2006年10月31日

小説「水曜の朝、午前三時」の中の好きな文章

先日、「水曜の朝、午前三時」の読後感想文をブログに書きました。この小説の終わりに近い頃に、私がとても気に入った文章があります。それをそのまま残しておきたいと思い、ブログに掲載する事にしました。
何か迷った時などに読み直してみると、参考にできる人もいるのではないかと思います。

この人生に私が何を求めていたのか―ここまで根気よく付き合ってくれたなら、もう分かったでしょう。私は時間をかけて、どこかにあるはずの宝物を探し回っていたのです。ただ漫然と生きていては何も見つけることはできない。でも、耳を澄まし、目を見開いて注意深く進めば、きっと何かが見えてくるはずです。
四十年以上の歳月をかけて、では私はどんな宝物を見つけたのでしょう? 訊ねられたとすれば、こう答えます。私は臼井さんを見つけ、夫やあなたを得た、と。その結果、途方もない感情の激しさを経験することができた、と。他の人が聞けばがっかりするかもしれないけれど、それだけでも大したものだと自分では思っているのです。
さあ、今度はあなたたちの番です。何も難しく考える必要はありません。人生は宝探しなのです。嫌でも歩き出さなければならないのだし、それなら最初から宝探しと割り切った方が楽しいに決まっているではないですか。そう、楽しめばいいのです・
旅の途中には多くの困難があるでしょう。世の中は好きになれない人間、同意できない人間でいっぱいです。中には嫉妬や憎悪、悪意など、あらゆるマイナスの感情を持って、あなたの冒険を邪魔しにかかる人間もいるでしょう。私の前にも、そんな人たちが何人も現れました。そのたびに、私はいちいち彼らを憎んだり恨んだりしたものだけれど、いまでは感謝さえしています。皮肉で言うのではなく、ああした人たちがいなかったら、せっかくの宝探しもひどく味気ないものになっていたと思うから。
迷った時は急がずに立ち止まりなさい。慌てたって、いいことは一つもありはしないのです。物事を理性的に、順序立てて考えるのは悪いことではないし、勉強や読書は常にあなたの助けになってくれるでしょう。でも、これだけは忘れないように。何にもまして重要なのは内心の訴えなのです。あなたは何をしたいのか。何になりたいのか。どういう人間として、どんな人生を送りたいのか。それは一時的な気の迷いなのか。それともやむにやまれぬ本能の訴えなのか。耳を澄まして、じっと自分の声を聞くことです。歩き出すのは、それからでも遅くはないのだから。
私はもう十分に楽しんだつもりです。それなのに どうしてだろう? いまは涙がとまらない。それに、もっともっと泣いていたいし、どうせならナイアガラにも匹敵する涙を流して死にたいと思う。でも、どうしてなんだろう。本当に涙がとまらない。これから臼井さんに電話しちゃおうかな。最後に一度くらい、いいでしょう?
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2006年10月30日

ソバの脱穀


soba2006.10.29-1.jpg昨日、農業塾OB会・白木農園のソバの脱穀をしました。
10月21日刈り取ったソバを、JA広島市白木支店のハウスをお借りして乾燥させていました。良く乾燥していました。
気持ちよい天候に恵まれ、9時からの18名の会員で作業を開始しました。
始めころ、脱穀機の調子がいまひとつでしたが、途中からは順調に脱穀できるようになりました。
脱穀機で脱穀する者、脱穀機でうまく脱穀できなかった実を手で取る作業をする者、唐箕(とうみ)で塵芥を除去する者など、作業分担をしながら進めました。
12時を少し回ったころに作業はすべて完了できました。
昨年は台風や豪雨に泣かされ、惨めなほどの収穫でしたが、今年は豊作です。目分量ですが100キロを超えていたように思います。
これから、もう少し乾燥させて、製粉を専門家にお願いすることになっています。
12月初旬の「そば打ち体験教室」がいまから待ち遠しいことです。

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2006年10月28日

「水曜の朝、午前三時」を読んで

本
蓮見圭一さんの「水曜の朝、午前三時」を読みました。
めったに出会えない、実にいい小説です。
物語は、1992年、ひとりの女性(四条直美)が脳腫瘍で亡くなる話から始まります。年明けに告知をうけ、築地の国立がんセンターに入院した彼女は、その年の秋に死にます。享年四十五。翻訳家や詩人としても知られた彼女は、亡くなる前に病床でニューヨークに留学している娘葉子にあててテープに声を吹き込みました。その四巻におよぶ遺書ともいうべきテープをまとめることは、誰よりも母親を崇拝していた娘には難しい作業だし、とうてい父親に聞かせられる内容でもありませんでした。
そこで、葉子の主人"僕"が登場し、語り始めます。
こうして小説は、直美の視点から、彼女の人生を振り返ることになるのです。祖父がA級戦犯で、厳格に育てられ、両親の言うことを聞いて真面目に育ってきたが、大学を出て会社に入った頃から自立を夢見ます。自立といっても、それはまず親が決めた許嫁からの逃走で、会社を辞め、大阪万博のコンパニオンになるため大阪に旅立ちます。そしてそこで一人の男性と出会い、恋に落ちます。それはおよそ20年間にも及ぶ密やかな愛で、その愛について、彼女は包み隠さず語り始めるのです。
そこに語られていたのは、大阪万博のホステスとして働いていた23歳の直美と、外交官としての将来を嘱望される理想の恋人・臼井礼との燃えるような恋物語。「もし、あのとき、あの人との人生を選んでいたら……」。失われたものはあまりにも大きい。愛のせつなさと歓びが心にしみるラブストーリーです。
誰もが何かを探していたあの時代が、懐かしく鮮やかに甦ってきます。追憶の光と影、切なさと歓びに涙する、感動の告白小説です。

帯封に記されている児玉清さんのコメントです。
「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機のなかで涙がとまらなくなった…」

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2006年10月27日

日本ハム、日本一おめでとう!!

昨夜は、8時半に自宅に帰ってきて、早速テレビのスイッチを入れました。もちろん日本シリーズを見るためです。その時点で、日本ハムが3対1でリードしていました。
夕食と摂りながら野球観戦になりました。日頃、食事時はテレビは見ませんが、今日は特別な日でした。
夕食を終えてもテレビの前から動く事ができません。
8回の裏の日本ハムの攻撃、稲葉が3点差となる豪快で貴重なホームランを右中間スタンドに打ち込みました。そして、新庄の打席、野球人生最後のなるだろう打席は、札幌ドームのファンが全員立ち上がりものすごい声援の中でのバッターボックスでした。目にいっぱい涙を浮かべての打席、最後は思いっきりスイングしたバットが空を切り三振でした。涙でにんじでいた目で球が幾つにも見えたのではないでしょうか。
9回の表の中日ドラゴンズの攻撃も札幌のファンの熱気に押されて、3人で攻撃終了。最後のウイニングボールが森本のグラブに納まると、新庄はその森本に抱きつき動けませんでした。
今年、シーズンの途中で引退宣言をした新庄、その新庄を胴上げするのだと言った稲葉、誰がこの言葉通りになると信じたでしょうか。
昨年、Bクラスに甘んじた日本ハム、それが今年はリーグ優勝に続いて日本一になったのです。
新庄は引退宣言をし、その男が日本一が決定する瞬間に札幌ドームのグラウンドに立っていたのです。これ以上の花道があるでしょうか。プロ野球の選手が数多くいる中で、これほど強運の持ち主がいたでしょうか。
札幌ドームを揺らしたファン、そのファンと一体になって優勝した日本ハムのチーム。日本ハムのファンでない者にとっても、この感動的なシーンは忘れる事はないでしょう。
ありがとう、ヒルマン監督、新庄選手、稲葉選手、日本ハムの選手・コーチの皆さん、そして、札幌ドームのファンの皆さん。

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2006年10月26日

静けさ漂う秋明菊


syuumeigiku.jpg我が家の庭に秋明菊(シュウメイギク)が咲いています。背丈は1メートルあまり、秋の風にゆっくり揺れている姿を見ていると気持までゆったりします。
秋に咲く草花は、春、夏に較べると少なくなります。春の花は初々しく春霞がよく似合い、夏の花には情熱を感じるものが多いように見うけます。それに対し、秋に咲く花には一年をしめくくる落着きがあり、静けさが漂うように感じるのは私だけでしょうか。
この秋咲きの草花の一つにシュウメイギクがあります。キクの名が付くためにキク科の植物と思われがちですが、全く別のキンポウゲ科の植物なのです。漢字では秋明菊と書きます。秋にキクのような花を咲かせるところから付けられた名でしょうね。
春に咲く球根草花にアネモネがあります。地中海地方原産で、赤、ピンク、紫、白などの花を咲かせ普からなじみが深いですね。シュウメイギクは、実はこのアネモネと同属の植物だそうで、学名をアネモネ・ヤポニカといいます。ヤポニカというからには日本原産の植物かと思いますが、元来中国原産の植物で、古くわが国へ渡来して居着き、京都貴船山で野生化したところから貴船菊の別名もあります。どうやらこれを基にしてヤポニカの学名が付けられたようです。
改良が進み、矮性種などもできてきて、園芸店でも良く見かけるようになりました。

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2006年10月25日

雑巾がけ

子供の頃、勝手口から板の間にあがる、その上り端に、いつも雑巾がありました。草履、下駄時代の子どもの足はいつも土挨や泥にまみれていたので雑巾での足拭き動作は板についていました。板床の一部のようにおさまりかえって人迎え顔の雑巾。毎日毎度踏みつけにされても、耐えつづけていた健気な雑巾には、身近な脇役として、日常生活必需の存在感がありました。
朝、板廊下や縁側を四つん這いの尻をあげて拭き進む雑巾がけが子供たちの日課でした。

そんな「雑巾がけ」に関連した記事を先日、新聞か何かで目にしました。子供たちが2人で雑巾がけをしている写真が掲載されていました。その時は、そのまま見過ごしていたのですが、今日になってインターネットで「雑巾がけ」と入力して調べてみると、「雑巾がけレース」というのがあることが分かりました。
これは、愛媛県西予市宇和町卯之町にある宇和米博物館で毎年開催されているイベントでした。
「雑巾がけレースinうわ」がレースの正式名称です。今年も予選会から始まり、10月15日にグランドチャンピオン大会で幕を閉めたそうです。
レースは、2人ずつ(ダブルスは1組)で走ります。スタート時は、壁に足を付けスターターの合図でスタートします。ゴールは目標の壁に雑巾が付いた時点でゴールと認め、タイムを計測するのだそうです。その他にも取り決めはありますが、楽しく好ましいイベントですね。
グランドチャンピオン大会では、一般男子のレースで18秒台のスーパーレコードを記録したとか。(何メートルを競ったのか書いてないのが残念ですが。)

台所流しで食器を拭ったりするのは布巾(ふきん)、卓袱台やテーブルなど食卓を拭くのはお台布巾(おだいふきん)、床を拭くのが雑巾でした。
しかし、最近では、食器を拭く布巾は食器洗浄機に活躍の場を奪われ、お台布巾専用になり、雑巾も掃除機に追いやられてしまっています。
以前は、衣類のなれの果てが雑巾でした。今では、資源ゴミと格下げです。

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2006年10月24日

「まほろ駅前 多田便利軒」を読んで

本
第135回直木賞受賞作品、三浦しをんさんの「まほろ駅前 多田便利軒」を読みました。
東京のはずれに位置する"まほろ市"。この街の駅前でひっそり営まれている便利屋稼業の二人の一風変わった日常を描いた作品です。ペットの世話、塾の送り迎え代行、納屋の整理、恋人のふり、etc.etc.です。
痛快で、やがて熱く胸に迫るせつない便利屋物語です。

まほろ市は町田市をモデルにしていると思われます。
まほろ市は、東京都南西部最大の住宅街であり、歓楽街であり、電気街であり、書店街であり、学生街だ。スーパーもデパートも商店街も映画館も、なんでもある。福祉と介護制度が充実している。
つまり、ゆりかごから墓場まで、まほろ市内だけですむようになっている。
と、この様に紹介されています。

この町で便利屋をしている多田のところに、高校時代もっとも嫌いだった同級生の行天(ぎょうてん)が転がり込んできます。便利屋家業をしているうちに行天を忘れられない存在として認識してゆくようになります。
こういうやつなんだよな、と多田は思った。勝手なことばかりして、他人も自分もどうでもいいようなそぶりを見せるくせに、本当はだれよりもやわらかく強い輝きを、胸の奥に秘めている。行天と接した人間は、みんなそのことを知っているのだ。本人だけが気づいていない。
行天のことを多田はこの様に感じるようになりました。そして、
行天と暮らした1年近くのあいだ、多田は楽しかった。血圧が乱高下し、抜け毛が増え、不整脈が頻発する日々だったが、楽しかったのだ。だから錯覚した。
終わりに近くなって、このように書かれています。

愛情というものは与えるものではなく、愛したいと感じる気持を、相手からもらうことをいうのだ。
幸福は再生する。形を変え、さまざまな姿で、それを求めるひとたちのところへ何度でも、そっと訪れてくるのだ。
などの素晴らしい文脈が多く出てきます。
「放っとく」と言いながら、「放っとかない」ふたりの人間模様を楽しめると思います。

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2006年10月23日

セグウェイが日本上陸!!


segway.jpgブッシュ米大統領が小泉前首相にプレゼントしたことでも知られる、電動立ち乗り二輪車「セグウエイ」が10月20曰、曰本でも発売されました。体を傾けるだけでスムーズに運転できる「夢の乗り物」といいますが、曰本の公道では走れないため、テーマパークやゴルフ場などにお目見えしそうです。
価格は約100万円(消寶税・保険料込み)。発売したのは新型で、最高時速は20キロ、1回の充電(最大12時間)で40キロ走れるそうです。法人向けに年間2500台の販売を目指すとか。セグウエイは02年の発売以来、全世界で約2万5千台売れ、これまで国内でも約500台が正規代理店を通さずに並行輸入されているといいます。
公道を走行できないものに、100万円は少し高いようですが、遊園地などでレンタルであれば面白いかもしれません。

構造は平行に配置された2つのタイヤ、その間にわたされたプレート、プレートからは上部がハンドルとなったポールが伸びており、搭乗者はタイヤの間のプレートに立って操縦します。
ハンドルにはアクセルもブレーキもなく、搭乗者の体重移動によって速度調節から前後進、方向転換を行います。一見不安定に見えますが、シリコンセンシングシステムズ社(SSS)が開発したバランス・センサ・アセンブリ(特殊な5つのジャイロと2つの傾斜センサ)が内蔵されて、安定性が高くなかなか倒れないそうです。

「Web2.0でビジネスが変わる 」の著者、神田 敏晶 さんがセグウェイで道路を走っただけで、罰金50万円の文書が東京簡易裁判所より届いたと、神田さんのブログ「KandaNewsNetwork」に掲載されていました。もうかなり前の話ですが、そのブログでは押収されたが押収されたセグウェイは、未だに返却されていないとか。

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2006年10月21日

ソバの刈り取り収穫


soba200610.21-1.jpg今日は、農業塾OB会・白木農園のソバの収穫作業の日でした。
午前9時から、22名の参加者で作業が始まりました。本来は機械で刈り取れるように播種したのですが、台風の影響で倒伏し、倒れたまま実ったので、機械刈りが出来なくなりました。
鎌を持って丁寧に手刈りによる作業です。12アールの広さなのでかなりの時間がかかると思われました。
作業は、刈り取り束ねる班と、それを乾燥する設備を準備をする班に分かれました。
乾燥場所は、JA広島市白木支店のご協力で、白木支店のビニールハウス施設を利用させていただきました。
暑いくらいの晴天に恵まれ、作業は順調に進みました。12時少し前にはすべての作業を終了する事ができました。
今年は、実りも多く豊作です。やはり、丁寧な播種が良かったのでしょうね。
約1週間の乾燥、10月29日の脱穀の予定です。
12月始めの「そば打ち体験教室」が今から楽しみです。

soba2006.10.21-2.jpg刈り取りと乾燥
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2006年10月20日

稲掛けのある風景


inahaze.jpg豊栄町に行く途中、田舎道を車でゆっくり走っていると、いろいろな風景に出会います。
道の両側にまさに日本古来の景色を見ることができます。
初夏の田植えの頃から、稲穂が黄金色に輝くまでの風景には、その時期その時の美しさがあります。刈り取った後の田圃も良いものです。
私が特に好きなのは、写真の稲掛けの風景です。これは刈った稲を束ね、穂を下にしてかけておくものですが、いなぎ、いなばた、いなかけ、はさ、などとも言い、広島では「はぜ」と呼んでいたような気がします。
私の子供の頃は、この稲掛けが今の様に1段ではなく4〜5段上に積み上げられて作られていました。稲の束を下から投げて渡す人、それを上で受け取って稲掛けに掛けてゆく人、その作業で息が合いスムースに進んでゆく様は見事でした。子供の頃、祖父達がするその作業を飽きもせず眺めていたものです。
今では、機械で刈り取り、脱穀しながら袋詰めしてゆきますから、この様な稲掛けの風景はあまり見られなくなりました。今でもこの景色に出会うと無性に嬉しくなってきます。
天日で乾かしたお米はどんなお米よりも美味しいと聞きます。こんなお米はなかなか我々の口には入りません。残念な事ですね。
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