の弱点は反射神経の鈍さにあったと思います。年金記録漏れの処理でも、問題閣僚への対応でも、「研ぎ澄まされた素早さ」が欠落していました。そこをまず克服する事が大事でしょう。

行き過ぎた市場原理主義を正し、「格差」を地方への配慮も忘れずに是正すること。希望の持てる、安心できる社会保障制度を確立すること。など、「憲法改正よりも生活が大事」が参議院選で示された国民の意思でもあります。が、しかし、政治が国民生活を重視するのは当たり前の事で、二者択一の問題ではないと考えます。世界の大きな潮流も見据え、あるべき社会や国家の姿を示すのも政治の責任です。その意味で、憲法論議も重要な柱の一つだと思います。
参議院での与野党逆転という状況で、「戦後レジームからの脱却」、「消費税問題」など根本的な課題に与党全体が臆病になっています。しかし、首相は何のために「茨の道」を選び続投したかという、初心を忘れてはならないと思います。国民の声に耳を澄ましながら自分の為そうとしていることを理解してもらえるように全力を傾注することです。
「人事をつくして天命を待つ」、安倍首相の今の心情を一言で現せばこんな言葉なのでしょうか。

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2007年08月27日

第53回江戸川乱歩賞受賞作「沈底魚」を読んで

曽根圭介さんの第53回江戸川乱歩賞受賞作「沈底魚」を読みました。
「沈底魚」とは、長期間普通の市民として素知らぬ顔で暮らし、社会的な地位や信用を得てから活動を開始するため「覚醒の指令」を待っている情報機関の工作員のことです。
アメリカに亡命した中国人外交官が、日本の国会議員に中国の沈底魚がいることを暴露したことが、事件の発端になります。さらにそれを裏付けるように、ホトトギスという謎の情報提供者が、沈底魚が中国に洩らしたと思われる機密文書を外務省に送りつけてきます。警視庁外事課は早速、沈底魚捜査本部を設置します。沈底魚を追う警視庁外事課の刑事たちは、真偽のわからぬ情報に混乱され、捜査は思わぬ方向に進んでゆきます。
主人公の目を通して語られる登場人物たちは、皆一様に国家や組織の思惑に翻弄され、ある者は悲劇的な最期を迎えます。国家間の非情で荒涼とした諜報戦の物語です。
真相究明に暗躍する公安刑事たちのリアルな描写が秀逸のスリリングな公安ミステリーですが、細部のツメが少し甘いようにも感じました。

著者の曽根圭介さんは変わった経歴の持ち主です。大学時代、「ありきたりな人生は嫌だな」と考えますが、やりたいことを思いつかず、とりあえず身を持ち崩して退路を断つことにしたそうです。
大学を中退したときは「これで道をはずれた」とホッとしたとか。それでも念のために、仕事は傾きかけたサウナの店員を選びます。案の定、店は潰れ、次に働いたのは地下の薄暗い漫画喫茶でした。「いい感じだ」と思ったのも束の間、時流に乗って支店が増え、給料と役職が上昇しはじめたことに危機感を抱き、辞表を出します。公園であんパンと水だけの食事をしながら、「順調に人生の階段を下っているな」と感慨に耽っているとき、ふと気がついたそうです。
いつの間にか、身を持ち崩すことが人生の目的と化している。そこで、一念発起して図書館に通い、長編の二作目にチャレンジ。今回の受賞作となった「沈底魚」を書き上げました。
「今後はありきたりな人生ではなく、ありきたりな価値観に抗う、作家をめざしたい。」が受賞の言葉です。

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2007年08月24日

ソバの発芽


soba2007.8.24-1.jpg豊栄に行く途中、白木農園に寄りました。先日8月18日に播種したソバの発芽の状況を見るためです。今日が6日目ですが、ご覧のように発芽していました。昨年より少し深く覆土したので6日目ですが、まだ3センチくらいです。18日のブログにも書きましたように、今年も丁寧に種まきをしたので、密集の具合が多からず少なからず理想的な状態だと思います。
今年は例年より気温が高く、雨も少なかったので発芽が遅くなるのではと心配していましたが、先日の2回の激しい夕立が良かったのでしょう、ご覧のように発芽しています。私たちの心配する気持が届いたのでしょう。ただ、昨日発表された長期予報では、厳しい残暑の日が続くと言っていました。この暑さがソバの生長にあまり良くないのでは心配します。

先日のブログにも書きましたが、播種の遅れた黒大豆の生長も心配でしたが、残暑と激しい夕立が黒大豆の生長を促進してくれたのでしょう、白大豆にかなり追いついてきたように思えました。


soba2007.8.24-2.jpg黒大豆の生育状況
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2007年08月23日

夏の甲子園、広陵3度目の決勝も涙!!

甲子園球場で22日行われた第89回全国高校野球選手権大会最終日の決勝で、40年ぶり3度目の決勝進出で初制覇を狙った広陵は、またも涙をのむ結果に終わりました。佐賀北が5−4で広陵に逆転勝ち、2度目の出場で初優勝を遂げました。
試合は広陵が2回に2点、7回には投手・野村の二塁打で2点を追加し、4−0とリードしていました。野村投手は7回まで佐賀北打線を1安打に抑えて素晴らしいピッチングをしていました。この時点では、球場で観戦している人も、テレビやラジオで中継を視聴している人も広陵の優勝を信じたに違いありません。
しかし、8回の裏、劇的な逆転で佐賀北が初の栄冠を手にしました。佐賀北は4点を追う8回、1死から連打と2四球でまず1点。さらに3番副島が左翼席に飛び込む劇的な逆転満塁本塁打を放ち、5―4と試合をひっくり返しました。7回までわずか1安打に抑えられながら、終盤のワンチャンスをものにし、佐賀北が参加4081校の頂点に立ちました。救援の久保も力投し、佐賀北の再三の堅守も光っていました。佐賀北は延長引き分け再試合を含め、1大会では史上最多の73イニングを戦い抜きました。

この試合の観衆は満員の5万人、15日間の総入場者数は77万人だったそうです。テレビやラジオなどではどれだけの人たちが各校に声援をおくっていたことでしょうか。広島県人の一人としては、広陵が優勝できなかった事は誠に残念ですが、いつまでも心に残る良い試合を見せてくれたことに感謝したいと思います。感動をありがとう。そして、お疲れさま。

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2007年08月21日

柴田翔さんの「贈る言葉」を読んで

柴田翔さんの「贈る言葉」が発行されたのは、私が就職をして間もなくの頃だったと思います。卒業してからは小説を読むことを止め、仕事に有益な書籍を読み始めた頃でした。「贈る言葉」は当時話題になり、ベストセラーにもなりました。読みたいと思いながらも当時手にすることのなかったこの本の<復刊本>を先日書店で見つけて購入して読みました。
この時代は大学紛争が全国で激化し、東大の入試試験が中止になり、反戦フォーク集会が流行し、「70年安保」の狂騒の時代の振り子が、最大にゆれた時でもありました。
当時の学生や若者達は、自分の思想や発言や行動を正当化するために「人生」、「恋愛」など個人の問題までをも正面から抉り、観念化して理論武装する傾向にありました。柴田翔さんの作品は、肥大化した観念に苦しめられる若者や、学生運動を嫌悪しつつ、それでもデモだけは見に行くような、思想と観念の烈しさの中でのたうちまわる多くの若者に受け入れられたのだろうと思います。40年以上を経たいまこの時代の若者の心情を理解できる人たちがどれほどいるでしょうか。

「贈る言葉」で描かれているのは、私よりもひと世代後に思春期を送った青年の恋愛です。主人公は大学生。彼は、かつて愛して別れた女性に、「君」と呼びかけつつ、手紙のような、独白のような調子で、自分自身の内部に巣喰ってやまない暖昧さを整理しようと試みます。
男女の関係はあくまでも自由であり、反社会的なもの、と考えていた主人公にとって、同じ大学に通う女子大生の「君」は「同志」でもあるはずでした。しかし、彼女は彼と恋におちた後、やがて外交官になることを決意します。
「自分の欲していることを貫くためには、意地になり、頑にならなければならない」として、暗に、自分には今、恋愛に溺れている余裕はないことを匂わせます。彼と結婚するまでは決して肉体の関係も持ちたくない、と主張するのです。それなのに、彼女は烈しいキスと抱擁だけは彼に許します。その残酷さゆえ、何故、と彼が怒りにまかせて問いかけても、満足のいく答えは返ってきません。何故、何故…と、正人公は煩悶します。膨れ上がる性欲と観念の中で、彼は押しつぶされそうになります。彼女がいわゆる「優等生」の代表であり、その殻を破ってやれるのは自分しかいない、とどこかでわかっていながら、どうしても一歩前に踏み出すことができないのです。

その2人の間柄を、表現した箇所を原文のまま掲載します。
『ぼくらは、婚約者では、もとよりなかった。が、単なる異性の友達であった訳でもない。リーベという言葉には、旧制高校の、古き、よき、甘えた時代が匂って、ぼくたちをぞっとさせた。恋人という言葉を使ったことがあったとしても、それは便宜のために過ぎず、ぼくらは、互いにそう呼びあえるほど甘やかな存在ではなかった。ぼくらは、新聞の三面記事に使われる愛人という言葉ほどには崩れてなく、情人というほどには、大人でなかった。いい人というには、遊びの余裕がなさすぎ、田山花袋たちがラブという言葉にかけたほどの明るい理想はなく、アミという言葉が思わせる洗煉さからは、全く遠かった。君と別れて以後、ぼくは、女友達という言葉を使うようになったが、その言葉にふくまれる一種のゆとり、あるいは無責任さは、あの頃のぼくらには無縁だった。こう数え上げてみるとよく判る。ぼくらの間柄は、名を持たないもの、つまり、ぼくらの生きている世界で、まだ市民権を獲得していないものだったのだ。』

人を愛し、愛され、求め、求められること、そして、生きるということの意味を、いとも生真面目に、それこそ「ひたむき」に、若い世代が問い続けていた時代に生まれ読まれていた作品です。現代においては、何もこれほど生真面に問いかけ、苦しまずともいいのではないか、と思う人もいるかもしれませんが、しかし、人はどのようにごまかそうとも、自分自身の、その時その時の苦しみを自分自身で見つめ、問いかけ、乗り越えていく他に生きる方法を持たないものです。それはどんな時代にあっても、みじんも変わらないことなのではないでしょうか。
その意味も含めて、今の若い人たちに読んで欲しい一冊です。
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2007年08月20日

芥川賞受賞作「アサッテの人」を読んで

第137回芥川賞受賞作、諏訪哲史さんの「アサッテの人」を読みました。
正直な感想は、退屈で不可解なものでしかありませんでした。作家が作品として発表する限り、読者という他者と何等かの関わり、それは感動や共感であったり、反発であったりもするでしょうが、それが何処にも感じ取れないのです。この作品はその意図を理解しようとする気を起こさせる以前の物にしか思えないといえば言い過ぎかもしれませんが、読後の感想はそんな感じです。
ところが、芥川賞選考委員会の多くの選考委員はこの作品を受賞作品に選びました。選考委員会のメンバーは池澤夏樹、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、黒井千次、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、山田詠美の9氏委員ですが、石原慎太郎、宮本輝、村上龍、の3氏以外はすべてこの作品を推しているのです。それが不思議でなりません。

ストーリーとしては、意味不明な語を突然口に出す奇行のある叔父が失踪した後、甥の〈私〉が彼の日記、習作詩、彼の妻からの聞き書きなどを手掛かりに、彼が何を感じ、何を考え、何を求めていたかを探る過程が描かれています。そして次第に見えてくるのは、誰の中にもありながら誰も決して口に出そうとはしない、日常の暮しと強く結びついた奇妙な何か、なのです。言葉の問題にしても、言語一般としてではなく、吃音の発語との係わりを通して現わしています。

「アサッテの人」は様々な意匠で飾られ彩られてはいますが、装飾を剥がすと「コミュニケーション不全」だけが露になってくるように思えます。一方で哲学的な英雄譚と受けとめる人もいるかもしれません。賛否を二分する作品のように思います。
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2007年08月18日

ソバの種まき


shiraki2007.8.18-1.jpg今日8月18日土曜日、農業塾OB会・白木農園の[そばの種まき]をしました。昨年の記録を見ると8月21日にソバの播種をしていますから、ほぼ同じ時期です。
今年は、A4の用紙に播種についての詳しい注意書きが用意されていて、それを見ながらの説明でしたから、とても分かりやすかったと思います。
条間は60センチ、株間は4〜5センチ、覆土は4〜5センチなどの注意書きの他、土寄せ作業の予定日や開花の時期、そして収穫の時期などが書かれていて、今後の予定が良く分かります。

お盆を過ぎたというのに連日の猛暑、今日の最高気温の予想も36度です。午前中から30度を越える暑さの中、27名の会員の参加者で8時から作業が始まりました。
ソバの播種が完了した後、黒大豆の除草と土寄せ、その後で、白大豆の除草の作業もしました。途中2回の休憩をはさんで、11時にはすべての作業が完了しました。休憩は熱中症にならないように、水分補給が中心ですが、麦茶や冷たいお水は、いつも会員のOさんが用意して持参してくれます。大きなクーラーボックスに大きな氷を入れて、その中でお茶やお水を冷やして持ってきてくださいます。Oさんのお陰で、これまで白木農園の作業中に熱中症にかかった人はいません。Oさんの心遣いに心から感謝しています。

今日配布された説明書では、花が咲き始めるのは播種後30日頃からで、満開になるのは最初の花が咲いてから2週間程だと書いてありました。もちろん、気象状況によって変わってくるでしょうが、9月末から10月の初めにかけて、畑一面の白いソバの花が楽しめることでしょう。ソバの花が満開になりましたら、このブログで紹介します。
今年は、ラニーニャ現象で台風の発生が多いのではないかと心配です。ソバの収穫までに台風が直撃しない事を祈るばかりです。


shiraki2007.8.18-2.jpg黒大豆の除草・土寄せと白大豆の生育状況
shiraki2007.8.18-3.jpg
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