2007年04月28日

明日4月29日は「昭和の日」

明日4月29日は、今年から新設される国民の祝日「昭和の日」です。
もともと4月29日の「みどりの日」は、昭和の時代、「天皇誕生日」という祝日でした。それが昭和天皇の崩御にともない、「天皇誕生日」は今の天皇陛下のお誕生日である12月23日となり、4月29日は昭和天皇が自然を愛したことにちなみ、平成元年から「みどりの日」と名称を変えて祝日として存続しました。今回、4月29日を「昭和の日」として、「みどりの日」は平成19年より5月4日に移動して存続させることになりました。

祝日法にはその趣旨が「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と規定されています。

64年間続いた昭和の時代、多くの人が生まれ、多くの人が死んでゆきました。悲しい事も、辛い事も、苦しい事もたくさんありました。それを乗り越えて今、平成があります。祝日法の趣旨をどのように受け止め、昭和という時代をどのように見つめ直すのか。そして、それを平成という時代にどのように生かすのか、明日は、国民のひとりひとりが「昭和の日」について考えて欲しいと思います。

参考までに、「昭和の日」と同じような経過をたどったのが、「文化の日」です。11月3日の「文化の日」は、明治天皇の誕生日であり、戦前には「明治節(明治時代には天長節)」という祝日でした。また、大正天皇の誕生日は8月31日で、大正時代は当然のことながらこの日は天長節でした。しかし、この8月31日は祝日としては残っていないのは何故なのでしょうか。
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2007年04月27日

「歴史に消された『18人のミステリー』」を読んで

本 中津文彦さんの「歴史に消された『18人のミステリー』」を読みました。
平安から江戸末期までの歴史の中で、とくに「乱」の時代に登場した18人について、評伝とともに謎として残された部分に焦点を当てて紹介されています。

「織田信長」では、「なぜ手薄のまま入洛し、光秀に虚を突かれたのか」として、「怨恨説」、「野望説」、「突発説」、「黒幕説」など…。

中津さんは、その序文の中で次のように書いています。
「時の権力者達は決まって歴史書を作ってきましたが、そこには必ず改竄や粉飾、捏造が含まれています。
自分の選択や判断に過ちがあったと認めるとき、それを正直に書き残すには絶大な勇気がいる。破局に終わった恋人の手紙は焼き捨てるのが人情だろうが、あるいはそれと似通っているかもしれない。功なり名を遂げた権力者にとって、過失を過失として記録することは耐えがたい苦痛なのだ。そうした痕跡は、「日本菫曰紀」にも「吾妻鏡」にも「徳川実紀」にも数多く見られるのである。」と。

これらのことから結果として、歴史には謎の部分が残されます。史実が正確に記されないのだから当たり前なのですが、そこに歴史のミステリーが生まれるわけですね。意図的な改竄や捏造だけでなく、記録そのものの消失によって残った謎もむろん少なくないと思いますが、これらの謎があるからこそ歴史はより面白くなるのでしょう。

歴史をテーマにした小説を読んでいても、書く作家によって歴史の捉え方や認識が違っています。
私の好きな2人の作家についても、藤沢周平さんのものは時代小説と呼ばれ、司馬遼太郎さんの作品は歴史小説といわれます。この2人の作家の扱っているテーマや人物には、ほとんど言って良いほど共通点がありません。
読者に対して押し付けがましくなく、丁寧に描かれている藤沢作品は、読めば誰もが惚れ込んでしまいます。藤沢さんの作品には、歴史的著名人を中心にすえた話は数えるほどしかありません。市井の人だったり、侍でも下士が多いですね。

一方、鳥瞰的な司馬史観なる歴史の枠組みのなかで人物が浮かびあがってくるのが司馬さんの小説です。司馬さんの小説の一番の特徴は、司馬さんが、素晴らしい日本人、あるいは、さわやかな日本人だと思っている人物だけを書いていていることです。小説ですからこれで良いと思っていますが…。

このような歴史のミステリーを知っておいて、歴史小説を読むと、もうひとつ別の楽しみ方が出来るかもしれません。

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2007年04月26日

レンゲソウのある風景は懐かしい


renge1.jpg白木農園の少し先に、写真のようなレンゲ畑が広がっています。最近では、レンゲ畑の風景あまり見かけなくなりました。ひと昔前には、田植え前のほとんどの田んぼ一面に、この花が咲いていました。赤紫色の花が咲き乱れるレンゲ畑は、春の田園風景の象徴でした。


数十年前にはタンポポと並んで、レンゲソウは誰もが知って、親しんだ雑草でした。
子供の頃、レンゲ畑を走りまわった記憶のある人は多い事でしょう。花を摘んで花茎を編みつないで首飾りにした女の子も多かったはずです。こんな経験を持って街で暮らす人々にとって、レンゲソウは心の中で生きている代表的な雑草だとおもいます。

雑草とは言っても、レンゲ畑のレソゲソウは、勝手に生えていたわけではありません。秋に農家の人がわざわざ種を播いて、稲を植える前の田んぼで栽培しているのです。

その栽培の理由を調べてみました。以下は、「雑草のはなし」に書かれているものを要約したものです。

レンゲソウの根には小さなコブのような粒々がいっぱいついていて、この粒々の中には、根粒菌いう微生物が住んでいます。レンゲソウの根のコブの中に暮らす根粒菌は、空気中の窒素から窒素肥料をつくります。
だから、あまり土地が肥えていない場所でもレンゲソウを植えておくと、そのレンゲソウの根に根粒菌がくっついて空気中の窒素を窒素肥料に変えて、それをレンゲソウに与えます。そのため、レンゲソウは人間が窒素肥料を与えなくても、どんどん元気に育ちます。その結果、レンゲソウのからだには、窒素がいっぱい含まれ、田植えの前に土を耕しながら、育ったレンゲソウの葉や茎をそのまま田んぼの中にすき込むと、葉や茎から窒素がしみだして、田んぼの土地が肥えることになるのです。

つまり、田植え前の田んぽでレンゲソウを栽培するのは、化学肥料をやらずに田んぽの土を肥やす方法なのです。そんなに良い方法だから、今でもやったほうがいいのですが、近年は化学肥料が安い価格で手に入るようになったため、すばらしいレンゲソウ・パワーは忘れられて、レンゲ畑が減ってしまいました。もちろん、レンゲ畑だったところに、家やマンションが建てられたために、レンゲ畑が減ってきたこともありますが。

レンゲ畑が減ったもう一つの理由に田植えが機械化されたことがあげられます。以前、田植えの時期は、レンゲソウの花の終わる頃で、大きく育ったイネの苗を、人の手で植えていたました。しかし、田植えの機械化が進み、大きく育つ前のイネの苗を機械で植えるようになり、田植えの時期が早くなったのです。きっと、大きくなった苗は機械では上手く植えられないのでしょう。

そのため、レンゲソウの花の季節を待たずに、田んぼの土を起こし、田植えをします。すると、レンゲソウが育つ期間が短くなるので、レンゲソウ・ハワーが十分に生かされなくなるのです。結局、レンゲソウを栽培してもあまり役に立たなくなりました。こうしてレンゲソウは栽培されなくなったのです。

しかし、田植えの前にレンゲソウを栽培し、土の中に窒素を含ませて化学肥料の使用を節約できるのは、とても魅力です。環境にやさしいお米づくりができるのですから。
地域おこしや観光のために、レンゲソウの栽培を奨励する取り組みが各地ではじまっているそうです。いつの日か、レンゲソウ・パワーに頼るイネ栽培の復活する日が来るかもしれません。

花の咲く様子が仏様の座られる蓮華台に似ていることから名付けられたというレンゲソウ(蓮華草)。そのレンゲソウを使っての素晴らしい栽培方法を先人たちが残してくれました。いつまでも残してもらいたいと思います。


renge2.jpg
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2007年04月25日

西洋タンポポの繁殖力の凄さにびっくり


tanpopo1.jpg野や路傍で、陽光に映えるタンポポの黄金色の花は、いかにも春にふさわしい色ですね。先日、「雑草のはなし」という本を読んでいたら、西洋タンポポの繁殖力の凄さが書かれていてビックリしました。その内容を少しだけ紹介します。

タンポポの開いた黄色の花には、花びらがいっぱいあるように見えます。しかし、花びらのように見える一枚一枚が、この植物では1つの花になっているのです。花びらのように見える一枚をそうっとつまみ出すと、そこにはオシベもメシベもついています。この花の花びらが平らで舌のように見えることから、「舌状花」といいます。また、このような小さい花がたくさん集まって大きく見える花を、「頭花」あるいは「頭状花」といいます。

花の基部を包んでいる緑の部分(外総苞片)が反り返っているのが、セイョウタンポポです。これが反り返っていないのが、日本に昔から生息している在来種で、カントウタンポポやカンサイタンポポなどです。
外来種、在来種を問わず、タンポポの花は、朝に開き夕方に閉じます。雨が降らなければ、規則正しく3日間連続して、花は開閉を繰り返します。そのあと、花は枯れて、花をつけていた柄(花茎)はいったん倒れます。何日かすると、再び立ち上がり、そのときの背丈は、花をつけていたときよりも伸びています。
立ち上がった花茎の先端には、やがて、まん丸に綿毛が展開します。

西洋タンポポは、タネが発芽して3ヵ月間成長したら、花が咲きます。この植物では、花が咲くと、ハチやチョウチョウが花粉をつけなくても、タネができます。1個の頭花が咲くと、約200本の綿毛がまん丸く展開します。1本の綿毛をそっと取り出すと、下のほうに、長さ5ミリメートル、厚さ2ミリメートルくらいの実がポッンとついています。この実の中に、一粒のタネが入っているのです。
だから、1個の花が咲くと、約200個のタネができます。もし1株に5個の花が咲くと仮定すると、1株で1000個のタネができるのです。これらのタネが、発芽して芽生えとなって、また成長します。

最初の1粒のタネが3ヵ月で1000個に増え、もし全部のタネが発芽して育ち、花が咲けば、それぞれがまた1000個のタネをつくります。結局、最初の1粒のタネが、6カ月で100万個のタネになる計算です。

実際には、1株に5個以上の花が咲くので、もっと多くのタネができる計算になります。自然の中で、結実した全部のタネが発芽して、花を咲かせるまで成長することはありませんが、それでも、セイヨウタンポポがものすごく旺盛な繁殖力を持っていることは理解できます。

しかも、夏や秋にも、春に比べれば数は減りますが、花は咲いています。冬には気温が低いので、開花するのは稀ですが、ツボミはあります。西洋タンポポは、ツボミが開かなくても種を作ります。つまり、季節を問わずにツボミができ、種を作るのです。この繁殖力、凄いと思いませんか。

ところで、日本語のタンポポという名の由来には、いくつかの説がありますが、その中で、もっとも心をひかれるのは、「タンポンポン」という音に基づくものです。タンポポの花をつけている花茎を切り出すと、中はストローのように空洞です。その花茎の小さな断片の両端にいくつかの切れ込みを入れ、水につけて、少し時間が経つと、両端の切れ込みが反り返り、鼓のような形になります。その姿から、「タンポンポン、タンポンポン」という、鼓の音が聞こえてくるようで、「タンポポという名が生まれた」と言われています。

tanpopo2.jpg
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2007年04月24日

「カタカナ語は難しい」に同感

先日、あるブログで「カタカナ語は難しい」と題しての記事が掲載されていたのを拝見しました。
その記事には、外来語の適訳についていろいろな話題を耳にすること、新聞や日常会話でもカタカナがたくさん登場することなど、カタカナを利用する場合の戸惑いなどについての見識を楽しく、面白く書いておられました。

最近、こんな言葉までカタカナにしなくても…、という言葉までカタカナになっているのを見かけます。日本語の適訳がないということなのでしょうが、それにしても目に余ります。会話の中で、出てきた言葉が理解できずに、その場では分かったような顔をしておいて、帰って調べてみるといった経験はありませんか。

カタカナだけに頼らずに、もう少し、美しい日本語に訳す努力が必要だと考えます。カタカナ辞典もありますが、特に、高齢になってくると、新しいカタカナの言葉にはなかなか馴染めません。誰にとっても優しい言葉を、また、美しい言葉を見つけて欲しいものです。

仮名というものも本(もと)をただせばひらがなの場合には漢字全体を崩して作り、カタカナは漢字の一部分を取ってきてそれを生かして、音をあらわすためにだけ使う文字として発明したのです。
音をあらわす文字が言葉になってしまいました。悪いことだとは思いませんが、限度をわきまえて使用して欲しいと思うのです。

日本語はもともと漢字が中心でした。漢字で書いてあると、その意味が簡単に理解できますし、早く読むことも出来ます。カタカナやひらかなだけでは、語彙の広がりがありません。語彙が少ないということは、表現力に乏しいことに繋がってきます。

平安時代までは、漢字で漢文を書かなければ男の官吏としては出世の道を閉ざされていました。現代は、パソコンが操作できないと、仕事が出来ない世の中になってきました。パソコンで文字を変換すると、あまり漢字を覚えなくなってしまいます。読むことの有益性、書くことの大切さを大事にして欲しいと思います。

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2007年04月23日

志水辰夫さんの「背いて故郷」を読んで

先日の「行きずりの街」に魅せられて、また、志水辰夫さんの「背いて故郷」を読みました。
期待通りの素晴らしい作品で、どちらが好きかと聞かれると、返答に困まるくらいです。

ストーリーは表面上は冒険スパイ小説ですが、ダメ男の恋愛小説でもあります。「行きずりの街」がミステリーでありながら、同時に一級の恋愛小説だと書きましたが、志水辰夫さんはいろいろな試みをしているのがとても面白いと思います。この「背いて故郷」は1985年の日本推理作家協会賞を受賞した作品です。
いずれも一級品ですが、特に素晴らしいのが文体と風景や性格の描写です。

特に、ラスト1ページの絶唱には、激しく心を揺さぶられます。

言葉を返せなかった。笑みすら戻してやれない。ひきつらせた顔で頭を下げるのみ。うつむき、会釈、身震いをして、背を曲げ、逃げ出す。行くあてもない独り影。冬の巡礼、道、その果ての旅。
(略)そして、この長編のラストです。
わたしを許すな。絶対に許すな。罪を今生償わさせてなお許すな。無限の苦しみを課さんがため、永劫わたしを生かしめよ。生きて地獄、果ててなお地獄。貶め、裁き、死してさらにその死骸を笞打て。
夜行列車の音が聞こえた。街の光りがほの白く空へ照射している。漂って鐘の音。凍てついて冬の道。冷たい、どこまでも冷たい雪の肌。夜の残影。
音がする。わたしの傍らを歩いている足音がする。
早紀子が黙って歩いて来る。

これは志水節と言ってもかまわないと思います。この志水節を味わうだけでも、幸せな気分になれます。
この「背いて故郷」はストーリーもプロットも描写も素晴らしいのですが、登場人物の造形までいいのですから、参ってしまいます。

昨日は一日中雨でした。私のブログのタイトル(晴耕雨読)の通り、まさにゆっくり雨読の一日でした。幸せでした。


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2007年04月21日

生活に根ざした言葉は文化

これまで、天気予報に使われてきた用語から「宵のうち」が消え、「夜のはじめごろ」にすると、天気予報の中で放送していました。そして、驚いたのは、変更する理由が「<宵のうち>をもっと遅い時間と考える人がいて、誤解を招く可能性がある」ということです。

「宵のうち」と「夜のはじめごろ」では、言葉の響きも全く異なり、なにか違うと思いませんか。お役所は、生活にとけ込んでいない言葉だからとして、これを切り捨てようとしています。普段の生活からかけ離れた難解な言葉は、他にもっとあります。
天気予報という曰常生活に根ざしたものだからこそ、これまで日本人が情緒をはぐくんできた美しい言葉の文化を守って欲しいのです。使われなくなった言葉は滅んでしまいます。言葉が滅ぶと、文化も滅んでゆくと考えます。「宵のうち」はぜひ残して欲しいと思います。

気象庁のホームページで「時の関する用語」の中に、「宵のうち」は18時頃から21時頃まで、と書いてあります。その下に、準備期間をおいて「夜のはじめ頃」に変更します、と書いてありました。

一日の時間細分の用語 では、その区分は35もありました。
府県天気予報の場合の時間細分は、以下の8分類です。

午前3時まで
明け方
朝のうち
昼前
昼過ぎ
夕方
宵のうち
夜遅く

ところで、気象庁の天気予報で一定の時間を表すため、「宵のうち」という表現になったのでしょうが、本来私たちが使ってきたのは「宵の口」だったような気がします。「日が暮れて、まもない時」の意味ですから、「宵の口」のほうがピッタリするように思えます。
「宵のうち」も天気予報の中で、何度か時間的な説明をしておけば、誰もが理解できる事です。気象庁の再考を願っています。
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2007年04月20日

「シバザクラ祭り」の会場


sibazakura2007-1.jpg先日の白木農園だより(ブログ)に、小河内のシバザクラの咲く美しい風景を写真入で会員のHさんが投稿しておられました。そのブログの中に、東広島市豊栄町で「シバザクラ祭り」がこの22日の日曜日に行われる事が紹介されていました。

その豊栄町のシバザクラ祭りが開催される会場です。ここは、豊栄町の乃美地区です。この集落の方々が協力して田圃の法面にシバザクラを植えているのです。数年前から、地区の皆さんが協力して苗を育て、それを植えて、ここまで広げてこられました。
県道からはごく一部しか見ることが出来ませんが、少し中に入るとこの様に、法面がシバザクラに覆われています。
私が訪れたのは夕方に近い時間でしたが、その時、その協力しているお年寄りの方にお会いしました。
「美しいですね。ありがとうございます」と、話しかけたら、これまでのご苦労のことなど20分ほど話してくれました。

この地区の人たちは、このシバザクラだけではなく、協力しあって農業法人を作り、農業も協力して進めていこうとしているのだ、という話を他の人から聞きました。過疎化が進む豊栄町で、集落の方々がこの様な形で協力してゆく話を聞くと、本当に嬉しくなってきます。

木々が一斉に芽吹き始めて、梢が桃色から若葉色になってくるシバザクラの咲くこの季節は、身も心も若返るような気持ちになる、1年で一番好きな季節です。


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2007年04月19日

志水辰夫さんの「行きずりの街」を読んで

本志水辰夫さんの「行きずりの街」を読みました。志水辰夫さん作品を読むの初めてですが、虜になってしまいそうです。闊達な文章力と見事な描写力、さらには巧みなストーリー展開とプロットの構築力は見事というほかありません。
「行きずりの街」は、1991年に日本ミステリー・ベスト1に輝いた作品です。

荒筋は、12年前に東京を離れて、地方都市で塾を経営している40歳の元高校教師が、行方不明になった教え子を探しに上京するところから始まります。
彼が東京の高校を辞めたのは、教え子との結婚のスキャンダルにまみれ、追い払われたからです。職場も結婚生活も失って逃げ出した東京に彼は帰ってきます。行方不明の教え子を探す中、自分が以前勤めていた学校の裏の事件に巻き込まれていくかたちで物語は進んでいきます。行方不明になった教え子のマンションを出た途端に取り囲んだ男たちは何者なのか?彼女に部屋を提供した男は何者なのか?それが学校とどういう関係にあるのか?
謎がいくつも絡みあい、さまざまな人間のドラマを浮き彫りにしつつ、やがて真相にたどりつくまで、物語は緊迫した展開を示していきます。

物語の中で、彼は別れた妻・雅子のやっているバーの扉を開けて、12年ぶりに再会します。そして、その夜に雅子のマンションに行きます。その時、彼の頭をよぎった雅子への想いを次のように表現しています。

「雅子はわたしのすべてだった。いつだってかぐわしく、温かく、やわらかくて、しなやかで、強靭で、無限だった。それはなによりもすべすべした感触であり、過敏で、貪婪で、疼きやまない官能を持っていた。腕の中で小さな叫び声をあげている雅子の肉体こそ、わたしの夢と欲望の出発点であり同時に到達点でもあったのだ」

この「行きずりの街」はミステリーであり、ハードボイルドでありながら、同時に一級の恋愛小説でもあります。文章力の素晴らしさと、歯切れの良さは、先日読んだチャンドラーの「長いお別れ」と同じような感じでした。

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2007年04月18日

イングリッシュ・デイジーが満開です


deiji3.jpg我が家の庭のイングリッシュ・デイジーが庭いっぱいに咲いています。
お隣のKさんが、ヨーロッパ旅行をされた時、英国で購入した種を播いたものを株分けしていただき植えたものが、数年でここまで広がりました。我が家とKさんの庭は、いまこのイングリッシュ・デイジーが一面咲き誇っています。寒さにも強く、毎年少しずつ広がってゆき、春から秋にかけて何度か花を咲かせます。

このイングリッシュ・デイジーはヨーロッパ原産の多年草で、茎は高さ5〜8cmで枝分かれしません。花は茎の先端に1つだけつきます。葉はタンポポのようにロゼット状になり、茎に葉はつきません。

デイジーの名前の由来は、day's eye(太陽の目)だと言われていますが、このイングリッシュ・デイジーも昼の間は花びらを開いていますが、日が落ちてくると閉じてしまいます。写真は昨日撮影したものですが、今日のような雨の降る日には花びらは閉じて開きません。まさに太陽の目だと思います。

単にデイジーと呼ばれるものは、園芸店で販売されているような八重咲きのものをいうのでしょうか。ヒナギクとも呼ばれたり、エンメイギク(延命菊)という別名もあります。これは、きっと花の咲く時期が長いことに由来するのでしょうね。

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