2006年08月30日

脈拍から気分がわかる

いま、安保徹さんの「体温免疫力」という本を読んでいます。この本は東洋医学の観点から「冷え」に注目し、身体を温めることの大切さを説いています。その中に面白い記事がありましたので紹介します。
タイトルに書きましたように、平常時の脈拍数から、その時の気分をだいたい知る事ができるそうです。大事な話をする時の心積もりや、体調が悪いと感じたときなどの判断材料に、脈拍と気分の関係を把握しておくのも良いと思います。

1分間の脈拍数と気分の関係

80以上:嬉しくてしかたがない。またはすごく腹を立てている。誰かに話しかけたい。
75以上:何もかも上手くいきそうな気がする。
70以上:「よし、やるぞ」という気分になる。仕事や勉強がはかどる。
65以上:特に気分に左右されない。
60以上:元気がない。「早く仕事を片付けよう」
55以上:落ち込む。お酒を飲みたくなる。
50以上:悲しい。つらい。ひとりになりたい。

私たちの気分は、免疫細胞のリズムに左右されているそうです。顆粒球が増えると脈拍数も増え、わけもなく嬉しくなってくるそうです。逆にリンパ球が増えると脈拍数が減り、わけもなく悲しくなるそうです。
あなたは今どんな気分ですか。一度お試しください。
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2006年08月28日

色、恋、愛。

杉浦日向子さんの「うつくしく、やさしく、おろかなり−私の惚れた『江戸』」を読みました。
この書籍は、杉浦さんの友人でもある筑摩書房編集部の松田哲夫さんが、20数年のお付合いの中、エッセイや講演、談話などの中から「江戸」にふれたものをピックアップして編集したものです。
杉浦さんは、以前から歯切れのいい文章を書く人ですが、亡くなる数年前は一段と切れ味が鋭くなっています。この「江戸の色」は、2004年7月22日に亡くなる9ヶ月前の2003年10月に執筆されたものですが、短い文章ながら、素晴らしい内容です。
タイトルは「江戸の色」ですが、現在の私たちに「愛」と「恋」と「色」についていろんなことを教えてくれているように思えます。その全文を紹介しますので、ぜひご精読ください。

江戸の色

江戸で「色」というと、色彩以外を指すことが多い。
洒落本、滑稽本などの、大衆小説では、情人を「色」と呼ぶ。好色、色欲、色事、色気、色町、すべて、男女の関係に通じる。
色、恋、愛。
この中で、愛が最も尊い気がするのは、明治以降、神仏の慈悲心を「愛」と訳してから。江戸のころは、 愛とは、「物」に対する執着を云い、「壷を愛する」「人形を愛する」など、所有者側の物への、一方的な束縛を示していた。単なる、強引強欲だ。
恋には、純真なイメージがあるが、これも青春の流行歌が全国的に普及してから。江戸では、「恋の闇」と云い、盲目的に想いを遂げたくて突進すること。八百屋お七が「恋」の見本だ。恋は、思春期の麻疹のようなもので、動物のサカリと同様の、生殖衝動だ。
残る、色。今では、恋愛よりも格下の、遊びに近い分野に入れられて、昼の話題ではないとされている。が、江戸では、前二者よりも上級だった。愛や恋は、力ずくや勢いで獲得できるが、色には駆け引きが必要だ。巧妙な心理戦であり、一筋縄ではいかない。
ランク付すれば、愛は、 他人に横取りされるぐらいなら、壊してしまうタイプで 、男女間に置き換えれば、最低。恋は、発展途上。生殖が完了すると急速に冷めてしまうので要注意。色は、人情の機微を知ってこそ楽しめる、卒業のない生涯学習といえる。
「色はその日の出来心」。色にはマニュアルは存在しない。臨機応変、不特定多数。互いに充実した時を過ごすためには、目の前の相手を敬い、赦す、心のゆとりがなくてはならない。色には、愛の束縛願望も、恋の生殖達成もない。愛や恋は、会えない時にも相手を常に想っているが、色は、会えない時は電源オフにして、とりあえず百分の時間を優先する。24時間、相手とケータイで繋がっていなくては不安なうちは、とうてい無理な課題。
「色っぽい」は、江戸では最高の誉め言葉だ。「オイロケ」だとフェロモンむんむんの軽薄な感じだが、本来の「色気」には、容貌だけではない、言動などの内面的な魅力が不可欠だからだ。
色気のない人生は、モノクロの世界だ。出会いと別れを重ねるにつれ、若いころ、接写だった視野が、だんだん広角になり、画素も増えて鮮明になり、隅々まで色や輪郭がはっきりしてくる。
いろいろ、難しいけれど、どうせなら色っぽく生きよう。
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2006年08月26日

ホウズキトマトを頂きました


houzukitomato2.jpgご近所の方から、ホウズキトマトを頂きました。写真をご覧頂くと分かりますように、とても小さいものです。100円硬貨と比べてもこんなに小さいのです。
姿かたちは確かにホウズキですよね。普通のホウズキは真っ赤な色をしていますが、このホウズキトマトはベージュと黄色を混ぜ合わせたような色をしています。
初めは緑色をしていますが、熟れてくるとご覧のような色になります。この色になると食べられるようになるのです。初めての方には、不思議な形で口に運ぶのには少し勇気がいるかもしれませんが、食べてみると、甘くて美味しいのです。トマトとホウズキの味とをミックスした味で、信じられないほどフルーティーです。
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2006年08月25日

ソバの発芽


soba2006.8.25.jpg豊栄に行く途中、白木農園に寄って見ました。先日8月20日に播種したソバの発芽の状況を見るためです。今日が5日目ですが、ご覧のようにきれいに発芽していました。20日のブログにも書きましたように、今年は特に丁寧に種まきをしたので、密集の具合が多からず少なからず理想的な状態だと思います。
ところが、1列のある部分だけ全く生えていないところがありました。種を播いてないのです。20日の日にソバのリーダーのKさんが、種を播いてないところがあるように思うと言っていたので、夕方、Kさんにこの事を報告しておきました。
明日は、白木農園の大豆の除草の作業があるから、早めに行って播いておきます、と言っておられました。播種して6日目ですから、なんとか追いついてくれるのではないでしょうか。
毎日暑い日が続きますから、生育も早いような気がします。少しは雨が降ってくれたほうが良いのでしょうが。
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2006年08月24日

原油が上がれば「和菓子」も上がる

ガソリンの値段がグングン上昇を続けています。石油情報センターによると8月7日現在、レギュラーガソリンの店頭価格は全国平均で1リッター当たり143.7円に。これは87年の調査開始以来の最高値だそうです。これまで最高値だった湾岸戦争直前、90年11月の(142円を16年振りに上回った格好です。
日々の業務に自動車を利用している企業はもちろん、夏休みの行楽をマイカーで、と考えていた方にも頭の痛い事態となりました。値上がりの原因は、もちろん原油価格の高騰です。ここ数年、原油価格は上昇し続けてきましたが、いくつもの要因が重なっています。中国やインドなど経済成長箸しい国でのエネルギー需要が急増していること。一方、石油産出がピークを迎えるというピーク・オイル説を背景に、枯渇への不安から世界中で採掘権の争奪戦が起きています。
中東地域の不安定要素も大きいですね。2003年のイラク戦争以降、原油価格は上昇基調に転じ、現在もイランの核開発問題や、イスラエルとヒズポラの戦闘など産油地域の政治的な不安定さが、原油の安定供給に暗い影を落としています。
原油価格の上昇は、さまざまな影響を及ぼしています。製品を製造するコスト、原料や商品そして人間などを運搬するコスト等々、これらが軒並み上昇することになります。
食べ物も例外ではありません。例えば、石油を原材料とする発泡スチロールの値段が上がる。すると、発泡スチロールを容器に使う紬豆の値段が上がる。あるいは、ビニールハウスの温度を上げる灯油の値段が上がれば、野菜の値段に響きます。
テレビでも放送していましたが、和菓子の価格も上がって話題になりましたね。石油と和菓子?一見、関係なさそうな両者をつなぐカギは「エタノール」です。エタノールとはサトウキビやとうもろこしを原料とし、石油に代替する燃料として注目を集めているものです。ブラジルなどではガソリンと混ぜて自動車の燃料として広く使われています。石油価格の上昇とともに、エタノールの需要が高まってきました。すると、原料となるサトウキビの値段が上がります。となれば砂糖の値段が上がるので、和菓子の製造コストも上がる…という仕組みです。
石油の価格上昇が、考えもしなかった物にまで及んでいるのにはビックリします。
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2006年08月23日

「畜生」という言葉

文藝春秋の9月号の広告ページに「大谷大学」の広告が掲載されていました。その広告は「生活の中の仏教用語」と題して、真宗学教授、中川皓三郎さんが「畜生」というタイトルで以下のような記事を書いておられました。
「畜生」とか「こん畜生」などの言葉は、時々使うことがありますが、この言葉の意味を深く考えた事はありません。この中で、中川さんは、「どれほど道理に外れたことであるかに気付かず、恥ずかしく思わない存在を畜生と表現しています。そして、それに気付くことこそが、人間を取り戻す一歩であると教えています。」と書いています。最近の目や耳を被いたくなる犯罪の行為は、この「畜生」のなせる行為だとしか思えません。興味ある方は、以下の記事を読んでみてください。
中川さんの「生活の中の仏教用語」は、「大谷大学」のホームページにバックナンバーが掲載されています。こちらもご覧になってください。

「こん畜生め」とか「畜生にも劣る所行だ」などと使われる「畜生」という言葉は、国語辞典を見ると「(人に蓄(やしな)われて生きているものの意)禽獣・虫魚の総称。」とある。
しかし、この言葉は、、単に生き物を分類しての言葉ではない。いのちを生きるものが、それぞれに行った
行為によって取るすがた、ならびに、その世界を表す「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天」という、「六道」の中の一つである。だから、私たちがどのようなものとして生きているのかを教える言葉である。
源信(恵心僧都)の『往生要集』(石田端麿訳・東洋文庫8・平凡社)によれば、畜生は「強弱たがいに危害を加え、相手を飲みこんだり、食い殺したりして、しばらくでも安らかであったためしがない。昼も夜もつねに恐怖心をいだいている」とある。
このように、いつも恐れの中で生きているもののことである。そのため誰よりも強いものになって、恐れか
ら解放されようとするのだが、上には上があるわけで、いつも恐れの中で生きざるを得ない。そのため、力の有るものに依存して生きようとするのだが、結局は、そのものに使われて、自立することのできないものとなる。これが畜生である。    .
また、この畜生は、「愚痴」という、道理を知らずに自分の思いを絶対化して生きるものが取るすがたであると教えられている。だから、力のないことが恐れの原因ではない。第二 のお釈迦様と仰がれたインドの龍樹が、 「一切の怖畏はみな我見より生ず」と語っているように、すべての恐れは、いのちの繋がりの中で生きているにもかかわらず、そのことを無視して、この自分がそれだけで存在していると考えるところから起こっているのである。
『涅槃経』には、お釈迦様がいつも語っておられた言葉として、「無慙愧(むざんき)」は名づけて人とせず、名づけて畜生とす」が紹介されている。ここでは自分の行いが、どれほど道理に外れたことであるかに気付かず、恥ずかしく思わない存在を畜生と表現している。そして、それに気付くことこそが、人間を取り戻す一歩であると教えるのである。
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2006年08月22日

芥川賞受賞作「八月の路上に捨てる」を読んで

雑誌「文藝春秋」9月号に掲載された、伊藤たかみさんの「八月の路上に捨てる」を読みました。この作品は第135回芥川賞を受賞した作品です。
内容は、自動販売機の商品補填係という現代的な仕事の上でのパートナー同士の離婚の感慨の対比が主題になっています。この作品を読んで、これが芥川賞受賞作品かと疑ってしまいたくなるほどです。部分的には巧みで鋭く感覚的なところもありますが、読み終わっての感動がありませんでした。
作者は、「現代における生きにくさ」を描きかかったのでしょうが、読後感を生まない作品を受賞作品にする選考委員にも問題があるような気がします。
芥川賞選考委員会のメンバーは、池澤夏樹、石原慎太郎、黒井千次、河野多恵子、高樹のぶ子、宮本輝、山田詠美、村上龍の8名ですが、その選評でも作品全体の不毛ぶりを嘆いています。だったら、「受賞作なし」として欲しかったのです。それが芥川賞の質を高めるものだと思います。
伊藤たかみさんはこの受賞をきっかけに、いい作品を生み出してもらいたいと願っています。
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2006年08月21日

ソバの種まき


soba2006.8.20.jpg昨日の日曜日、農業塾OB会・白木農園の[そばの種まき]をしました。
昨年の播種よりも2週間ほど遅くなっていると思います。昨年の私のブログには、播種のことは書き込んでいませんが、ソバの発芽の状況を写真入で8月21日に書いています。その時は、もうソバは12〜13センチほどに成長していました。この日にソバの土寄せの作業をする予定でしたが、大豆の草取りと土寄せが終わっていなかったので、そちらを優先することになりました。
ソバの土寄せを延期した結果、大雨と風にすべて倒されてしまいました。収穫は惨憺たるものでした。
昨年の反省を踏まえ、ソバのリーダーやサブリーダーが、ソバの栽培の時期や播種の注意事項など詳しく調べてくれていました。
8時半からの作業でしたが、リーダーから種を播く時の注意点が詳しく説明されました。
播種に時期は、昨年が早すぎて、この時期が理想的だとの説明。さらに重要なのは、倒伏防止のために種を播く間隔を4〜5cmくらい空けておく事、も強調されました。こうしておけば、間引きの手間が必要なく、栽培の工程がひとつ省略できる事にもなるのです。
この様な説明があったものですから、種まきの作業はとても丁寧に行われました。種を播くというより、種を置いてゆくという形容がピッタリでした。12アールという広さですが、約20名の参加者で2時間あまりで終了しました。
9月に入って、2度ほどの草取りと土寄せの作業があると思いますが、今年はひどい台風に遭わない限り、豊作が見込めるように思えます。

そばの芽.jpg写真は昨年のソバの発芽です
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2006年08月19日

ブログ開設満1周年

「晴耕雨読」のブログを開設して、今日がちょうど満1年になりました。2005年8月19日に開設して、昨日までに310回にわたりブログを書いています。
1日に書く文字数はそれほど多くありませんが、310回を合計するとものすごい文字数になるだろうなと、1年を振り返って自分でも感心しているほどです。
私がであった印象深い事、世の中の動きに対して自分の感想やオピニオンなど、思いつくままに書いています。数年が経過して、このブログを読み返したとき、どのように感じるかが楽しみです。
出来るだけ長く続けてゆきたいと思っています。

1年前に書いたブログの原稿は、「定年退職して」というタイトルで下記のように書いています。

「早いもので定年退職して、3年が過ぎた。退職する前から、JA広島市の「農業塾」に通い野菜や果樹の栽培を2年に亘って学んだ。
経験したことのない野菜の栽培もやってみると、とても面白いと思うようになった。
自然をこれ程までに意識するようになれたのも、植物との係わりがあったからだろう。晴天を喜び、雨にも感謝する。爽やかな風は植物になくてはならない事も知った。
時に荒れ狂う自然に対峙しても、人間への警告と思えるようになってきた。
栽培の奥はとてつもなく深いが、「そうか…!」と思えるようになってみたい。
毎日を楽しみながら…。」

栽培をしていて少しずつは上達しているのでしょうが、毎年新しい問題にぶつかり、毎年が初めての様でもあります。同じようにやったつもりでも、気象条件によって全く予想しなかった結果になることもあります。しかし、このことがまた新鮮でもあるのです。
農業塾OB会の素晴らしい仲間にめぐり会えて、年間を通じて楽しい交流も出来るのも本当に嬉しい事です。
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2006年08月18日

森村誠一さんの「悪の条件」を読んで

久しぶりに森村誠一さんの小説を読みました。最近は何故か遠ざかっていましたが、以前はよく読みました。
森村さんは作家生活40年で、オリジナル作品は300冊以上になるそうです。私が読んだ作品は約半分くらいだと思います。
これまで読んだ小説の中では、人間の証明、野性の証明、高層の死角、駅、新幹線殺人事件などが印象に強く残っています。
森村さんの作品には、「棟居刑事」と「牛尾刑事」がよく登場しますが、この作品は牛尾刑事です。
この「悪の条件」は、ひとりの刑事が旅先で一夜のアバンチュールに出会います。そのことが彼の転落の始まりとなり悪魔に魂を売ることになるのです。口を拭って殺人事件の捜査にあたる一人の刑事と、彼に疑いをかけ密かに捜査する牛尾刑事の苦悩を描います。
悪を追うか、悪に染まるか、刑事という軛を脱したとき、男は殺人者になってしまいました。「死んでも刑事は刑事」と自嘲する刑事群像を活写した長編ミステリーです。
posted by tontonton at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする